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海を渡る大量の古着、あとを追ってみると…行き着いた先で見た驚きの「古着経済」

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アラブ首長国連邦(UAE)シャルジャには選別のため世界から古着が集まり、業者の倉庫にはベール(梱包)が積み上げられている=浅倉拓也撮影

■砂漠の倉庫に古着の山――UAE

砂漠の大都会ドバイから車で1時間足らず。アラブ首長国連邦(UAE)シャルジャの湾岸にある倉庫には、新たに到着した古着が山のように積まれていた。

圧縮され、コンテナに詰め込まれ、長い船旅を終えてくたびれきった古着は、カラフルだが「ゴミの山」にも見える。実際、この倉庫の古着は大半がフランスやベルギーなど欧州で持ち主に捨てられたものだ。

古着は、主に先進国で廃品回収や寄付を通じて集められる。服自体の原価はタダ同然だが、選別されることで商品としての価値が生まれていく。人件費、輸送費、輸入関税、業者が得るマージンなどが上乗せされ、値段がつく。コストを抑えるために、多くは人件費が安い別の国に輸出され、仕分けをへて次の市場に向かう。

アラブ首長国連邦(UAE)シャールジャの業者には大量の古着が集まり、選別されて再びアフリカ諸国などに輸出される=浅倉拓也撮影

新しいデザインの衣類を次々と低価格で売るファストファッションの隆盛で、先進国ではいま、かつてない大量の服が供給され、そして捨てられている。古着もグローバルに流通し、その量は今世紀に入って急増。国連の貿易統計によると、世界の古着輸出量は2016年、437万トン、金額にして約4000億円に達した。

シャルジャの自由貿易地域にあるサマル・テキスタイル社の倉庫には毎月、コンテナ20本分、約480トンの古着が運び込まれる。あらゆる種類の衣類や布製品が交じったベール(梱包)を開けると、男性用シャツ、女性用ジャケットといった具合に、まずは70種類ほどに分類し、必要に応じてさらに細分化する。一つひとつ、手作業でやるしかない。

アラブ首長国連邦(UAE)の古着業者の倉庫。価値を一つひとつ見極めながら選別する=浅倉拓也撮影

「これはとても古くて良い。高く売れる」。スリランカ人の従業員が、コーデュロイのジャンパーや、スエードのジャケットなどが入った袋を見せてくれた。

古着の塊には、ボロ布同然のものも、希少なビンテージ品も交じり合っている。見極めの方法を尋ねると、手を動かしたまま彼は笑顔で答えた。「経験だけですね」。隣にいた、あどけなさが残る従業員はシエラレオネからの出稼ぎだという。「僕は補助をしながら(査定のやり方を)見習っているんです」

近年、世界で最も古着を輸入している国はパキスタンだが、ほかにマレーシアやUAEが「仕分け国」として知られている。自由貿易地域の優遇策や交通アクセスのよさに加え、世界から集まる豊富な低賃金労働力がUAEに仕分け倉庫が集積する理由の一つだ。

社長のジャマル・ラソクはベルギー国籍のシリア人。この日は少し不機嫌だった。UAEでは今年1月に付加価値税が導入されたが、古着のコンテナを港に運ぶ際にも新たな費用負担が生じるらしいと聞いたからだ。「7年前にベルギーからここに来た時は人件費も安かったが、いまは何もかも高くなった」。そしてフィリピン人の女性事務員に向かって言った。「今週末、オマーンの経済特区を見に行くからな」。製造費のない商品だけに、さまざまな経費が商品力を直撃するのが古着産業といえる。

サマル・テキスタイル社が仕分けした古着は再びベール塊に圧縮される。ほとんどがアフリカに向かうという。

■古着争奪戦が始まった日本

UAEを訪ねたのは、近年、日本からの輸出も増えたと聞いたからだ。シャルジャに古着の仕分け拠点を持ち、世界60カ国以上で古着回収をしているドイツのアイコレクト社が14年、日本に進出した。

日本法人が提携するのが、ファストファッションの代表ブランド「H&M」や日本全国に約500店を展開するカジュアル衣料の「ライトオン」だ。両チェーンは全店舗で、自社商品に使えるクーポンと引き換えに他社製を含めた古着を引き取っている。

