「情報の格差を平らにする」 漫画「税金で買った本」 ずいのさんに聞く図書館の魅力
――ずいのさんは図書館員の経験があるそうですが、図書館員になった経緯を教えてください。
本や漫画を読むのが元々好きで、図書館のことも好きだったので、大学で軽い気持ちで司書資格の授業を取りました。卒業時に、良い感じの就職先が見つからず、たまたま非正規の図書館員の求人があり、流れで図書館員になりました。
図書館で、自分が知らない世界を見るのが楽しかったということもあります。「これをやりなさい」と言われて勉強するのと、自主的に「これは気になるな」と思って調べるのでは、やはり、やる気が違うと思います。
――図書館員としての経験を経て、「税金で買った本」を書いたきっかけは何だったのでしょうか。
漫画家にもなりたい気持ちがあり、図書館員をしながら描いていました。それを当時の「週刊ヤングマガジン」編集部の方が見つけてくれて、「ヤンマガを目指してみないか」という話をいただきました。
その時はラブコメディーみたいな漫画を書こうと思っていましたが、ヤンマガの読者の方々が求めるものとは違うな、という話になりました。そして当時、図書館員だったので、図書館の話を漫画にしようということになったのです。
図書館を扱う作品があまりなかったということと、それまでの漫画やドラマに出てくる図書館の描かれ方が現実と違い、個人的に納得がいかないところがあり、既存のものとは違う観点から図書館を書くことにしました。特に借りた本の弁償というテーマは意外と扱われておらず、取り上げたいと考えました。
――現実とかけ離れていたり、納得できなかったりするところがあったのですね。
もちろんフィクションなので、面白い部分を切り取る必要はあります。ただ、あまりにも現実とかけ離れていると、「違うんだけどなあ」という気持ちがありました。
割と有名な話ですが、映画にもなった漫画の「耳をすませば」では、図書館の貸し出しカードがきっかけとなり、主人公たちが出会うので、貸し出しカードがロマンチックな感じで扱われています。けれど、図書館関係者の間では読書記録が他の人に知られることは、あまり良くないことだという意識があります。あのような形式で貸し出しをしていた時代はありましたが、今はしていないことの方が多いので、なんというか、印象や認識のズレみたいなものを感じました。
――個人情報ということですね?
そうですね。それと個人の思想が読書履歴から分かってしまうことにもなりますので。
――「税金で買った本」は漫画単行本累計だけで180万部を突破しました。NHKでドラマ化され、テレビアニメ化も予定されているそうですね。なぜこれほど図書館をテーマにした作品が多くの人の心をつかんだと分析されますか?
作画の系山冏(けい)先生の力もすごくあると思います。そして作品では、登場人物たちを魅力的にすることと、テンポ良く題材を扱うことは心がけました。
例えば、作品の最初に扱った図書館の本の弁償ですが、弁償しなければならなくなるのは、まず借りた本を汚したり破ったりした場合、なくした場合ですけれど、臭くて弁償になることも極まれですがあるんです。「こんなこともあるんだ!」っていうことを知って、楽しんでいただけているのではないかなと思っています。
――読者から寄せられる感想で多いのはどういうものですか。
図書館で働いていた方や、現役で図書館で働いている方の感想が目を引きます。「こういうことありますよね」と共感してくださる方や、逆に「これはうちの図書館とは違う」みたいなことを指摘される方もいます。図書館の仕様は全国的にある程度そろえられてはいるのですが、細かいルールや方針は違うことがあります。来館者が多い図書館と、小さな街で固定の常連さんが来るような規模の図書館では、貸し出しルールなどが違ってくるのかなという印象がありますね。
――作品では、弁償問題や非正規雇用の話など社会問題とつながっている事柄が書かれていますが、ご自身の経験があるからこそ取り上げたのですか?
