タイのコ・タオ(タオ島、南部のタイ湾にある)は天国だ、ともてはやされている。どこまでも透明な海が自慢のダイビングリゾート。浜辺のビーチバーは活気にあふれ、欧米の観光客が群れをなしている。
ところが、一部の外国人の間で不吉な評判が立っている。2014年以降、少なくとも9人のヨーロッパ人観光客が死亡、または行方不明になっているのだ。旅行業界が「天国」と呼ぶタオ島を、英国のタブロイド紙は「死の島」と呼び始めた。
2018年6月、私はタオ島でレイプされた――19歳の英国人女性がそう訴え出たことで、同島で起きたさまざまな事件への関心が呼び起こされた。同時に、観光客への重大な犯罪に対する地元警察の対応に疑問が投げかけられている。
警察は当初、レイプはなかったと否定し、フェイスブックでレイプ犯に関する投稿をシェアした12人を逮捕した。また、英国のオンライン新聞の編集長と米カリフォルニア州在住のフェイスブックページ管理者に対しても逮捕状を出した。
警察は捜査に着手し、英国でこの女性から聞き取りをしたが、10月、彼女の訴えを裏付ける証拠は何一つ見つからなかったと発表、捜査を打ち切った。警察としては新たな証拠が見つからない限り、再捜査はないと言うのだった。
女性の母は失望し、怒った。19歳の娘は真実を語っている、と母は語気を強めて話し、タイ警察のいい加減な捜査とタオ島で起きた犯罪の隠蔽(いんぺい)を非難した。
「最初から茶番だった」。女性の母は、英国から電話越しに答えた。「いったい全体、誰がこんなことをでっちあげるの?」
(ニューヨーク・タイムズは、基本的に性的虐待の被害者および被害の可能性のある人の身元は明かさないことにしている。同様の理由で、この母の身元も明かさない。被害に遭った娘に話を聞こうとしたが、母を通じて断られた)
タイは世界で最も人気のある観光国の一つだ。「ほほ笑みの国(Land of Smiles)」として観光客誘致に取り組んでおり、17年に同国を訪れた観光客は約3500万人にのぼった。だからか、14年から続いている軍事政権は、国のイメージを傷つけるような批判に過敏になっている。
父権制が強いタイでは、セクハラを訴える「#MeToo」運動は根付かず、役人の中には、女性が挑発的な服装をしたり「#Don'tTellMeHowToDress(どんな服装をするか私に指示しないで)」のハッシュタグで抗議したりして、自分たちでレイプやセクハラを引き起こしている、と言う人も少なからずいる。
タオ島では14年、英国人バックパッカーのディビッド・ミラー(当時24歳)とハンナ・ウィザリッジ(同23歳)が殺された。ウィザリッジはレイプされた末だった。
この事件の直後だったが、タイ軍政の暫定首相プラユット・チャンオーチャーは、外国から来た女性観光客の行動や服装に疑問を投げかけた。
「彼女たちは、わが国を美しくて安全な国で、何でも自由にできると思っている。好きな所でビキニ姿をしている」。プラユットはそう発言し、「彼女たちはタイでビキニ姿になっても安全だとでも思っているのか?それは美人じゃなければの話だ」と言った。
プラユットはその後、この発言を謝罪し、外国人は気をつけるようにと言っただけだ、と弁明した。
殺人事件は4年たった今も、犯人とされた2人のミャンマー人出稼ぎ労働者に対する有罪判決をめぐって疑惑に包まれたままだ。被告はザウ・リンとウィン・ザウ・トーン。2人はウィザリッジとミラーを島の人気スポット、サイリービーチで殺害したとして逮捕された。だが、2人の犯行を裏付けるDNA鑑定や警察の取り調べに疑問が出ているにもかかわらず、判事は死刑判決を下した。2人の支援者の間では、事件は捏造(ねつぞう)との声が上がっている。
