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人工呼吸器手放せない、それでも街に出る~映画『ブレス しあわせの呼吸』

シネマニア・リポート
『ブレス しあわせの呼吸』の撮影に臨むアンディ・サーキス監督(右端)。中央は車いすに乗る主演アンドリュー・ガーフィールド © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved
『ブレス しあわせの呼吸』の撮影に臨むアンディ・サーキス監督(右端)。中央は車いすに乗る主演アンドリュー・ガーフィールド © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

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『ブレス しあわせの呼吸』より © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

今作の主役ロビン・カヴェンディッシュは実在の男性。アンドリュー・ガーフィールド(35)が演じるロビンは英陸軍で大尉も務めて運動神経に優れ、紅茶ビジネスを始めてダイアナ(クレア・フォイ、34)と結婚した。ところが茶葉の買い付けに赴いたケニアでポリオ(小児マヒ)にかかる。

首から下は完全に麻痺して自力では呼吸できなくなり、余命数カ月と宣告。「死にたい」「ここを出たい」と病棟で悲嘆に暮れるロビンにダイアナは一念発起、人工呼吸器の操作を看護師から教わり、「病院を出たら2週間で死ぬ」と半ば脅す医師を無視して、ロビンが家で「普通」に暮らせるよう奮闘する。笑顔を取り戻したロビンは、友人のオックスフォード大学教授テディ(ヒュー・ボネヴィル、54)とともに人工呼吸器つきの車いすを開発、街で奇異に見る人たちを横目に行動範囲をどんどん広げてゆく。

製作したのはロビンとダイアナの長男、ジョナサン・カヴェンディッシュ(59)。レネー・ゼルウィガー(49)主演の『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズやケイト・ブランシェット(49)主演の『エリザベス: ゴールデン・エイジ』(2007年)などを手がけたプロデューサーだ。この『エリザベス: ゴールデン・エイジ』の共同脚本を書き、アカデミー賞やトニー賞にもノミネート経験のある脚本家ウィリアム・ニコルソン(70)に両親の物語を語ったのが、今作のきっかけとなった。

感銘を受けたニコルソンが時間をかけて脚本に取り組む間、ジョナサンは映画製作会社「ザ・イマジナリウム・プロダクション」を友人サーキスとともに設立。そのサーキスが今後の映画製作について話し合う中でニコルソンの脚本を読み、「その力強い筆致に『この作品を監督したい』と言うと、『もちろん! 一緒に作ろう』とジョナサンは応じたんだ」とサーキスは振り返る。

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『ブレス しあわせの呼吸』撮影の合間に、右からアンディ・サーキス監督、ダイアナ役クレア・フォイ、ロビン役アンドリュー・ガーフィールド、ロビンの実際の長男である製作ジョナサン・カヴェンディッシュ © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

サーキスといえば、2011年に始まった『猿の惑星』新シリーズのシーザーや、『キング・コング』(2005年)のコング、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのゴラムの「中の人」として知られる。いや、「中の人」というのは必ずしも正確な表現ではない。俳優の動きをデジタルで記録しコンピューターグラフィックス(CG)で再現する「モーションキャプチャー」で、人間以外のキャラクターの表情や内面を、「かぶりもの」を通してではなくじかに、巧みなリアルさで表現してきた。

モーションキャプチャーの活用は「役者の演技にあらず」とする守旧派からは長年、偏見とともに異端視されてきたが、特にシーザー役はアカデミー賞にも値すると絶賛され、今やモーションキャプチャーによる演技の第一人者として一目置かれている。ちなみに『ブラックパンサー』(2018年)や『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)では武器商人ユリシーズ・クロウを演じている。

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『ブレス しあわせの呼吸』の撮影に臨むアンディ・サーキス監督 © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

監督の身近にあった車いす

そんなサーキスの監督デビュー作が、CGとは無縁の『ブレス しあわせの呼吸』とは意外に感じたが、実はサーキス監督にとっても、「障害のある暮らし」は長年、身近なテーマだった。母は障害をもつ子どもたちの教師で、3歳上の姉は多発性硬化症のため車いす生活を余儀なくされている。彼自身、まさにポリオを患った英国のロックミュージシャン、故イアン・デューリーを英映画『Sex & Drugs & Rock & Roll(原題)』(2010年)で主演したことがある。

「私はポリオやサリドマイドの子どもたちとともに育ち、その成長を見続けたことで刺激を受けてきた。彼らは自分たちを障害者だとは見ず、生きるのにベストを尽くしているだけだと感じている。車いす暮らしの姉も同じで、自分を障害者だとは考えず、人生を精いっぱい生きている。それを伝えたいというのが、この映画を作りたいと熱望した理由のひとつだ。障害に対する人間の態度や姿勢がいかに変わるか、ということも言いたかった」。サーキス監督は電話越しに語った。

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『ブレス しあわせの呼吸』より © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

