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吃音、だから話そう 誤解と無理解を超えるために

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英国王ジョージ6世と、1944年のクリスマス演説の原稿。読みやすいよう、"goal"が"end"に修正されている

■あの角さんも イギリス国王も

私の母がつけていた育児日記の3~4歳の欄に「どもりがよくならない」と記されている。

小学校では国語の教科書朗読が大嫌い。最初の一言がうまく出ず、椅子の上で尻を浮かせ、落とした弾みで言葉を絞り出した。吃音の随伴症状だったが、同級生によくからかわれた。母に手を引かれ、別の学校であった「ことばの教室」に通うのも嫌でたまらなかった。

成長するにつれ、ほとんどどもらなくなったが、電話は鬼門だった。「もしもし」と言われても、最初の言葉が出るまで時間がかかり、微妙な間(ま)があいた。新聞社に入社後、上司に「電話が苦手」と伝えると、けげんな顔をされた。

政治家、学者、作家……。吃音の著名人は枚挙にいとまがない。

【もっと知る】あの人もそうだった この作品も扱った

あの田中角栄もその一人。抑揚のある演説で聴衆を魅了し、首相にまで上り詰めた。「まあその~」の挿入は、私には吃音を隠す努力に思えた。長女の真紀子(75)に東京都内で会った。

演説で聴衆を引きつけた田中角栄(朝日新聞社撮影)

角栄は子どものとき、教師の誤解に弁明できず、たまらなくなり硯(すずり)を床にたたきつけたことがある。真紀子は「父は裏山で大声で歌を歌い、漢詩を大声で暗唱して克服したそうです。学校の演劇で、同級生から『どもりにできるはずがない』と言われても弁慶役を希望し、勧進帳を見事に暗唱した。自信がついて、からかわれなくなったと話していました」と振り返った。

田中家では長兄が幼くして死に、角栄は姉2人、妹4人の間の唯一の男児として、上げ膳据え膳で育てられたという。「しゃべらなくてもこと足りた。先へ先へと配慮して女性たちが何でもやってくれた」。政治家になってからも、家では真紀子に話しかけるとき以外、ほとんど話さなかったという。角栄以外、田中家では吃音者を知らないと真紀子はいう。

演説といえば、第2次世界大戦時にスピーチでイギリス国民を鼓舞した英国王ジョージ6世(1895~1952)がいる。エリザベス女王(92)の父だ。即位前から吃音の彼を親身に指導したスピーチセラピスト、ライオネル・ローグとの交流を描いた映画『英国王のスピーチ』(2010年)でも知られる。

当時報道機関向けに配布されたジョージ6世の写真

王は子どもの頃から吃音だった。「K」の音で始まる単語が苦手で、王家の次男ながら「king」「queen」の発音にてこずった。苦手な演説をどのようにこなしたのか。ライオネルの孫マーク・ローグ(53)をロンドンの自宅に訪ねた。

マークは、ジョージ6世が即位前にヨーク公と称していたころの初診時(1926年)のカルテを見せてくれた。鉛筆やペンで診療結果が細かく書き込まれている。

演説の原稿もあった。「BUCKINGHAM PALACE」と印刷されている。英国王室だ。「間」をとるために、ライオネルが単語と単語の間に線を引いたり、発声しにくそうな言葉を言いやすい単語に置き換えたりした筆跡が残る。

39年、対独宣戦布告時のラジオ演説の原稿では、「召集する」を意味する「summon」が「call」に替わっていた。44年、ライオネルの立ち会いなしで初めてマイクの前に立ったクリスマスのラジオ演説では、つまずきやすい最初の「G」の音を避けるため、目標という意味の「goal」に線が引かれ、「end」と修正されていた。

ライオネルは俳優のセリフなど発声技術の専門家で、正規の医学教育は受けていない。呼吸法など独自のメソッドで指導した。「友情、信頼関係があったのでうまくいった」とマークはみる。王の涙ぐましい努力の結果だった。だが、吃音が治ったのではなく、スピーチでどもる頻度が減ったに過ぎない。

王の吃音は当時、格好のゴシップネタだった。王の死後、『英国王のスピーチ』の脚本家が王妃側に映画化の許可を求めたところ、「私の生きている間は控えて」と要望されたと明かしている。吃音は英王家に沈黙を強いて、かつ触れられたくない「お家の恥」だったのか。

