フェロー諸島の空の玄関口であるヴォーアル空港で、私を待ち構えていたのは一帯を覆う濃い霧だった。
空港で出迎えてくれたヨン・ヘストイ(59)は「これが典型的なフェローの天気。我々の言語には、霧を表現する言葉が30以上あると言われている」と笑う。
18の島からなるフェロー諸島は北欧デンマークの自治領。ところがデンマークと違って欧州連合(EU)に加盟していない。この幅広い自治権がある島で、英国のEU離脱(ブレグジット)を心待ちにしている要人と会った。
「首都」トースハウンの政府庁舎(①)で取材に応じた外務・貿易相のポール・ミケルセンは「すでに英国と自由貿易協定を結んだ。離脱が実現すれば、すぐに発効する。
そうなれば、タラやサーモンなどの輸出が伸びそうだ」と期待する。英国料理と言えばタラなどの白身魚を使ったフィッシュ・アンド・チップスが有名。サーモンもパイ包みなどで定番の食材だ。
トースハウンから車で約1時間。漁港があるクラクスヴィーク近くを通った。円形の網がたくさん海面に浮き、海沿いには大きな工場(②)が見える。
「サーモンの養殖だよ。ここは海流が速いから味が良い。手前が冷凍基地。英国を始め、世界中に輸出されるこの国の基幹産業だ」とヘストイは自慢げに話した。
実はフェロー諸島では昨年春、自治権拡大を問う住民投票が行われるはずだった。実施に慎重な意見もあって延期にはなったが、独立の機運が高まっている。
ヘストイはフェロー諸島のオリンピック委員会副会長で、独立賛成派。競泳のデンマーク代表として国際大会で活躍したが、本来の「母国」であるフェロー諸島の代表として、後輩たちが五輪に挑むことを夢見る。
1980年代には国際オリンピック委員会(IOC)加盟に近づいた時期もあったが、1989年にベルリンの壁が崩れ、1991年にはソ連が崩壊。多民族国家だったユーゴスラビアでは民族紛争のあらしが吹き荒れ、「IOCが慎重になった」と言う。
サッカーでは一足早く「独立」を果たし、ワールドカップ予選などに独自チームで参加する。私が驚いたのは2007年の欧州選手権予選。前年のワールドカップで世界一になった強豪イタリアと大接戦を演じた。
人口約5万人の「小国」だが、サッカー熱は高い。北部の海岸沿いの町アイヤは「世界一の絶景サッカー場」(③)で知られる。山から眺めたスタジアムは海の中にあるかのようで、ときにはピッチが波で洗われることもあるという。
ヘストイは言う。「デンマークもフェロー諸島としての五輪参加に賛成してくれている。確執、紛争は特にない。それに、文化も言語も違う。私たちはフェロー人なんだ」
絶品、新鮮な海の幸
フェロー諸島で有名な食材は、魚のほかにもクジラや羊の干し肉がある。到着してすぐ、今回の取材の案内役をお願いしたヘストイが恐る恐る私に尋ねてきた。
「日本人の来客を、どのレストランに連れて行くか迷っているんだが……」。これだけ海に囲まれているのだから、新鮮な魚介類が楽しめるに違いない。そんな期待をしながら次の言葉を待っていると、「すしはどうかな」と提案された。
もちろん異論はなく、トースハウンで人気のすしバー「エティカ」(④)へ。店のホームページには、「フェロー諸島で唯一のすし店」とうたっている。店内に入ると、平日の夜にもかかわらず席はかなり埋まり、大勢の客が、すしやワインなどを楽しんでいた。
注文したのはサーモンとエビ、カニが入った太巻きや細巻きのセットメニュー。串焼きも付いて409クローネ(約7000円)だ。しゃりにこだわれば日本のすしには及ばないが、新鮮な海の幸はこの上なく美味だった。
パラリンピックには代表団
五輪と違い、フェロー諸島は障害者のスポーツの祭典であるパラリンピックには「自国」の選手団を派遣している。1989年に国際パラリンピック委員会(IPC)が創設されたときに加盟した実績からだ。これまでに獲得した金メダル一つを含む13個のメダルは、すべて競泳によるものだ。
太地町と姉妹提携
フェロー諸島の中で、人口が2番目に多い約5000人の漁業の町、クラクスヴィークは昨年1月、捕鯨やイルカ追い込み漁で知られる和歌山県太地町と姉妹都市提携を結んだ。反捕鯨団体の圧力が強まる中、古来、両方の町がはぐくんできた海洋生物資源の利用促進などで協力するのが狙いだという。