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これから迎える移民の時代 「中東は遠い世界」ではいられない 

朝日地球会議2018
朝日地球会議の討論で語るネイサン・ブラウン氏(左)と池内恵氏=2018年9月24日、岡田晃奈氏撮影
朝日地球会議の討論で語るネイサン・ブラウン氏(左)と池内恵氏=2018年9月24日、岡田晃奈氏撮影

【国末憲人】 これから討論に入りたいと思います。ブラウン先生に対して池内先生からご質問、コメントをお願いします。

 

【池内恵】 国末さんが先ほど見せてくれたフセイン大統領の最後の肖像画のうしろに、渦巻き状の非常に変わった形の塔が写っているんですが、あれはサーマッラーというバグダッドの北方の街の有名なミナレットなんですね。私ちょうど、ここに来る途中、この会場イイノホールのビルの前にモニュメントがあるのを見つけました。そのモニュメントがサーマッラーのミナレットに似ているのです。今から調べないといけないと思っています。

 

(注)このシンポジウムの会場となった東京・霞が関のイイノホールの庭には、サーマッラーのミナレットそっくりのモニュメントが設けられている。平田五郎作「空を見るために」で、作家が自ら旧ビルの石材を砕き積み上げて、塔として再生した作品だという。

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東京・霞が関のイイノホールの庭にある、サーマッラーのミナレットそっくりのモニュメント、平田五郎作「空を見るために」=2018年9月、国末憲人撮影

■複雑化するアイデンティティー

この話は余談なのですが、サーマッラーのミナレットは、イラクという近代国家、イラク国民のシンボルになっていました。ところが、ブラウン先生のお話にも私の話にも出てきたように、中東のかなり重要な一部の国の国家自体が弱くなっている。では、その国家に置き換わるものは何でしょうか。近代の国民国家に代わるどのようなモデルがあるのでしょうか。ブラウン先生に今のお考えをお伺いしたいと思います。

 

【ネイサン・ブラウン】 非常に難しい質問をいただきました。なぜ難しいというかは、我々はどうしても、国境をもつ国民国家という考え方に慣れてしまっているからです。ただ、確かに国民国家は崩壊しつつあります。それに完全に置き換わるものはないと思います。

もちろん、国民国家がすぐなくなるわけではありません。でも、それが持つ力は低下してくると思います。先ほど池内先生が中東での日本人の人質の話をされました。また、国末さんは中東からパリにテロリストが来て攻撃した話をされた。つまり、国境というものはもうなくなっているのです。「国際情勢というものは戦争と国内政治と外交だ」などという風には分類できなくなっている。特にそれが顕著に見られるのが、中東です。

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朝日地球会議の討論で語るネイサン・ブラウン氏=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

私はイスラエルとパレスチナの対立を研究しているのですが、そこには「シオニズム」というユダヤ人の国家をつくろうという動きと、パレスチナという国をつくって他の国と肩を並べようというナショナリズムの運動という、二つの大きな運動があります。そこで一つおもしろいのは、パレスチナ側の若い人と話をしますと、「国家」という概念をそれほど重要視していないんです。もちろん忘れたわけではないんですが、彼らは、パレスチナ国家が近く生まれるとは思っていない。国家が生まれたらすぐ問題が解決するわけではない、とも思っている。若いパレスチナ人はむしろ、グローバルな考え方を持っている。国際社会、グローバル経済に参加することを楽しみにしている。

ですので、国民国家がなくなるわけではないのですが、中東では「国家」というものの重要性が後退しています。もちろん国境は残る。大使館も軍もパスポートも残りますが、人々のアイデンティティーや帰属意識は、今までのように国民国家には縛られない。そんな将来を中東は暗示しています。国民国家は消滅しないので、それにとってかわるものはないけれど、人々はもう少し自分たちのアイデンティティーを複雑に考えるようになってくるのではないか。

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ベツレヘムの難民キャンプのビルの屋上で行われたSUGIZOさん(左端)のライブ。イスラエルが建設した分離壁(右上)が見える=2018年10月14日、渡辺丘撮影