これをアイコレクトが回収し、UAEで仕分ける。6割は古着として再輸出されるなどし、衣料として売れる見込みのない残りは、工業用途などにまわされる。アイコレクトジャパンの田中秀人は「街角に古着回収ボックスが設置されているドイツなどと比べ、回収率の低い日本は伸びしろがある」と言う。

古着の回収は、新しい服を売らなければならないアパレル側にもメリットがある。「タンスの肥やし」を罪悪感なく処分し、新しい商品を買ってもらう……言わば「ウィンウィン」の仕組みだ。他の衣料品チェーンにも広がっている。

国内需要も上向いている。きっかけの一つはフリーマーケットアプリ「メルカリ」の登場だろう。若者にとって中古品の売買は当たり前。古着への抵抗感は少なくなった。

大手アパレルのワールドは今年、おしゃれなイメージで人気の古着専門店「ラグタグ」を傘下に収めた。「いまの若い方にとって、古着はビンテージなどでなく、もっと普通のもの」と広報の脇本昌子は説明する。古着は「商売敵」ではなく、「他社の製品も含めて服が循環することで、私たちの新製品を買ってもらえる」のだという。

「こんなに隙間ができたのは初めてだ」。9月下旬、千葉市の倉庫で古着をコンテナに積み込んでいたNPO「日本ファイバーリサイクル連帯協議会」(JFSA)のスタッフが、思わずもらした。

1996年から、寄贈された古着をパキスタンに送り、現地で販売した収益でスラム街につくった学校を運営している。年4回ある出荷作業で、普段はコンテナが隙間なく埋まるが、今回は古着の量が少なかったようだ。

NPO日本ファイバーリサイクル連帯協議会(JFSA)がパキスタンに送る古着は学校運営の資金にあてられる=千葉市中央区、浅倉拓也撮影

古着の回収量は様々な要因で変動するものの、「古着の争奪戦」とも言える現象が起きているのは確かだ。

16年の国連統計によると、世界最大の輸出国は約18%を占める米国で、ドイツ、英国が続く。日本はというと、実は06年まで金額ベースでは世界トップ級の輸入大国だった。

古いジーンズ1本に数十万円の値がついた「ビンテージブーム」の時期と重なる。ところが07年からは輸入額は急減し、逆に輸出を大きく伸ばすようになった。重量でみると、世界の輸出に占めるシェアは16年でまだ5%ほどだが、この20年で実に4倍になった。

■中国製の新品より欧米の古着――ケニア

ケニアの首都ナイロビのギコンバ市場には、無数の古着業者が、それこそ果てしなくひしめき合っていた。

世界で最も多くの古着が最終的にたどり着くのがアフリカ大陸だ。なかでもケニアは最大級の市場。モンバサ港に着いた古着のベールは、陸路でこのギコンバ市場に運ばれ、卸売りや仲買を通して、ナイロビのビジネス街から地方の村まで、血液が毛細血管を流れるように隅々に行き渡る。

米国際開発庁の調査では、ケニアでは67%の人が古着を買ったことがあるといい、低所得層だけでなく、幅広い層に愛用されているのだ。

ケニアの首都ナイロビにあるギコンバ市場には無数の古着業者が集まっている=浅倉拓也撮影

卸売業者のジョン・ムワルギ(33)は、輸入業者からベール塊を週200個(10トン相当)ほど仕入れる。ベール1個につきマージンは1000~1万シリング(約1000~1万円)だ。間口2メートルほどの小さな倉庫の賃料は月額5万シリング(約5万円)という。物価水準を考えると安くないが、「15年近くやっているが、良い商売だ」と言う。

市場には、古着をスチームアイロンで伸ばす職人や、ほころびの修繕や仕立て直しなどの縫い物をする職人などがそこかしこにいる。古着が大きな雇用を生んでいるのが分かる。

クラシックな足踏みミシンで縫い物をしていた女性は、ジーンズを半ズボンに仕立て直していた。「中国からの古着は、ウエストのサイズが大きい割に丈が短いのが多いので、こうするんです」。工賃は1本20シリング(約20円)で、1日100~300本程度をこなすという。

ケニアの首都ナイロビにあるギコンバ市場で古着を仕立て直す女性=浅倉拓也撮影

市場で取材していると、あちこちから「ニーハオ」などと声がかかった。ここでも中国の存在感は増している。中国はアジアでも主要な古着輸出国になった一方、安価な中国製の新品もアフリカにあふれ返っている。例えばジーンズなら中国製の新品は1000シリング(約1000円)程度で買え、状態の良い古着と値段はさほど変わらない。

