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「W杯優勝はアフリカ」論争が映す、いまの世界の重苦しさ

GLOBE編集長が読み解く今どきの世界
サッカーW杯ロシア大会で優勝したフランス代表チームメンバーと、マクロン仏大統領=ロイター
サッカーW杯ロシア大会で優勝したフランス代表チームメンバーと、マクロン仏大統領=ロイター

20年前と変わらぬ多様性、変わった機運

サッカーのロシアW杯はフランスの20年ぶり2度目の優勝で幕を閉じました。

フランスが前回優勝した1998年の代表チームは、ジダン、トレゼゲ、デサイー、チュラム、アンリといった名選手がそろったチームでした。何より、ジダンはアルジェリア系、トレゼゲはアルゼンチン系、デサイーはガーナ生まれ、チュラムはカリブ海の海外県生まれ、アンリは両親がカリブ海出身と、その多様性を内外に示しました。

移民系やマイノリティー出身者がスポーツや芸能の舞台で活躍する例は少なくありません。社会の偏見や既得権の壁が立ちはだかり、通常の上昇ルートに乗る道がしばしば閉ざされがちな彼らは、実力勝負の世界に打って出ざるを得ないからです。1998年のチームは、まさにそうして自ら道を切り開いた逸材が集まった集団であり、その優勝は「多様性の勝利」と呼ばれたのでした。

チームのこうした側面を強調した当時のシラク大統領の姿勢は大いに評価され、支持率も上がりました。

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1998年のサッカーW杯優勝から10周年を記念して行われたエキシビションマッチに出場したジダン(中央)とトレゼゲ(左)=2008年7月、ロイター

今回のフランスもやはり、カメルーン・アルジェリア系のエムバペ、ギニア系のポグバ、アルジェリア系のフェキル、カメルーン生まれのユムティティと、移民2世だったり外国に故郷を持っていたりの選手が多いチームです。ただ、多様性を称賛する機運は1998年の時ほど高まってはいません。

それは何より、この20年間のうちに世界が大きく変わったからに他なりません。

1998年はまだ、冷戦終結の余韻が残っていました。核戦争の脅威が遠のき、融和の機運が漂い、「世の中はこれから平和になる」という希望を世界が抱いていました。

その後、2001年に米同時多発テロがあり、イラク戦争、中東の混乱と難民危機、中ロなどの権威主義の台頭が続きました。今はトランプ米大統領が大手を振り、欧州も様々な危機を抱え、国際秩序の崩壊さえささやかれる時代です。楽観的なムードが吹き飛び、厚い雲に覆われたような重苦しい空気が支配する中では、「多様性」は必ずしも歓迎される価値観でなく、むしろ混乱や不安定さを感じさせる要因と見なされがちです。

フランスのW杯優勝を巡って、大西洋を挟んだつばぜり合いが起きたのも、そのような世相の反映に思えます。

「W杯でアフリカが優勝」発言の波紋

発端は717日、アメリカを代表する風刺番組「ザ・デイリー・ショー」で、司会の有名コメディアン、トレバー・ノア氏がこの快挙をジョークに仕立てたことでした。

W杯でアフリカが優勝した」

彼は、優勝で盛り上がるフランスの様子を紹介したうえで4回こう繰り返し、フランスのチームにアフリカ系が多いことを指して「彼らは、南仏で日焼けしたわけじゃない」といって笑いを誘いました。ちなみにノア氏自身もアフリカ出身です。南アフリカのアパルトヘイト下に黒人の母と白人の父のもとで生まれ、人種にまつわる出来事を笑いに置き換えることで、コメディアンとしてのキャリアをアメリカで築いてきました。

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トレバー・ノア氏=ロイター

この発言にフランスは即座に反発しました。ジェラール・アロー駐米フランス大使は翌日、反論の書簡をノア氏に送りました。

「彼らが様々な背景を抱いているのは、フランスの多様性の反映です。アメリカとは違って、フランスは市民を人種や宗教や出自によって分けることはしません。あなたは『アフリカのチーム』と呼ぶことで、彼らがフランス人であることを否定しているように見えます」