■「帝国」は出現するか

【池内】 何が近代の国民国家に置き換わるのでしょうか。「まだ分からない」「それに置き換えるものはないかもしれない」という答えがあるかもしれませんが、一方で「帝国」といった考え方は、一部の人に評判がいい。中東を見る人の中にも、中東内部にも、例えば「トルコがオスマン帝国の勢力の範囲を取り戻すと、秩序が戻ってくるんじゃないか」という人がいます。「7世紀から10世紀ぐらいの間に非常に強かった初期のイスラム帝国の秩序を再び取り戻せば、近代の国際秩序が与えてくれなかった神聖な秩序がもたらされる」という人も。そのようなものは国民国家の代替にならないでしょうか。追加でお尋ねしたいと思います。

【ブラウン】 それはとても興味深い質問です。確かに、この地域には、「既存の国家が自分たちを代表していない」と感じる国民が多いわけです。国家の権力者が、社会のために権力を使っていない。そうではなくて「指導層のため、エリートのため、彼らの利益になるようにしか権力を使っていない」といった不満を持っている人が多い。だから、国民国家という概念が人気を失っているんだと思います。

リビアやシリア、イエメンといった国では、国家そのものが崩壊したり消滅したりしています。中東に無秩序が支配していることから、そういった考え方に立ち戻ろうとする人がいるかもしれません。例えば、サウジアラビアは帝国をつくろうとするわけではありませんが、イエメンにもシリアにも積極的に介入している。内政だけに関心をもっている国民国家ではありません。

一方で、サウジアラビア人自身はどうかというと、「自国が手を広げすぎている」と思っています。トルコ人にも同じようなためらいがあるかもしれません。「オスマン帝国への回帰」はすばらしいアイデアに聞こえますが、それに伴う紛争や代償も考えざるを得ないからです。

私自身が生きて目にすることはない遠い将来ならわからないけど、やはり国民国家がまだ重要性を持つ世界に戻らざるを得ないのでないか。国民国家をこえた何か、例えば帝国とか世界連盟とかは、今の統治者の命が続く限りないだろうと思います。

■イスラム教徒の移民が来る時代

【ブラウン】 一方で、お二方にお聞きしたいと思います。国内政策と国際的な政策の関係についてです。

中東地域に照らして考えると、例えば一世代前、アメリカは積極的にこの地域に介入していました。そこに、アメリカ国内の政策がどうなるかという議論は起きなかった。しかし、今は中東に派遣された何万人というアメリカの軍人が帰還しています。アメリカ国内には移民、難民の問題やイスラム教の課題もあります。つまり、中東情勢と各国の国内政策はつながっているのですが、これに関して日本や欧州の考え方を少しお聞かせ頂ければと思います。「中東は遠い」「自分には関係ない」などと言ってはいられない時代をどう考えるか、です。 

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ヨルダン川西岸ラマラでトランプ米政権が策定中の和平案に抗議するパレスチナ人=2018年7月2日、渡辺丘撮影

【池内】 恐らく、日本で中東を国内政治の一部ととらえる例は、まだ例外的だと思います。先ほど私が挙げた日本人の人質のケースは非常にまれな例外です。日本国内の政治問題になるように、政治的な問題になるようにと狙って脅迫されたんですね。日本でもそう受け止めた人がたくさんいた。

ただ、政府への支持不支持を問われるような重大な国内問題に結びつかない限り、中東の問題は日本にとってまだ遠い世界だと思います。

それは、欧州とは対照的でしょう。欧州には難民問題があります。中東をどうするのか、イスラムとは何か、我々の生活にどう関係するのか、といった問題が、あらゆる選挙のテーマにすでになっています。おそらく日本ではそういうことはまだない。将来はあるかもしれませんが。

日本も将来、特にアジアから多くのイスラム教徒を移民として受け入れていくと思います。1世代経った後に、西ヨーロッパが過去50年間ほどで経験したことを、自らも経験するかも知れません。

■欧州の失敗成功に学べ

ただ、日本はなぜ、中東の問題を「遠い外国のこと」としてしかとらえないのか。私は常に不満を言っています。今後15年くらいすると、これは本当に日本にとって重大な問題となって、「欧州は以前何をしていたのか」「どの部分が失敗だったのか」「どの部分はまねするべきなのか」などと議論しているのではないかと思います。日本の人口構成の変化があまりに急激に表れ、移民政策も急激に変わるからです。

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朝日地球会議の討論で語る池内恵氏=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