この他にも、同島で亡くなった中に、両手を後ろ手に縛られたまま首をつった状態で15年に見つかったフランス人男性のデミトリ・ポフス(当時29歳)がいるが、警察は自殺と断定した。17年にはロシア人女性のバレンチナ・ノボジョノバ(当時23歳)がダイビングスーツ姿のまま行方不明になった。警察は最終的に、彼女は海で溺れ死んだと結論づけた。
島で亡くなった最年長の外国人は当時33歳のモルドバ人男性、アレクサンドル・ブクスパンで、18年10月、夜遅くに泳ぎに出て溺れ死んだ。警察は、犯罪の可能性については一切なかった、としている。
いくつかの事件では、犠牲者の家族が警察の捜査に異議を申し立てている。
タオ島に行くには、よく知られたサムイ島からフェリーを利用する。このタオ島はしかし、古くから組織犯罪の巣窟で、警察も地元の利益を守っているだけ、と言われている。
先述の19歳の英国人女性のレイプ事件で、捜査の指揮にあたったタイの警察少将スラチェート・ハックパーンは、ニューヨーク・タイムズのインタビューに応じた。その中で彼は、警察は英国人バックパッカーの殺人事件後、同島の組織犯罪に断固とした措置を講じている、と言った。「かつてタオ島にマフィアがいて、観光客を食いものにしていたことは我々も認める。しかし今日では、我々の手で組織は一掃されている」と。
19歳の英国人女性は18年6月、男性の友人仲間と一緒にタオ島に来た。同26日の深夜0時過ぎ、女性は仲間の一人、マーティン・フーと一緒に人気のビーチバーに行き、ドリンクを注文した。彼女らの説明によると、2人はすぐに吐き気を催してきたため、バーを出た。それから浜辺で意識を失ったという。
数時間後、女性は目が覚めた。だが、フーはいなかった。その代わり、見知らぬ男が見ていて、すぐ立ち去った、と彼女は言った。下着が取り外されていたので、彼女はレイプされたことにすぐ気づいた。と、これは彼女に代わって母が説明した。携帯電話、現金、クレジットカード、彼女が持っていたものがなくなっていた。
彼女は仲間と滞在していたホステルに戻った。その直後にフーが戻ってきた。彼女は見るからに動揺していて、仲間たちにレイプされたと告げた。その仲間の一人とフーが彼女のシャツを捜してきた。シャツにはシミが付いていた。これはDNA鑑定に使えるだろうと、フーらは思った。
彼女は一度だけ英タイムズ紙のインタビューに応じ、「とにかく島を離れたかった」と語っている。
事件の翌日、彼女とフーはタオ島の南にあるパンガン島に出向き、警察にレイプと強盗の被害を伝えた、という。2人によると、警察署の幹部は強盗の被害届は受け取ったものの、レイプの被害届けは受け付けなかった。
英国に戻って、女性は母親に打ち明けた。女性は診察を受けた。レイプ・センターでカウンセリングも受け、そこを通じて英国警察のレイプ担当官にも被害を打ち明けた。最終的に、彼女と母はタオ島で起きた死亡事件を精力的に取材していた英タイムズ紙に事情を説明したのだった。
同紙の報道に応える形で、タイ警察は、レイプは起きるはずもなかったと発表した。事件当日は異常な高潮で、観光客の集まる場所は人でいっぱいだった、とその理由を説明した。
タイ警察は調査官を英国に派遣し、女性から聞き取りをしてシャツを回収した。捜査を指揮したスラチェートによると、分析の結果、シャツから男性のDNAは採取されたが、精液は見つからなかったという。警察は、島の「常習犯」とみられる20人の男性のDNAとの類似性を調べたが、いずれも一致しなかった、と発表した。
スラチェートは事件に絡んで逮捕した12人のフェイスブック利用者に関して、彼らは容疑者を間違って特定した投稿をシェアした、と逮捕の正当性を主張した。
12人は最長で5年間、刑務所に送られることになる。(抄訳)
(Richard C. Paddock and Muktita Suhartono)©2018 The New York Times
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