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冬のレストランかくあるべし 食事楽しむお客が雰囲気を作る

マイケル・ブースの世界を食べる
Reina Kitamura

何年か前、私は幸運にもチューリヒで最も名の知れたブラッスリー「クローネンハレ」で食事する機会に恵まれた。この地でもう何十年も、栄養たっぷりなドイツ系スイス人中産階級の最高級料理を、地元の中産階級に提供し、繁盛している。

この店はたちまち、私にとって「冬のレストランかくあるべし」という幻想、プラトン風にいえばイデアとなった。

壁に飾られたジョルジュ・ブラックやピカソの絵(これもまたこの店らしい魅力の一つ)のそばで、レバーのミートボールや卵麺のパスタ「シュペッツェレ」が供されれば、チューリヒ湖に吹きすさぶ風のことなんかきっと忘れてしまうだろう。

冬の日本で一番のレストランといえば、少なくとも私の知る限り、岐阜県の山間地にある「柳家」だ。私の最新作、日本食について書いた本『英国一家、日本をおかわり』の取材で家族とともに訪れたこの店は、冬だけでなく、全国的に「ベストレストラン」として定期的に取り上げられている。客は個室で囲炉裏を囲み、炭の上で完璧に焼かれた地産のジビエを食べる。猪肉の黄色いこってりした脂肪がきらめき、炎にはじける……これぞ、日本のアルプスにおける冬のすごし方!

もちろん、熱燗も助けとなる。

時期を大事にする地域とは

他の国は、寒い季節の食事を大事にすることにさほど熟練してはいない。不思議なことに、ほとんどの国より長く冬と格闘しているのに、スカンジナビア半島の住民は、この時期いかに外食を楽しむか、あまり心得ていないようだ。スモーブロー(ライ麦パンなどのオープンサンド)とシュナップス(じゃがいもや穀物などを原料とした蒸留酒)というデンマークの伝統的なランチを出すレストランはどこよりくつろげるものの、どの季節でも同じだ。7月だろうが、1月だろうが、炎が立ち上りキャンドルが灯されてしまっては、その季節ならではの機会を逃しているように感じられてならない。

対照的に、アルザス人は冬のレストランでの食事にたけている。8月にフランス東部のリクヴィールを訪れると、ワイン居酒屋はまるで冬しか存在しないかのように魔法のごとく姿を消す。気温30度の中、肉とじゃがいもを煮込んだヘビーな郷土料理「ベッコフ」を食べる人などいない。その代わり、冬ともなると、キャベツやソーセージなどを煮込んだ「シュークルート・ガルニ」の山に食らいつき、おいしい辛口の白ワイン「ゲヴュルツトラミネール」を片手に暖炉のそばで丸まっていたくなるような場所は他にないのだ。

では、日が短くて暗い時期に私が世界中で味わうことによって好きになったすべての食事を考えると、冬の「マイ・ドリーム・レストラン」はどのようなものになるだろうか。

まず分厚いベルベットのカーテン。玄関口からのすきま風をこれではねのける。そして、クローネンハレにあるような上等のハンガーラック。老舗ブランド「バブアー」のワックスドジャケットや足首まであるファーコートが並ぶ。予約を入れておけば、凍えながら手続きせずに、給仕長がこの上なく温かく迎えてくれる。

メニューは一面、ドイツ人の十八番であるじゃがいもの団子やペイストリーといったでんぷん質が多い料理。ジビエ、牡蠣もほしい。暖炉では大きな塊肉がゆっくりとあぶられる。あとは無理をしてでもつめ込みたくなるような温かいデザートも。

そして何より、冬の憂鬱を蹴散らさんとばかりに、上機嫌で、完璧に着飾っている客たち。レストランの居心地を本当によくさせるのは、そんな光景ではないだろうか。食事を楽しむ人たちこそが、雰囲気をつくり上げるのだ。

そして、そうです、私をタクシーに押し込む前には、ディジェスティフ(食後酒)をお忘れなく。(訳・菴原みなと)