■マウスも「どもる」

昔は「ドングリを食べると、どもる」とか、しつけなどの家庭環境に原因があるとかいわれていた。私はドングリを食べたことはなく、両親のしつけもさほど厳しくなかった。

吃音には、脳損傷などによる獲得性のものがあるが、多くは発達性だ。幼児期に発症する場合がほとんどで、7~8割が自然に治るといわれる。

原因ははっきりとは分からないものの、徐々に解明されつつある。九州大学病院(福岡市)に「吃音ドクター」がいると聞き、科学的な理由を尋ねに行った。

自らも吃音で悩んだ医学博士の菊池良和(40)は「発症の原因はDNAが7割、それ以外が3割で、家族や親戚に吃音者のいる人の方がなりやすいといわれています。DNAの研究は始まったばかりです」といい、2010年に発表された論文を紹介してくれた。

「吃音ドクター」こと、医師の菊池良和

吃音に関連するDNAの異常の一つに12番染色体が関わっていることは以前から分かっていたが、米国立保健研究所(NIH)の研究者らが、パキスタンの吃音者が多い一族を調べ、発症に関係ありそうな突然変異した遺伝子を突き止めたという。結果、脳の機能の変化が引き起こされ、吃音の要因となっているとの説を述べている。そう菊池は解説した。

この研究者に話を聞きたい。私は米メリーランド州のNIHを訪れた。

迎えてくれたデニス・ドレイナ(66)は、いきなりびっくりするような研究結果を教えてくれた。特定の遺伝子をマウスに移したところ、「どもった」というのだ。

特定の遺伝子を組み込んだ「どもる」マウス=デニス・ドレイナ提供

「マウスは話しませんよ」。驚く私に、ドレイナは笑って続けた。遺伝子を組み込んだマウスは、他のマウス同様に成長したが、鳴き声には正常なマウスにはない「間」があったというのだ。吃音には、やはり遺伝子が関係しているのか。

ドレイナは研究室の冷凍庫を開けた。「世界中から集めた吃音者約1000人分のDNAを保存しています」。パキスタン人の吃音者のDNAを調べたのは、いとこ婚が多く、遺伝的な病気が見られたからだという。

世界中から集めた吃音者のDNAを冷凍保存しながら調べているデニス・ドレイナ

「細胞には、不要になった物質を分解し、リサイクルする機能がある」とドレイナ。この一族には、リサイクルする物質が細胞のどの場所に輸送されるか「合図」を送る三つの遺伝子に異常がみられたという。「遺伝子研究の主な結論の一つとして、何らかの生物学的な要因があることが裏付けられました。社会的要因は吃音に影響はしますが、原因ではありません」

さらにドレイナたちは、吃音に関係していそうな四つ目の遺伝子も突き止めたという。「カメルーンの吃音がある一族の研究で、見つけました」

その一人が今、ミネソタ州に住んでいる。彼の名はジョー・ルコング(53)。一族105人中、大人になってからも44人が吃音だ。父には妻が3人いた。ルコングは21人きょうだいで、全員が幼少期に吃音があり、成長してからも15人に症状が出ている。「祖父は原因が神の呪いと説明して、雌鳥やヤギなどの生け贄を捧げていました」

吃音に悩んだカメルーン人、ジョー・ルコング

なぜ一族の多くが吃音なのか。原因を探ろうとするうち、ドレイナと知り合った。ドレイナはカメルーンを4回訪問した。ルコングは身内を引き連れるなどしてNIHを3回訪れ、血液や症状を調べた。
ルコングは「遺伝子が関係していると知り、最初は心配しました。子孫へ引き継がれるのですから。今はスピーチセラピーもあるので、それほど心配していません」と話した。アフリカでは、部族によって、子どもの吃音は魔術が原因だとする例や、舌や口に傷をつけて象の糞を塗ったりする「治療法」があるという。

ルコング自身も、子どもの頃、木の根から採取した液体を半年にわたって朝晩飲まされた。木の葉から搾り出した液体を鼻孔に入れられたり、木の皮を燃やした煙が充満する小屋で煙を吸わされたりしたこともあった。だからこそ、「遺伝子が関係していると伝えるのは重要なのです」という。

とはいえ、「吃音ドクター」の菊池がいう通り、DNAがすべてではない。吃音の原因が完全に解明されたわけではない。ここで知っておきたいのは、迷信はもちろん、家庭でのしつけなども吃音に関係ないということだ。