図書館員に非正規雇用が多いことは合理的な面もありますが、何とかしてほしい気持ちがありました。作品をきっかけに図書館の利用者が増え、労働環境が良くなってほしいと思い、主要登場人物たちを非正規雇用にして盛り込みました。
電子図書館(パソコンやスマートフォンなどの端末を使い、インターネット経由で電子書籍を借りて読めるサービス)のエピソードは、今後の図書館のバリアフリーを考える上でとても重要だと思い取り上げました。
――市民が借りたい本をネットで依頼して宅配便で届けてもらえれば図書館の代替になるとして、そのようなサービスを拡張して図書館を閉館したり、取り壊したりする都市もあります。
利用者側が控えめというか、「わざわざ声をかけて本を取り寄せることまではちょっと……」という温度感の方も結構いらっしゃいます。自由に図書館に行き、閲覧席で見て、帰るぐらいの利用方法は残しておいた方が良いのかなと思いますね。
感覚的には読書履歴の話にもつながります。読みたい本を送ってもらう作業をお願いするということは、「私はこの本を読みたい」という情報を誰かに知られてしまうという心理的なハードルがあると思います。全部を宅配にするのは確かに便利ではあると思うのですが、図書館という「場所」もあった方がいいという気持ちはあります。
――図書館がどんな本を購入して蔵書とするかについては、作品でも書かれていました。アメリカの一部の州では現在、LGBTQや性自認、人種などに関する本を、公立図書館や学校図書館で「禁書」にするべきだ、税金で買うべきではないという意見が増えています。
日本の「図書館の自由に関する宣言」は、小説「図書館戦争」でも取り上げられました。大げさに感じるかもしれませんが、過去に禁書のようなことがあり、蔵書が偏らされたという歴史があっての宣言だと思います。アメリカで起きていることは外部から図書館の公平性を偏らせ、それぞれに都合の良いように図書館を操ろうとする人たちが増えている印象です。
声の大きい人の意見ばかりが通って、その人の都合の良いように図書館の蔵書が偏っていくのは良くないので、いろいろな意見があるということを反映した蔵書にしていくことが大事なのではないでしょうか。アメリカの公立図書館や学校図書館の人たちは図書館としての理念を守ろうと大変だと思います。
――蔵書に関連してですが、公立の図書館が新刊のベストセラー本を大量に購入して図書館に置くと、書店の売り上げが奪われ、出版界も疲弊するのではないかという意見もあるようです。
「税金で買った本」にも、ベストセラーや賞を取った本の予約がたくさんくるけれど、そうした本を複数冊買うのはどうか、という話が少し出てきます。確かに、ある程度の冊数を購入していくと影響があるという研究論文もあるようです。一方で、図書館は利用者になるべく本を提供していくことが役割なので、全く読めなくすることも難しいです。バランスをとってやっていくことかな、というのが私の意見です。
――日本各地で、図書館が地方政治の争点の一つになっていることが結構あります。
難しいことは言えないのですが、図書館全体では、日本の多くの自治体で人口が減り、利用者数は開館当初に比べて減っています。図書館が必要なことはわかっていますが、水道や電気と違って、どの程度必要なのかという度合いが数値化できないサービスだと思います。地域の財政でどこまでできるのか、住民の希望に添えないならサービスをどう減らすのかということは難しい問題です。
宅配サービスなども良かれと思って始めても、意外と住民の視点では「そんなの使わないよ」というすれ違いもあります。やはり図書館を利用する方はお年寄りが多いのですが、お年寄りの方ほど新しいサービスに対応していくことが難しいという問題もあります。
――ずいのさんにとって図書館とは?
個人的にはとても楽しい場所だという気持ちがあります。もう少し広い視点でいうと、お金がある人だけが多くの情報にアクセスできるという格差を、なるべく平らにしてくれる、お金をもっていない人も情報にたどり着ける場所だと思います。
全てデジタル化することが今後あるかもしれませんが、図書館というサービス自体は公共のものとして維持する必要があるでしょう。