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フォロワー100万のインスタグラマーも SNSに居場所を見つけたイランの人たち

World Now 更新日: 公開日:
mohamadaminkarimporが投稿して人気のコメディー動画=インスタグラムから

機内で航空券を手に座席を探す女性客。一目ぼれして、「自分の隣に座って」と祈る青年。でも、座ったのは女性の後ろにいたおじさん。失意の青年はその胸を借りて泣きじゃくる――。

SNSのインスタグラムに投稿された約1分間のこのコメディー動画の再生回数は、9月半ばで約790万回。画面の右上には旅行会社のロゴがある。ネット向け動画制作を手掛けるテヘランのビデオネガール社の共同創業者カベ・ギアシ(38)は、動画の広告収入は「2000米ドル(約22万円)はいくだろう」と見積もる。平均月給の数カ月分に相当する額だ。

投稿したのは、コメディーやダンスの動画で一躍有名になったインスタグラマー、「mohamadaminkarimpor」。フォロワーは270万人に上り、「10秒の動画1本で1000ドル稼ぐ」とされる。スタッフや機材もそろえ、最近の作品の出来栄えはテレビ番組のようだ。カベは「フォロワーが多いほど広告がつき、料理や旅行など特定の分野に強ければより高収入を狙える」という。

イランでは、1年足らずで100万人規模のフォロワーを集めて、セレブの仲間入りするインスタグラマーが次々と誕生しているという。芸術的な写真を投稿して世界的な注目を集めたり、自作のアクセサリーを販売したりと、インスタは無名の人たちがそれぞれの方法で夢に近づく舞台になっている。

マイノリティーの居場所にも

戒律の厳しい保守的な社会で息をひそめてきたマイノリティーの人たちも、SNSに居場所を見いだしている。左耳にイヤリングをしたゲイの大学生(22)もその一人だ。小中学校時代は、しぐさが周囲の子どもたちと違うとひどいいじめを受けたが、嫌われるのが怖くて家族にも打ち明けられなかった。「病気だから治そう」と思い詰めて、女性とつきあったこともあったが、無理だと気づいた。自殺が頭をよぎったこともあった。

そんなとき、ゲイ同士が知り合うSNSアプリがあることを知った。

ゲイの人たち向けの出会い系SNS=テヘラン、村山祐介撮影

世界中の参加者がいたが、地域を限って検索してみると、イランからもたくさん登録されていた。最初はおっかなびっくりで手や目の写真を公開するところから始めたが、次第に多くの人たちと実際に出会って、人間関係も生まれた。彼は「あ、自分一人じゃない。ゲイにはすごい大きな世界がある、と気づいたんです」と話した。

SNSで「一人じゃないことに気づいた」と語るゲイの大学生=テヘラン、村山祐介撮影

SNSで結びつきを強める人々に対し、当局は、規律の揺らぎや政府批判の温床になりかねないと神経をとがらせている。

今年7月には、ダンスする自分の姿の動画をインスタに投稿した当時18歳の女性が逮捕されて波紋を呼んだ。イランでは、女性が公の場や家族以外の男性の前で踊るのは許されないうえ、公の場で着用を義務づけられているヒジャブもつけていなかった。国営テレビの番組に泣きながら登場したこの女性は「フォロワーを増やしたかった」と謝罪。フォロワーは60万人以上いたという。イランではヒジャブ着用義務に反発する女性たちも多く、ツイッターなどで昨年末以降、公の場でヒジャブを脱いだ画像が次々と投稿され、逮捕される女性も相次いでいる。

ネット上に投稿された、逮捕された女性とみられるダンスの動画=ユーチューブから

そんななか、SNSをめぐってイラン国民の半数が巻き込まれる「事件」が起きた。

昨年末から全土で広がった反政府デモを助長したとして、当局が今春、イランで日常のやりとりで圧倒的な人気を誇るチャットアプリ「テレグラム」を遮断したのだ。

人口約8千万人のイランで利用者は4千万人超とされ、日常生活や商売の連絡に欠かせないインフラに育っていた。介護用品メーカーLORDの社長レイラ・ダネシュバー(38)は振り返る。「商売する人の8割が業務連絡に使っていて、見積書や商品写真を送ったり、履歴で納品数を確認したりしていました。そうしたら、いきなり遮断されたんです。うそでしょ、面倒くさいことしないで、という感じでした」

リハビリなどに使う介護用品を製造するLORD社を創業した社長レイラ・ダネシュバー=テヘラン、村山祐介撮影

自衛策として広がったのが、通信を暗号化して外国のサーバー経由で接続する仮想プライベートネットワーク(VPN)と呼ばれるアプリだ。SNSの動向に詳しいビデオネガール共同創業者のモフセン・ハサンプール(33)は、「テレグラムはただの連絡手段ではなく、企業にとっては事業のプラットホームになっており、離れることはできません」と指摘する。政府が押さえ込もうとした結果、非合法ながら当局の干渉を避けられるVPNが、反政府運動などとは無関係な一般の人や中小企業にまで広がったかたちだ。モフセンは言う。「半年前にはほとんど知られていなかったけれど、今やイランでVPNを知らない人なんていません」

ITベンチャー、ビデオネガールの共同創業者カベ・ギアシ(右)とモフセン・ハサンプール=テヘラン、村山祐介撮影

ツイッターやフェイスブック、ユーチューブに加えて、テレグラムまで遮断されたイラン。VPNを使うと通信速度が遅くなるため、ほとんどの人は、遮断されたSNSを使うときだけVPNに切り替えているが、残る「大物」のインスタグラムが遮断されるのも時間の問題、と見られている。そんな息苦しさを逆手にとってか、一部のイランの人たちの間では「いっそインスタも遮断されてしまえば、ずっとVPNをつけたままですむから、かえって楽」との「待望論」も冗談交じりに語られているという。

Abema×GLOBE「中東の新しい地図」から