それでも、現地で「ミトゥンバ」と呼ばれる古着は、「安物の新品より質が良く長持ちする」「古着はホンモノだから」と人気だ。市中心部で小さな古着店を営むジョージ・ムリグは「中国製品がいくら入ってきても、消費者はうちのミトゥンバの品質をよく知っている。売り上げはむしろ伸びている」と誇らしげに話した。

もともとケニアを始めアフリカ諸国は、繊維・縫製産業に力を入れていた。しかし、1980年代から90年代初頭にかけ、国際通貨基金や世界銀行主導の経済構造改革で貿易の自由化が進んだ。その結果、先進国発の古着が大量に流入し、中国などからの安価な新品の輸入も相まって、地元の産業は衰退していった。

■もう「お下がり」は着たくない――ルワンダ

誰もが得をした気分になり、環境にも優しい古着ビジネスが成り立つのも、アフリカのような巨大な市場があるおかげだ。だがアフリカでは、先進国で不要になった服に依存する状況を変えようという動きも生じている。

ケニアを含む6カ国でつくる東アフリカ共同体(EAC)は2016年、域内産業を育てようと、古着の関税を段階的に引き上げて19年までに輸入を禁止することで合意した。

これに猛然と反発したのが世界一の古着輸出大国アメリカだった。

米国の古着業界団体が「4万人の雇用が脅かされる」と訴え、米通商代表部はEAC諸国からの対米輸出を支援するために関税を免除する「アフリカ成長機会法(AGOA)」の停止を示唆。これに従うかたちで各国は関税の引き上げを断念した。

唯一屈しなかったのが、ルワンダだ。古着1キロ当たり0.2米ドルから2.5ドルに引き上げた関税を維持し、この7月にAGOAの適用から除外された。

ルワンダの首都キガリで長年、古着店を営む男性。関税の大幅引き上げで商売は厳しい=浅倉拓也撮影

大統領のポール・カガメは時に「独裁的」との批判を受けながらも、内戦と大虐殺で引き裂かれた国を立て直し、「奇跡」と言われる経済成長を遂げてきた。首都キガリの美しい街並みを見ると、ここに暮らす人々が、時には下着に至るまで、遠い国からの「お下がり」に頼る状況は、確かに似つかわしくないように思える。

政府は経済特区に縫製会社を誘致し、テレビやラジオの広告も使って「メイド・イン・ルワンダ」キャンペーンを展開している。

特区で15年に操業を開始した衣料メーカーのC&Hガーメンツ社は、いまは欧米への輸出が中心だ。責任者のマルー・ジョンティラノはAGOA適用除外について「欧州にも輸出しているので問題ない。これからは国内向けの製品をもっと作りたい」と話す。

ルワンダの首都キガリにある衣料メーカーの工場。ルワンダ政府は国産の衣料製造に力を入れる

一方、古着ビジネスで生活の糧を得る多くの人が、関税引き上げにあえぐ。妻と3人の子どもを養う仲卸業者の男性は「仕入れは半減した。収入も3分の1になった」と嘆く。「この政策で多くの人が失業し、消費者は欲しい服が手に入らなくなった」という不満の声も聞こえた。

それでも変化の兆しは見える。「人々のマインドは確実に変わりつつある」と政府方針を支持するのは、大学生だった15年にパートナーとファッションブランド「ウジ・コレクション」を立ち上げたレメラ・ナタリー(23)。「私たちの世代は、ファッションでも音楽でも、好きな道に進めると考えています」

メイド・イン・ルワンダのブランドとして「ウジ・コレクション」を立ち上げたレメラ・ナタリーさん=キガリ、浅倉拓也撮影

ルワンダの伝統的な素材やプリントを生かした服は、男性用シャツで5000円前後。古着や安価な中国製よりはかなり高いが、売り上げは順調に伸びているという。「ワードローブの全てでなくても、一つくらいメイド・イン・ルワンダを持っておきたいと考える人は増えている」

アフリカでも多様化する消費。いっけん「ウィンウィン」な古着ビジネスが成り立つのは、国際的な貧富の格差があるからこそだが、この古着の循環が、安くて低品質な服を使い捨てにする免罪符になっているとすれば、いずれ行き詰まるかもしれない。