■隠すな 話そう

不登校や転校を余儀なくされたり、面接や仕事で誤解されたり、学校や職場で無理解に悩む吃音者は少なくない。吃音の従業員を積極的に支援する企業が英国にある。

ロンドンのEY英国本社。国際会計事務所であり、英国とアイルランドに計約1万8000人の従業員を抱える。

メイ・ブレサチャー(33)は、吃音がある社員ら約25人の社内グループ「EY吃音ネットワーク」のメンバーだ。自らを含むコアメンバー6人は全員症状がある。吃音の社員、吃音がある子どもや家族がいる社員に様々なレベルで支援をしている。

EY社員のメイ・ブレサチャー

2014年に入社した時は、隠していた。その後上司に伝え、ネットワークに加わった。プレゼンテーションを苦手とする吃音者も少なくないが、「冒頭、『吃音です』と告げると、すらすら話さなければならないというプレッシャーをあまり感じません」。

この会社は吃音の従業員が言語療法に通う費用も負担する。ネットワークを統括するエレイン・パー(48)は「多様な社員がいて、仕事に最善を尽くし、平等に扱われ、一体感を持ってくれることが重要なのです」。

ネットワークは社員だったイアン・ウィルキー(59)が11年に立ち上げた。ウィルキーは今、吃音者の就労支援組織「雇用者吃音ネットワーク」を運営する。なぜ「雇用者」なのか。吃音は約100人に1人。残り99人の意識が変わらないと、問題は解決しない。「だから名前は『雇用者』でなければならないのです」と語気を強めた。就職の面接で、吃音者とそうでない人の能力が同じなら、後者が採用されると指摘する。

ウィルキーは「吃音を隠さないでほしい」という。「私たちは『沈黙の共謀』と呼んでいます。吃音者も、そうでない人も、吃音について話をしない。話さなければ変わらない」

吃音があると、本人はつい黙ってしまう。周りも、あえて話しかけようとはしない。それでは事態は動かない。

社会の意識を変えようという動きは、アフリカでも起きていた。トーゴの首都のロメ。裸の子どもが歩き、土ぼこりが舞う道路に面する平屋の建物が「吃音に対する互助と闘いのための若者の団体」(AJEB)の事務所だ。

13年、大学生だったアメニョ・アカグラ(27)が立ち上げた。子どものころから吃音。親も学校も無理解で、小学校で話すのが怖くなり、しゃべらなくなった。あるとき同級生が先生のお金を盗んだ。話をしなかったところ、自分のせいにされた。

「トーゴの人は吃音を知らない。原因はメンタルヘルスだとか、生活面で問題があるからだとかいう。吃音者は劣っていると考える」。認識を改めようと、AJEBを設立した。

アカグラは大学卒業後、自動車用GPSの販売会社を立ち上げた。会社勤めでは、AJEBの活動に割く時間がなくなると考えたからだ。オフィスはAJEBの事務所を兼ねている。「収入の20%をAJEBの活動に充てています」。身銭を切って、啓発に取り組む。

アメニョ・アカグラ(右)とAJEBメンバー

2月16日、和歌山市で吃音者団体「和歌山言友(げんゆう)会」の設立式があった。言友会は吃音者の互助組織で、全国38カ所目になる。全国言友会連絡協議会副理事長の斉藤圭祐(37)は、社会の認識を変える「ちょっと極端な方法」として、「いろんな公共の場で『どもる』こと」を挙げる。

斉藤が毎朝同じコーヒー店に立ち寄っていた時、注文でどもると、店員は「?」という反応をしたが、次第に自然な対応をしてくれるようになった。黙って指で商品を示すだけだと、理解されないのではないか。それはウィルキーがいう「沈黙の共謀」に他ならない。「ほかの障害の歴史もそうだったと思う。自分たちが発信していくことで、身近な社会から変わっていく」

和歌山言友会の設立式で話す、全国言友会連絡協議会副理事長の斉藤圭祐

4月から新入生、新社会人がスタートを切る。うち約100人に1人は吃音だ。「わわわたしは」「……わたしは」と話し出す人がいたら、吃音かもしれない。周囲の人がそう思えば、無用な誤解は避けられる。吃音の人もあらかじめ周囲に伝えておくのもいい。取材で会った吃音者は皆からかわれたり、いじめられたりした経験があったが、「話すことが大切」と一様に語っていた。「沈黙の共謀」を超えていこう。(文中敬称略)

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イラストレーション

今日マチ子(きょう・まちこ) 2004年に始めたブログ「センネン画報」が話題に。「アノネ、」など4作で14年に手塚治虫文化賞新生賞、「いちご戦争」で15年に日本漫画家協会大賞。