エチオピアの首都アディスアベバの東の外れにある「ボレ・レミ」工業団地。乾燥した広大な敷地には、中国、韓国、インドなどの衣料品メーカーの工場が並ぶ。団地の奥には、近く新たに開発される区画の空き地が広がる。
インドの衣料品メーカー「ジェイ・ジェイ」の工場を訪ねると、数千人の従業員たちが作業に追われていた。大半は地方出身の若い女性たち。巨大な体育館のような建物の中には、公用語のアムハラ語の大きなアナウンスが鳴り響く。室内は外よりもやや暑く、熱気を感じる。ここで作られる衣類の9割は米国に輸出され、H&Mなど衣料品大手に納入されている。
「ビジネスは順調だ。生産は毎年2割ほどずつ増えている」。インド人マネジャーのK・P・ラジュ(48)はそう話す。スリランカの工場で勤めた後、4年前にここに来た。3棟の工場で約4000人が働いているが、来年には工場を拡張し、7000人規模に増やすという。働き始めて1年のリディア・ベライ(24)は、ほぼ毎日朝9時から夕方5時半まで働いて月収5600ブル(約2万1800円)。外国人上司が高圧的な態度をとることもあるというが、1日2ドル以下で暮らす貧困層が2割いるこの国では、いい方だ。「外国企業が来てくれているのはいいこと」
長年の外貨不足にあえぐエチオピアは、外国からの投資を呼び込んで工業団地を整備し、製造業の輸出を増やす政策を進めてきた。約1億の人口のうち7割が30歳未満という若くて安い労働力をいかし、2025年までにアフリカの製造業のハブになる構想を描く。なかでも、衣類産業は重点分野の一つ。すでに国営と民営あわせて13の工業団地が稼働しており、25年までに30にまで増やす計画だ。
「米中の貿易戦争の影響もあり、中国に製造拠点を持つ欧米企業などからここに拠点を移そうという問い合わせが増えている」。エチオピア投資庁副長官のテメスゲン(37)はそう話す。
外資のなかでも圧倒的な存在感を示しているのが、中国だ。建設ラッシュに沸くアディスアベバのビル建設現場では、至るところに中国企業の名前がみえる。現在稼働している7つの民間の工業団地のうち、5つは中国企業が運営している。
■頑固なまでの保護主義から離陸へ
2000年代半ば以降、年10%前後の高い成長を遂げるエチオピアは、長年にわたり米国が売り込んできた自由主義的な経済政策と一線を画してきた。現地メディアは「アフリカで頑固なまでに保護主義的な国の一つ」と呼ぶ。
社会主義政権が終わった1991年以降、エチオピアは、中国や日本などが進めてきた、アジア型の国家主導の開発モデルに注力。米国主導の国際機関が重視した自由主義的な政策「ワシントン・コンセンサス」に批判的だった。95年から死去する2012年まで首相を務めたメレスは強権で知られ、国際通貨基金(IMF)の改革案に盾突いてIMFからの融資を止められたこともある。
アビー現首相の経済補佐官アルケベ・オクバイは元アディスアベバ市長で、メレス政権の経済政策にもかかわった。「日本を含め高い経済成長を遂げた国はどこでも、国家が重要な役割を示してきた。『ワシントン・コンセンサス』はアフリカ諸国の産業政策を解体するようにつくられており、我々の経済立て直しの役に立たなかった」と振り返る。
この点は、米国のノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツも支持している。彼は著書で、自身が世銀のチーフエコノミストだった当時、IMFがエチオピアへの融資の条件に金融市場の自由化を求めたことを「目的と手段を取り違えている」と批判してメレス政権の手法を擁護している。
エチオピアではいまでも、自国保護の政策が色濃く残る。輸入車には高い関税がかかるほか、スーパーなどの小売業、金融、通信なども外国企業の参入を認めていない。この国は、世界160カ国以上が加盟する世界貿易機関(WTO)にも加盟していない。
エチオピアは、2003年からWTOの加盟交渉を進めているが、交渉は長引いている。貿易省で10年以上にわたり多国間交渉を担当するムシー・ミンダエ(37)によると、エチオピアが示したモノの関税引き下げ案を欧州連合(EU)は了承したものの、米国が金融や通信などサービス分野の開放も含めるよう求め、行き詰まったという。
■12億人の新経済圏
そんななか、新風を吹き込もうとしているのが、昨年就任した首相のアビー・アハメド(42)だ。経済自由化を加速させる方針にかじを切り、通信分野などの自由化を表明。今後1、2年でのWTO加盟をめざす。アビーは、今年2月の英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで「私の理想の経済モデルは資本主義だ」と言い切った。
アフリカ諸国は、さらなる貿易の自由化に動き始めている。その象徴が、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)だ。実現すれば約12億人が住むアフリカ大陸をカバーする経済圏がうまれる。アフリカ55カ国・地域のうち、52カ国が署名。発効には22カ国の批准が必要だが、今年3月までにエチオピアなど21カ国が批准。4月に入ってガンビアが22カ国目として批准しており、近く発効する見通しとなった。
資源の輸出などに頼り、世界の巨大消費地から離れたアフリカは、グローバル・バリュー・チェーンに食い込めず、これまで世界貿易の恩恵を受けられなかった。世界貿易に占めるアフリカの割合は3%に満たない。大陸内での貿易を加速させて、成長につなげたい考えだ。
「アフリカ大陸はインフラの欠如などで経済的に極めて分断されており、大陸の貿易協定は極めて重要だ」。首相補佐官のアルケベはそう強調する。「世界経済が低迷すれば、私たちに影響がくる。先進国は貿易戦争よりも、世界経済をどう成長させられるかを協力して考えるべきだ」
■国内の分断、かわせるか
高成長を遂げてきたエチオピアだが、課題は多い。農業から工業への転換を図ってきたものの、今も輸出の8割をコーヒーなどの農産品が占めており、輸出は輸入ほど増えていない。貿易の自由化を加速させれば、「勝ち組」と「負け組」を生み、国内の分断を広げるおそれもある。
「俺たちの土地を、投資のために買いに来たのか!」。ボレ・レミ工業団地の近くにある、土がむき出しの市場に入ると、男性からそう声を浴びせられた。地元の人によると、周辺では政府による開発で土地を追われる人が後を絶たないという。市場でスパイスを売っていた女性(35)に話しかけると、この日の売り上げは250ブル(約980円)。「アビー政権になって増えたのは、希望だけ。私たちの生活は何も変わらない」と力なく話した。
エチオピアでは、地域ごとの民族間の対立が長く続いてきた。国全体では高成長を遂げているものの、都市と地方の格差の拡大も懸念されている。
日本貿易振興機構(JETRO)のアディスアベバ事務所長の関隆夫は「高成長の時期は格差が見えてきた時期と重なり、政治的混乱につながった。アビーは矢継ぎ早に改革を進めるが、いつまでも支持が続くわけではない」と指摘する。貿易の自由化について、政府は「弱い産業は一定の期間保護しながら、自由化は緩やかに進めていける」(貿易省のムシー)とのスタンスだ。
慢性的な外貨不足、頻繁に起きる停電など、課題を挙げればきりがないが、JETROの関は、この国の可能性を感じている。「(エチオピアは)面白い局面にある。後から歴史を振り返れば、実は今この瞬間、明治維新のど真ん中のような時期にいるのかもしれない」(後編につづく)
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