EU離脱という「世紀の選択」で、英国民は何を選び取ったのか
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「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えたあとで歩き出す。そしてスペイン人は、走ってしまったあとで考える」
これは戦後まもない1950年に出版され、ベストセラーとなった笠信太郎(りゅう・しんたろう)の『ものの見方について』の書き出しである。
第2次世界大戦の間、中立国スイスなどに駐在して特派員として国際情勢を見ていた笠は、帰国すると朝日新聞の論説主幹に就任、その豊かな知見を生かして、戦後の論壇をリードした。『ものの見方について』は、ヨーロッパから日本が何を学ぶべきかを論じた啓蒙書で、焼け跡から欧米型のデモクラシーを築こうとしていた当時の日本人がまさに必要としていた本だった。
この本の中で、著者の笠が高く評価している国がイギリスである。空理空論ではなく日常の問題を、時間をかけて多角的な視点から論じる。相手の意見に耳を傾ける寛容さもある。笠がモデルとしたイギリスのイメージは、その後長く日本人のイギリス観を形作った。
1970年代末にロンドン大学に留学した私が見たのも、そういうイギリスだった。何をするにも列をつくって辛抱強く待つ。大学の学費値上げ反対運動も、ビッグベンで有名な国会議事堂までデモをして、自分の選挙区の議員に面会を求めて要望を伝える。その現実的・実際的な思考と行動に尊敬の念を覚えた。
だが、そんな冷静なイギリスは、いまやかけらも見られない。もちろん、「ブレグジット」(イギリスのヨーロッパ連合からの離脱)の話をしているのである。
一部の政治家がナショナリズムや排外主義を激しくあおった。ヨーロッパ連合から離脱すれば、移民がいなくなって雇用も守られ、財政負担も軽くなり、暮らしも楽になる、という夢物語をばらまいた。グローバリゼーションのもたらした激しい変動に不安を感じていた大衆がそれに反応した。離脱派を沈静化させるために行ったはずの2016年6月の国民投票は、まったく逆の結果となってしまう。離脱が52%、残留が48%の僅差で国民の意思が示された。実は、離脱派の指導者たちの多くは、自らの政治勢力を広げることだけを考えるポピュリストに過ぎなかった。イギリスはヨーロッパ連合の一部であるからこそ経済が発展して来たのに、40年以上にわたって築いた仕組みをどうやってゼロから作り直するのだろうか。離脱派はだれも青写真を用意していなかった。
その後2年余り、大混乱が続いている。離脱の条件をめぐるイギリスとヨーロッパ連合の話し合いは、離脱の期限である2019年3月まで7か月を切ろうとしているのに、先が見えないままだ。
そういうなかで、8月31日から9月2日まで神奈川県鎌倉市内のホテルで開かれた日英21世紀委員会に参加した。日本とイギリスの様々な分野の有識者が両国が直面する課題について自由に討議する場で、もちろんブレグジットは主要な議題であった。イギリス側の参加者の発言には考えさせれる点が多かった。彼らの意見のポイントを紹介したい。
専門家のそういう話を聞きながら、今後予想される混乱を思い、頭がくらくらしてしまった。ブレグジットは、イギリスと世界を変える「世紀の選択」なのである。