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「国が乗っ取られる」存在感増す中国、太平洋の小国・トンガ首相の悲鳴

World Now 更新日: 公開日:
中国の援助で建てられた政府合同庁舎が目立つ海岸で、地元の家族たちが遊んでいた

中国の援助で建てられた政府合同庁舎が目立つ海岸で、地元の家族たちが遊んでいた(撮影:市川美亜子)

無償でつくった政府庁舎 小売り業もほぼ「独占」

首都のある島から飛行機で1時間。7月上旬、トンガのヴァヴァウ諸島は国王の誕生日を祝う祭典のさなかだった。赤と白の国旗が揺れる華やいだ空気の港町のホテルで、伝統的な黒いスカート姿のアキリシ・ポヒヴァ首相が取材に応えた。「あくまでも仮定だが、合意を守れなければ、我々の海で彼らが漁業をするようになるとか、我々の軍隊を彼らが使うようになるとか。さまざまなことが起こりうる」

「合意」とは中国からの多額の援助の返済だ。中国からトンガへの援助は2006年から16年までで総額約17200万米ドル(豪・ロウィー研究所推計)に上る。無償援助もあるが、長期の低金利融資も多い。IMF(国際通貨基金)などによると、対外債務は今や国のGDPの半分近くに上るが、大半が中国からの借金だ。首相は、その元本の返済が「来年から始まる」と言った。

さらに、こう続けた。「多くの国民も恐れを感じている。商売では今や中国人が卸売りや小売りの8割以上を独占しているのだから」


不安をあおるようにも受け取れる一連の発言は、様々な臆測を呼んでいる。選挙制度改革を経てトンガで民主化が進んだのは2010年。首相のポヒヴァは民主化運動のリーダーだった。一方、いまも大きな影響力を持つ王室は中国との関係が深く、「トンガ中国友好協会」の会長を王女がつとめるほどだ。

日用品店で働く王(右)と家族

ヴァヴァウの中心街に並ぶ日用品店をのぞくと、店を切り盛りしているのは、ほとんどが中国系の人たちだった。幼い子を連れて買い物に来たリーロイ・ファンガラヒ(27)は、以前は電気関係の職に就いていたが、いまは失業中だ。「中国の店は早朝から深夜までやっているし、品ぞろえもいい。昔はトンガ人経営の店もあったが、ここにはほとんどなくなった。首相の言葉は俺たちの実感そのものだ」。06年に首都で暴動が起き、中国系の店が焼かれた。それ以降、ぎくしゃくした空気はある、と話した。

中国系の人たちはどう感じているのか。3階建ての建物で日用品店とホテルを営む王誦云(ワン・ソンユン、38)に聞くと、「中国人はどこででも生き抜く道を見つける。トンガ人の友達もたくさんいるよ」と言う。

王が18歳で故郷・福建省からトンガにわたったのは、国交が結ばれた98年。「成績がよくなかったんだ。中国は競争相手が多すぎる。中国人があまりいない場所に行こうと思った」。まずは首都で港から商品を運ぶ仕事をした。お金がたまると小さな店を持った。ヴァヴァウに移って店を広げ、ホテルも開いた。「子供には『生き抜く』ための人生ではなく、平和な暮らしを与えたい」。上の2人の子は中国に帰らせて、高額な授業料を払って私立校に通わせている。

王は移住して5年が過ぎた後で、商売をしやすくするため、トンガ国籍を取得した。90年代の一時期には高額でパスポートが売られていたといい、トンガ国籍を持つ中国系移民は少なくないという。トンガに暮らす「中国人」は数千人で、人口の35%というが、実態はつかめない。

取材後、王が「とっておきの場所がある」と、海と島を望む小高い山に連れていってくれた。先に来ていた家族連れとトンガ語で談笑した後で、声をひそめ、島の間に架かる橋を指した。「中国のお金で建てられたものだよ」と誇らしげな笑顔を見せた。

首都・ヌクアロファに戻ると、中国はまた違う次元の存在感を放っていた。海岸通りにそびえるのは、完成したばかりの政府合同庁舎。中国が無償で建設し、首相府や財務省などが入る予定だ。玄関に「チャイナ・エイド 中国援助」と記されたプレートが光っていた。その向こうには、巨大なモニュメントが立つ「ブナ埠頭」が見える。中国が全額を低金利融資し12年に完成したこの埠頭は、大型客船とともに軍艦も入港できる大きさと深さだ。

同じ海岸の東側では、日本が33億円を無償で援助し、国内輸送船用の埠頭を新設する工事の最中だった。豪州、ニュージーランド……。島をめぐると、道路や施設のあちこちに支援した国名を書いた表示がある。「大国」の視線を集める太平洋の姿を示していた。

トンガで長年民主化運動に取り組んできたジャーナリスト、カラフィ・モアラ(66)は話す。「恐れからは何も生まれない。新しくパワフルな友達と賢く関係を築いていければ、我々にメリットはある。トンガの問題を中国のせいにせず、自分たちの問題として向き合うことから始めるしかない」

太平洋で存在感増す中国

太平洋の島国に対する中国の存在感は経済援助を通じて急速に増している。先進国の場合、経済協力開発機構(OECD)の原則に沿って、所得水準や返済能力によって融資できるかを決めるが、中国にはそうした制約はない。返済期限が長く、低い金利の「ソフト・ローン」による支援も多く、先進国の援助にはなじみにくい「ハコモノ」建設が目立つ。

現地の事情に詳しい笹川平和財団の主任研究員・塩澤英之は「伝統的な支援国ができないことをやっている。現地の政治情勢に口を挟まないのも、支援を受ける側からすればニーズに沿った支援ともいえる」と分析する。

豪に拠点を置く「ロウィー研究所」は独自の調査で、中国の2006年からの10年間の援助額を「178千万米ドル(約2千億円)」と推計した。首位の豪州(77億㌦)は別格だが、2位の米国に迫る額だ。当然、各国の債務はかさみ、返済帳消しや期限延長の交渉をせざるを得ない国も。塩澤は「その交渉過程こそ、中国は重要視しているようにみえる。上の立場に立って交渉を進めることで、新たなカードを持てる」と指摘する。

一方で、中国も最近は無償援助を増やしているとみられる。塩澤は「責任ある援助国としての地位を得ようとする動きにみえる」と言う。ロウィー研究所の調査した援助は中国を承認した国が対象だ。だが、中国の存在感は、国交のない国々でも観光客や民間投資という形で高まっている。

台湾と国交を結ぶパラオには、10年ごろから中国人観光客が急増し、15年には人口の4倍超の87千人が押し寄せた。ダイビング客の急増などで環境面を懸念する声もあり、一時はパラオ政府がチャーター便数を減らす事態に。11年にマカオ―パラオ間のチャーター便を開拓し、中国人向けのツアーを始めた旅行会社「旅易国際」社長、周立波(49)は「中国人観光客は56年で100倍。パラオ経済の発展に寄与している。パラオは歴史的にはアメリカや日本との関係が深いが、長い目で見れば、中国との関係は強くなっていくだろう」と語った。