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カンボジアで見たしなやかな、強権政治に対する抵抗

トッケイ7回鳴いたかな。 更新日: 公開日:
後ろの緑色が記入ブース。投票箱は日本からの援助で配布された=カンボジア・プノンペンで(撮影、筆者)

最近、カンボジアは評判が悪い。

729日に投開票された国民議会選挙で、フン・セン首相の最大与党・カンボジア人民党が大勝し、125議席すべてを独占する結果になったからだ。

今回の総選挙には、20政党が参加。投票率は83.02%で、前回の69.61%を上回り、15年ぶりに80%台に乗った。選管によれば全国2万カ所以上の投票所では混乱はほとんどなく、投開票日の夜には大勢が判明した。投票率の高い、立派な選挙に見える。

投票所に列をつくって並ぶ人たち。学校が投票所になるのは日本と同じ=同(撮影、筆者)

しかし、与党・人民党は選挙を前に、前回13年の総選挙で自分たちの足元を揺るがした最大野党・カンボジア救国党を、いじめぬいた末に政党法改正という強引な手法で解党してしまった。それだけでなく、同党幹部100人以上を5年間の政治活動禁止とした。

総選挙でも昨年の地方選挙でも、4割以上の得票率で与党に迫っていた救国党。有権者はその選択肢を根こそぎ奪われたまま、投票所へと行かなければならなかった。一方、国外に逃れた救国党の幹部たちは、国内の有権者に投票のボイコットを呼びかけた。これは逆に、「選挙に行かなければ救国党支持者」と目をつけられる事態を生み出してしまった。カンボジアでは投票した人はその印に、指を特殊なインクで染めるからだ。私も試しにつけてみたが、青黒いインクが10日過ぎても指先に残る。本来、二重投票などの不正を避けるための「指インク」が、救国党支持者を見分けるための道具になってしまった。救国党支持者と目をつけられれば、ささいな行動や発言も監視され、「国家転覆」や「名誉棄損」などと曲解されかねない。そこまでいかなくても、職場で昇進が阻止されたり、いやがらせを受けたりする可能性もある。国民に対する「投票圧力」は、外国人の私たちが想像する以上に深刻なものだろうと思う。

指先に付いた黒っぽいものは、不正防止のために投票の際に付ける特殊なインク。なかなか消えない(撮影、筆者)

つまり、今回の選挙は結果の見えた茶番劇になる。と、思っていたのだが、ドラマは起きた。その主役は「無効票」だった。

カンボジア国家選挙管理員会がウエブサイトに掲載している各地方選管ごとの投票結果を手計算で集計してみた。投票者数は約695万人、そのうち無効票は約60万票。全体の8.6%に当たる。地元紙の報道によると、無効票数は前回総選挙の6倍に増えた。日本の衆院選の無効票が2%前後であることと比較しても、今回の総選挙で無効票が目立ったことがうかがえる。

投票用紙。参加20政党のロゴマークが入っていて、文字が読めない人でも投票できるようにしている=同(撮影、筆者)

もちろん、与党・人民党が獲得した500万票余りには及びもしない小さな数字だ。しかし、次点のフンシンペック党の獲得した約37万票を上回っており、むしろ「次点は無効票」とさえいえる状況なのだ。この無効票は、単なる書き損じや判別不能なものばかりではなかったようだ。投票用紙に大きくバツ印を書いたもの、解党された救国党の名前を書いたものなど、茶番への「抗議」を示す無効票の写真が、フェイスブックにアップされ、シェアされて出回った。前回選挙で救国党が勝った首都プノンペンでは無効票が約15%にもなった。プノンペンに隣接するカンダールやタケオもそれぞれ10%前後となり、フン・セン首相の出身地でもあるコンポンチャム州でも11%にのぼった。

テントで仮設された投票所。張り出された有権者名簿で自分の名前を探す人たち=同(撮影、筆者)

投開票日、私はプノンペン市内の開票所をいくつか回ってみた。カンボジアでは、投票した部屋ごとに開票作業を行い、その集計用紙が全国1600カ所余りの地方選管で集約される仕組みだ。それぞれの開票部屋で壁に張り出される投票数のグラフを見ると、多くが「次点は無効票」という状態だった。

投票所に行き、投票用紙に大きなバツをつけて投票箱に入れ、指先にインクをつけて日常生活を滞りなく過ごす。声高な抗議行動ではないけれど、革命のように政権交代を生み出すものではないけれど、静かに自分の意思を貫く方法。しなやかで、したたかで、なんだかかっこいい、とさえ思った。無効票が選挙の意味を教えてくれる、なんていうと矛盾して聞こえるけれど、その声なき声に耳を傾けなければ、私たちは民意を受け取り損ねる。

選挙後、カンボジアの民主主義が死んだ、という人たちがいる。その嘆きはわかる。けれど人々は、その中で息をひそめながら生き抜こうとしている。無効票は、強権政治に対する見事な仕返しだ。(続く)

開票結果の記入用紙。開票は各部屋で行われ、その数を投票所ごとにまとめて地方選管へ送る。この部屋の有効投票は174票、無効票は34票=同(撮影、筆者)