これは、非常に遠いエキゾチックな世界の話に見えるかも知れませんが、変化は非常に速いスピードで起こっています。今、多くの移民が日本経済を担っているのは、東京にいると色濃く感じられます。コンビニで、ファストフードの店で、大部分の店員は外国人です。20年前の日本人は全く想像しなかったと思いますし、今でもファストフードの店に行かない人は知らない。その外国人は中国人や韓国人だけではなくて、マレーシア人、ネパール人だったりするのです。

【国末】 欧州にいると、地理的に中東が随分近いと実感します。テレビのニュースの最後に天気予報で地図が出るのですが、そこに必ず北アフリカや中東の端が映っているわけです。日本の天気予報に朝鮮半島が映っているのと同じで、だいたい晴れているんですけれど(笑)。もともと文明圏も地中海で一緒で、人の行き来もたくさんあります。ものすごく近いことは間違いない。

もちろん、国によって違いはあります。私がいたフランスの場合、中東からの移民は、実は少なくて、北アフリカからがほとんどです。北アフリカと中東は少し違う。いつも中東系、アラブ系とひとことでいってしまうが、なかなか単純にはいかない問題だと思います。

日本はそれに比べてずいぶん遠く、天気予報の地図にも出てこないので、なかなか影響は見えません。ただ、実は見えないところでいろいろ関係しているのではないでしょうか。特に米国を通じてです。日本は米国と密接な関係を持っていますが、米国の動きは中東にかなり左右されます。米国の言動の背後に実は中東の国があったり、その向こうにロシアがいたりと、いろんな形でつながっている時代です。「見えないから関係ない」とはなかなかいえないのではないでしょうか。見えないところをどう想像し、どう結びつけるかは、私たちにかかっていると思います。

■ISは死なず

【国末】 会場からもご質問を頂いています。ブラウン先生に二つ。最初は、米国はイランを追い詰めて何を獲得しようとしているのか、イスラム国はこれからどうなるんでしょうか、というご質問です。

 

【ブラウン】 非常に非常に難しく壮大なご質問を頂戴しました。

イラン情勢に関するアメリカ国内の議論の基本は、「イランを通常国家としてこの地域に組み込んで扱うべきか」「それとも隔離して扱うべきか」の論争に終始していると思います。この論争は、結果的には民主党対共和党の対立ともなりつつあります。現在は、イランを隔離する方向に動いています。国連安保理はこの新しいアメリカの方針に対してある程度懐疑的ですが、イスラエルやサウジアラビアといったこの地域の大国は同調しつつあります。ただ、今後の政権はひょっとすると、レーガン大統領時代の政策、あるいはブッシュ政権やクリントン政権が試したアプローチに回帰する可能性もある。どの政権であっても、いったりきたりを繰り返します。

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朝日地球会議の討論=2018年9月24日、東京都千代田区、岡田晃奈氏撮影

「イスラム国」(IS)については、私もわが同僚(池内氏)と同感です。彼らのイデオロギーがなくなることはないと思います。

ISは徐々に、迅速に、フランチャイズ化を進めました。過激派運動は一般的に非常に厳しく内部コントロールされるものですが、ISは例えばエジプトのシナイ半島や北アフリカで「あなたたちがその地域のISになってください」と、どんどん分派させたわけです。たくさんの同じような思想、理念を持った分派が各地にいるわけです。

エジプトのシナイ半島などでは、既存の国民国家が弱体化した空白をその組織が埋めました。ISは、地元の情勢をとりまとめて、ローカル・レベルでの秩序を提供する能力に長けています。失敗国家、崩壊している国家、あるいは独裁国家よりも、地元コミュニティーに対応する能力に優れている。また、その地域の人たちが共有する宗教も活用しています。IS45年でかなり弱体化しましたが、彼らの背後にある理念、考え方は、今の中東の政治危機が続く限りは何らかの形で存続するのではないかと、私は思います。

■宗教統制はうまくいかない

【池内】 イスラム主義について、追加の質問をしてみたいと思います。国家に関する質問とつながっているものですが。

最近の情勢を観察すると、ISが弱くなることと同時に見えてくるひとつの現象があります。中東で相対的に強い国では、権威主義的な指導者が宗教改革を訴えていることです。エジプトではシーシ大統領がクーデターで政権を取った後、大統領として独裁的な体制を敷いていますが、宗教について「もっと穏健になるよう改革を推進しなさい」と宗教指導者に命令している。そういう現象があります。