現代と大違い、60年前の障害者とりまく現実

ロビンがポリオにかかった1958年は、重い障害を持つ人が病院の外で暮らすなど一般には考えられなかった時代。劇中、障害を負った人たちが人工呼吸器つきの狭い空間に並んで横たわる、ドイツの病院でのショッキングな場面も出てくる。「ドイツだけでなく、世界で実際に使われた技術や装置をもとに描いた。米国でも起きたことだ。医師としてはただ最善を尽くし、病を抱える人たちが生きられるようすばらしいサービスをしているつもりで、人間として満足できるかどうかには思い至っていないだけだったりする。ロビンとダイアナはそれでも、人生を生きるため、人工呼吸器が万一動かなくなれば死んでしまうリスクを賭けて、外へ打って出た。病院の外で生きた、初期の人物となった」

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『ブレス しあわせの呼吸』より © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

サーキス監督はさらに言う。「ロビンは街ですれ違った人たちから非常に変わり者だと見られたが、この悲劇的な状況にも彼らはユーモアのセンスで接した。だからこそ、暗くなるようなドキュメンタリーや、ただ悲しいだけの描写にはせず、彼らのユーモアや明るさを映画で称えたかった。そうして、この状況を実に違った見方で眺めることになった。何よりもまず、これは愛の物語で、彼らの愛はユーモアで成り立っている。私はとても刺激を受けたし、映画を通して彼らを知ることができて幸運だ」

ロビンやダイアナの生き方は、サーキス監督には姉のありようとも重なって見えたようだ。「車いすの姉は劇場を経営していて、仕事をしたい、生きたいという熱意には並外れたものがある。とても忙しいし、やることが本当にいっぱいあって、毎日動き回っている。今回の映画づくりにあたって、彼女の人生を非常に例にとったよ」

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『ブレス しあわせの呼吸』より、ロビンのアイデアをもとに人工呼吸器つき車いすを作る友人の大学教授テディ役ヒュー・ボネヴィル © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

この作品は、大変な障害を描いているのに、見ると明るく前向きな気持ちになり、笑みさえこぼれる。同時に、あらゆる障害や不便さは創造の原点でもあるのだと気づかせてくれる。人間の「生産性」を云々する人はぜひ、この点を見てとってもらえればと思う。

ロビンが亡くなって四半世紀近く。「英国で、障害を持つ人たちへの態度は以前とはまったく違ってよくなっているし、車いす用のアクセスなど、障害を持つ人たちが自由に動けるようなインフラもできている。でも職場や賃金の平等や支援、ケアという意味では道のりはまだ長い。格差はなおあるし、仕事をすること自体が難しい人たちもいる。解決すべき問題だ」とサーキス監督は語る。

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『ブレス しあわせの呼吸』より © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

日本では2016年7月、神奈川県相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害される凄惨な事件が起きた。それについて触れると、サーキス監督は驚きとため息の声を漏らしつつ語った。「この映画は、自分の人生について自分ではどうにもできなくなったものの、それを取り戻してコントロールした人物の物語。とても大変な状況を乗り切らねばならない場合、自分でどんな道を進むか。人間のあり方として非常に大事なことだ」

サーキス監督は今作と並行して、ラドヤード・キプリング著『ジャングル・ブック』を原作とした『モーグリ』(2019年公開予定)を監督。ジョージ・オーウェル原作『動物農場』の実写化を監督することも決まり、いずれも得意のモーションキャプチャーをふんだんに活用する。モーションキャプチャーは技術面では高い評価を受ける一方で、それを活用した演技は昔ながらの映画人を中心に批判まじりで語られてきたが、今や表現の幅を広げるとして地位を高めつつある。

「モーションキャプチャーは、俳優がどんなキャラクターをも演じられる無限の可能性を持ち、この10年ほどで飛躍的に活用が増え、明らかにごく普通の手法となってきた。特に大作映画では実にたくさんのキャラクターがモーションキャプチャー俳優によって生み出されている。そうしたモーションキャプチャーで物語を紡ぐ未来に、私は関心を持っている。映画やテレビにとどまらず、『バーチャル・リアリティー(仮想現実、VR)』や、仮想と現実とをミックスさせる『複合現実(MR)』にも応用できる」とサーキス監督。目下、モーションキャプチャーをライブの劇場に取り入れる企画も進めているという。

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『ブレス しあわせの呼吸』より、ポリオ発症前のロビンを演じるアンドリュー・ガーフィールド(右) © 2017 Breathe Films Limited, British Broadcasting Corporation and The British Film Institute. All Rights Reserved

評価の高まりに伴い、これまで賞レースでは「CGがらみの演技なんて」と偏見とともに無視されてきたモーションキャプチャー俳優の演技が、そろそろ賞の射程圏にも入ってきそうだという。「賞に値するポテンシャルがあるし、表彰の対象になるべきだと私は思っている。実は今の米映画芸術科学アカデミーはその点とてもオープンになっていて、アカデミー賞でどう評価するか、新たに検討しているよ」

障害への偏見とたたかい、独自に生きる道を勝ち得たロビンにサーキス監督が共感した理由が、ここにもあるような気がした。