ノア氏は自分の番組で再反論しました。

「大使は多様性の反映というが、私はむしろ、植民地主義の反映だと思う」

聴衆の歓声が沸き上がるのを待って、彼はこう主張しました。

「アフリカから来た人間として言いたい。フランスの選手がアフリカ人であることを、世界中の黒人たちが称賛している。否定的な意味でなく、肯定的な意味で。『アフリカ人ではなくフランス人だ』といわれるが、なぜ両方であっていけないのか。フランスで、罪を犯すとアフリカ移民といわれ、W杯勝利に貢献するとフランス人のことしか言及しない」

5月にパリで、マンションのベランダから落ちそうになった男の子を西アフリカ・マリからの不法移民の男性がスパイダーマンのようによじ登って救出し、その功績から仏市民権を与えられた出来事にも、ノア氏は言及しました。

「『あなたは今やフランス人です。もうアフリカ人ではありません』ということですが、地面にいたらアフリカ人で、登って子どもを助けたらフランス人か。しかし、彼が子どもを落としていたら『アフリカ人が落とした』といったでしょう」

重んじるのは多文化か、統合か

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パリ・シャンゼリゼ大通りで7月16日、サッカーW杯ロシア大会で優勝したフランス代表チームのパレードが行われ、サポーターがフランス国旗を振っていた=ロイター

この論争は賛否入り乱れて、いまだ決着していません。アメリカやイギリスでは、ノア氏に賛同する声が多いようです。米デトロイトの法律家カレード・ベイドゥン氏は英ガーディアン紙への寄稿でこう述べました。

「フランスが人種に目をつぶるのは、人種問題の現実を覆い隠そうとする夢想的な発想に過ぎない。フランスのチームの多様で活気ある肌の色を、世界中が見た。フランス政府も見る時に来ている」

これらの立場は、様々な文化の共存を重視する多文化主義の発想に基づいています。アメリカやイギリスでよく耳にする考えです。

一方、仏大使の立場を支持する声も、フランス語圏などでは少なくありません。カナダの社会学者マティユー・ボクコテ氏は仏フィガロ紙に寄稿し、ノア氏の主張を「国家よりも人種を優先しようとしている」と批判し、両国の社会の違いを強調しました。

ここ数十年の間にフランスに来た移民と、全く異なる文脈でアメリカ大陸に来た黒人とを同列に論じようとするから、こんな意識になってしまう」

こちらの立場は、フランスに典型的な統合重視の概念に基づいています。「国家は民族や宗教など集団としてのアイデンティティーではなく、市民一人ひとりの自由や権利と向き合うべきだ」という考え方です。それでこそ国家の一体感や市民の平等性が保たれ、リベラルデモクラシーも人権擁護も法秩序確立も可能になる、と考えるのです。

どちらの言い分にも一理あるでしょう。それぞれの立場は、それぞれの歴史と環境に基づいています。大規模テロに襲われ、イスラム主義の浸透に悩まされ、難民危機の影響も受けたフランスと、他の大陸から地理的に離れ、移民国家であることをアイデンティティーとしてきたアメリカとで、考え方が違うのは当然でもあります。

一方で、双方は一度、相手ではなく自らの姿を見つめた方がいいのでないでしょうか。そうすると、なぜ相手が反発するのかも見えてくるはずです。

アメリカ側がもし、双方の社会の違いに気づかないまま、「俺たちのようにできていないじゃないか。だからフランスはだめなのだ」といった態度を取っているなら、あまりに能天気です。フランスはそもそも、アメリカを目指しているわけではないのですから。またフランス側がもし、反論に躍起になるあまり、アメリカに対して「兄貴面をするな。そもそも社会が違うんだ」といった態度を取り続けるなら、あまりに高慢でしょう。アメリカ側が指摘するような差別や偽善は、程度はともかく事実フランスに存在しています。

アメリカとフランスで、事情はもちろん異なります。アメリカは、「人種」が今も大きな意味を持つ国です。逆にフランスで、「人種」はほとんど議論になりません。肌の色は、人々をまとめるほど強いアイデンティティーとは見なされないのです。フランスにとって深刻なのはむしろ、イスラム過激派やイスラム主義の動きをきっかけに「宗教」が社会の対立軸となりかねないことです。

本来なら、このような違いを認識したうえで、相手の助言を尊重しつつ自らの態度を改めるのが、大人の対応というものです。でも今回はもう少し興奮が収まらないと、難しいかもしれません。冗談で終わったはずのやりとりが深刻な論争に発展してしまったのは、今の世界を取り巻く重苦しさが少なからず影響しているように思えます。