サウジアラビアでも、ムハンマド皇太子が「サウジそのものやイスラム世界の宗教をもっと穏健なものにする、そのために自分がリーダーシップをとる」と言います。自由でない、民主的でもない指導者が、しかしある種のリベラルな、自由な宗教改革をいわば強制する。この現象をどう見られているでしょうか。これは長期的に見て、イスラム世界に影響を残すのでしょうか。イスラム世界により自由な宗教改革をもたらして、永続的な変化をもたらすことができるのでしょうか。

【ブラウン】 私も同じような見方をみています。つまり、既存の統治者が宗教を統制しようとしているんですね。リベラルにして、自由にして、「誰がコントロールしているのか」を知らしめようということだと思います。

エジプトのシーシ大統領は軍人です。ずっとエジプト軍の中にいた人ですが、その彼が宗教指導者に宗教改革を教えようとしている。物理とか電気工学についての専門家が、宗教改革を主導している。サウジでも、皇太子はやはり宗教的な修養を受けていない方だが、宗教改革をもたらそうとしている。宗教のコントロールを握ろうとしているんだと思います。

私たちは政治学者ですから、プレゼンで地図とか指導者の写真を見せましたけれど、国末さんはプレゼンで若い人の写真から始めましたね。これはとてもおもしろいと思いました。つまり、この質問に対する真の答えは、「どのようなイスラムが若い世代に最も受け入れられるのか」にあると思います。若い人たちは「政府が宗教改革をおしつけている」と受け止めるのか、それとも「自由が広がるからいい」と思うのか。私は前者だと思います。つまり、「こういった改革を口実に、国の指導者は自分たちに反対する宗教指導者を逮捕している」と考えるでしょう。

でも、政府は人々の心をコントロールできません。上から宗教改革をしようとすると、反発が広がると思います。若い世代は、リベラルかリベラルでないかにかかわらず、わかりませんが、国の統制を外れたどこかで宗教や社会について語り合う場を探すだろうと思います。

【国末】 池内さんにも壮大な質問が来ているんですが、「失われた世界秩序をどうやったら、取り戻すことができるか」という質問です。12分で答えていただけますでしょうか(笑)。

【池内】 もし12分で答えることができたらノーベル平和賞をもらえると思うので、そのときはみなさんをご招待いたします(笑)。

世界の中で、日本というのはかなり例外的な地域なんですね。イスラム教は東南アジア、中国にも届きました。ところが、日本と朝鮮半島だけが前近代でイスラム教の布教を受けていないんです。なのに、911テロ後の17年の間に私たちは急激にイスラム世界と向き合わされている。そのことによる驚きがあるんだと思います。

おそらく最初、日本の多くの人は911テロを見て「一部の特殊な変わった人が過激化している」と考えていたと思います。でも、そんな簡単な問題ではないと気付き始めた。しかも日本は人口が減っていく。それに対し、イスラム世界はどんどん人口が増えていく。そして彼らは経済発展を遂げても宗教を手放すわけではないらしい、とわかってきた。我々がこれまで考えてきた「世界が近代化すれば宗教が弱くなる」という考えが適用できなくなったと、多くの人は感じています。今後、文明の衝突のようなものが起こるのではないか。そうした認識が日本でも広がってきています。

ただ、西ヨーロッパを見ていると、中東からの様々な波を、何世紀にもかけて高まっては弱まるという形で受け止めてきました。時には受け止めきれずに紛争になったりもしましたが。おそらく、衝突は長期的に歴史のなかでは続いてきたことで、世界がこれで破滅するわけではない。

ただ、世俗主義とリベラリズムが強かった近代の100年間が、いわば終わろうとしています。より多様な文明の価値観が強まっていることは確かなので、これまでのように一つの枠組みで世界を見ることは難しくなっていく。そういう時代なんだと思います。一つの枠組みの中でどれだけ発展していくかを競うのではなく、「もしかしたら隣にいる人は全然違う価値観を持っているかもしれない」という状態に、私たちは慣れないといけない。

ヨーロッパはそれに慣れています。日本は何しろ、近代になるまでイスラム世界の影響を受けなかったまれな地域なので、あたかも衝突によって世界が終わるような危機感を感じているのではないかと思います。それは私は考えすぎ、杞憂ではないかと、私は思っています。

 

【国末】 ありがとうございました。(おわり)