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EU離脱という「世紀の選択」で、英国民は何を選び取ったのか

ことばで見る政治の世界
EU離脱の賛否を問う国民投票直前に開かれた離脱派の集会。離脱派のリーダーたちも驚く結果となった=ロンドン、2016年6月19日(朝日新聞撮影)

冷静に論じ、行動するはずのイギリス、どこへ

「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えたあとで歩き出す。そしてスペイン人は、走ってしまったあとで考える」

これは戦後まもない1950年に出版され、ベストセラーとなった笠信太郎(りゅう・しんたろう)の『ものの見方について』の書き出しである。

笠信太郎(1900~1967)。48年から62年まで朝日新聞論説主幹を務めた。著書に「日本経済の再編成」「新しい欧州」「”花見酒”の経済」「なくてななくせ」など。

第2次世界大戦の間、中立国スイスなどに駐在して特派員として国際情勢を見ていた笠は、帰国すると朝日新聞の論説主幹に就任、その豊かな知見を生かして、戦後の論壇をリードした。『ものの見方について』は、ヨーロッパから日本が何を学ぶべきかを論じた啓蒙書で、焼け跡から欧米型のデモクラシーを築こうとしていた当時の日本人がまさに必要としていた本だった。

7年間にわたる戦時中の欧州滞在の経験を生かした戦後日本への処方箋。平明でリズム感のある文体で多くの読者を得た。今年8月に角川文庫から新版として刊行された

この本の中で、著者の笠が高く評価している国がイギリスである。空理空論ではなく日常の問題を、時間をかけて多角的な視点から論じる。相手の意見に耳を傾ける寛容さもある。笠がモデルとしたイギリスのイメージは、その後長く日本人のイギリス観を形作った。

1970年代末にロンドン大学に留学した私が見たのも、そういうイギリスだった。何をするにも列をつくって辛抱強く待つ。大学の学費値上げ反対運動も、ビッグベンで有名な国会議事堂までデモをして、自分の選挙区の議員に面会を求めて要望を伝える。その現実的・実際的な思考と行動に尊敬の念を覚えた。

だが、そんな冷静なイギリスは、いまやかけらも見られない。もちろん、「ブレグジット」(イギリスのヨーロッパ連合からの離脱)の話をしているのである。

ロンドン中心部、テムズ川河畔にあるウェストミンスター宮殿。イギリス議会の議事堂として使われている。イギリスの政治は長く日本にとって議会政治のモデルであった。(朝日新聞撮影)

一部の政治家がナショナリズムや排外主義を激しくあおった。ヨーロッパ連合から離脱すれば、移民がいなくなって雇用も守られ、財政負担も軽くなり、暮らしも楽になる、という夢物語をばらまいた。グローバリゼーションのもたらした激しい変動に不安を感じていた大衆がそれに反応した。離脱派を沈静化させるために行ったはずの2016年6月の国民投票は、まったく逆の結果となってしまう。離脱が52%、残留が48%の僅差で国民の意思が示された。実は、離脱派の指導者たちの多くは、自らの政治勢力を広げることだけを考えるポピュリストに過ぎなかった。イギリスはヨーロッパ連合の一部であるからこそ経済が発展して来たのに、40年以上にわたって築いた仕組みをどうやってゼロから作り直するのだろうか。離脱派はだれも青写真を用意していなかった。

その後2年余り、大混乱が続いている。離脱の条件をめぐるイギリスとヨーロッパ連合の話し合いは、離脱の期限である2019年3月まで7か月を切ろうとしているのに、先が見えないままだ。

「EU離脱、国のかたちを壊した」有識者の深刻な憂い

そういうなかで、8月31日から9月2日まで神奈川県鎌倉市内のホテルで開かれた日英21世紀委員会に参加した。日本とイギリスの様々な分野の有識者が両国が直面する課題について自由に討議する場で、もちろんブレグジットは主要な議題であった。イギリス側の参加者の発言には考えさせれる点が多かった。彼らの意見のポイントを紹介したい。

 

  • イギリス国会議員の過半数は、そもそも離脱には反対だった。しかし、国民投票で離脱の意思が示された以上、それは尊重せねばならない、と考えている。したがって、国民投票のやり直しはないだろう。
  • 国会議員の過半数は、ヨーロッパ連合とのつながりをできるだけ持続するソフト・ブレグジットを望んでいる。しかし、保守党内部に、強硬な形でのハード・ブレグジットを望むグループがあり、党首であるメイ首相は、自分の党内をまとめられない。ヨーロッパ連合との交渉以前に、イギリス政治の混迷が止まらない。
  • ブレグジットの背景には、より大きな歴史的問題がある。1962年に、アメリカのディーン・アチソン元国務長官が、「帝国を失ったイギリスは、まだ新しい役割を見出していない」と述べた。この発言はイギリス国民の誇りをいたく傷つけ、当時のイギリスのマクミラン首相は激怒した。その発言がズバリ本質を突いていたからだ。結局、その後のイギリスは、アメリカとの特殊な(おもに政治・軍事的な)関係を維持しながら、ヨーロッパの経済統合に参加していく道を選んだ。ヨーロッパの一部であることが、対アメリカ外交の強みとなり、またアメリカとの絆が、ヨーロッパにおけるイギリスの発言権を高めた。そうやって半世紀かけて作った国のかたちを、ブレグジットがこわしたのである。イギリスは、国のかたちをもういちど土台から作り直すことを問われている。 
国民投票後もイギリスのEU残留を求める声はやまない。単一市場から出れば多くの職が失われると恐れる人たち、ロンドン市内(朝日新聞撮影)、2017年3月25日

専門家のそういう話を聞きながら、今後予想される混乱を思い、頭がくらくらしてしまった。ブレグジットは、イギリスと世界を変える「世紀の選択」なのである。