売上9割減からの逆転劇 ゲーム×買い物の「カウシェ」が世界へ挑む理由
1. 「祖業」のシェア買いから撤退し売上9割減。どん底からの徹底的な顧客分析によって「カウシェファーム」を生み出しV字回復を達成
2. モメンタム局の開設やAI活用により、39人の少数精鋭チームで一人あたりの生産性と組織の熱量を最大化
3. 日中「ダブルカルチャー」の原体験を力に、日本代表としてサンフランシスコでの世界決勝戦で勝利を目指す
――15歳まで中国・上海で育ったそうですが、どのような少年時代だったのでしょうか。
父親が日本で建築設計事務所を自営し、母親は上海で飲食業を経営していました。母方の祖父母もいた関係で、私は15歳まで上海の現地校に通い、中国語で勉強していました。中2くらいまでは本当に日本語が話せない状態で、父とも日本語では挨拶程度の会話しか交わせませんでした。
高校から日本へ渡り、その後、慶応義塾大学環境情報学部に進みました。当時は日本にいれば「中国ってこうだよね」と言われ、中国にいれば日本に対してマイナスな印象を持つ方に接することもあり、「どっちつかず」な感覚からスタートした記憶があります。
ですが今振り返ると、両国の言語や文化を深い意味で知る「ダブルカルチャー」の視点は、事業を起こす上で非常に大きなアドバンテージになっています。
――起業したのは、ご両親が自営業だった影響も大きかったのですか。
小さな炎として「自分で事業をやりたい」という気持ちは昔からありました。両親が大変そうな顔をしている時もありましたが、困難を生活の楽しさに変えていく姿を見ていたので、会社員になることと同じくらい起業が身近に感じられたのです。あるビジネスが世の中に存在ない状態から社会システムに組み込まれて機能していくプロセスに、自然と興味が湧いていました。
大学1年の時、後に「ロコパートナーズ」を創業する先輩と出会い、2人目のメンバーとして参加しました。旅行予約サービスを運営する企業だったのですが、そのグローバル展開や上海支社の立ち上げなどを担当し、海外支社代表や執行役員を務めました。
計8年ほど関わる中で、プラットフォームビジネスの面白さや中国の生活サービスのダイナミズムを肌で感じたことが、現在のコマース事業へつながっています。
――その後、2020年4月に独立し、カウシェを創業されます。なぜEC(電子商取引)領域を選んだのですか?
独立を決めたタイミングでちょうど新型コロナの感染拡大が重なりました。東京だけでなく世界中で対面での商業や人流がストップし、自分の母親の飲食店も苦境に立たされました。
一方で、接点の深かった中国に目を向けると、リアルな買い物が難しくなった分、デジタル上で楽しみながら接客や買い物が完結するサービスが爆発的に伸びていました。数億人の買い物スタイルがアップデートされ、時価総額で数兆円規模の企業が次々と生まれていたのです。
日本のEC化率は現在でも約9%程度で、わずかに上がるだけで巨大な規模の市場が変わります。「今では誰もが知る大手に続くような巨大なEC企業が、もう2個、3個できてもおかしくない。ならば自分がやるしかない」と決意しました。
――創業当時は知人や友人と誘い合ってお得に買える「シェア買い」を前面に出してスタートしましたね。
タイムラインを眺めているだけで興味のある商品が次々と現れる。そんな「買い物と楽しさの融合」に可能性を感じていました。
「人と一緒に買うとお得になる」というコンセプトで2020年9月にアプリをリリースすると、ベンチャー界隈で話題となりました。コロナ禍のステイホーム需要も追い風となり、大型の資金調達にも成功しましたが、その勢いは長くは続きませんでした。
新規ユーザーを獲得し続けなければ数字が維持できず、獲得したユーザーの利用頻度も時間の経過とともに右肩下がりに落ちていく。ユニークユーザーベースが毎月数%ずつ右肩下がりのミルフィーユ状態になっていました。いろいろ工夫を重ねても、商売としての本質的な難しさに突き当たったのです。
――シェア買いのどこに壁があったのでしょう?
非常に繊細な人間心理の問題でした。「友達を誘うとお得になる」という仕組みは、誘う側にとっては「自分のお得のために友達を利用しているのではないか」という気まずさを生みます。
そして、誘われた側も「お得のために連絡してきたのかな」と微妙な気持ちになってしまう。友情とお金を天秤にかけるような引っかかりが、ユーザーの中に潜在的に生じていたのです。
コロナ禍の助け合いの雰囲気の中では一定の機能はしたものの、生活がノーマルに戻るにつれて「楽しい」より「気まずい」が勝ってしまった。2022年の冬ごろ、ユーザーのコホート分析(行動追跡)からその異変に気づきました。
――現場を鼓舞してきた立場として、いわば「祖業」を捨てるという事業転換(ピボット)を決断するのは容易ではなかったはずです。
売り上げも落ちていく中、それまで信じてついてきてくれた従業員や出品企業様への約束もあり、短いようで非常に長く苦しい期間でした。精神的にもギリギリの状態でそろばんを弾きながら、どう舵を切るべきか悩み抜きました。
そんな時です。海外の投資家に拙い英語でプレゼンして回っていた際、アメリカで巨大サービスを育てた後に同様の壁に突き当たった起業家の方と出会いました。彼の生々しい実体験を聞く中で、自分の状況と深く重なりました。
彼に悩みを打ち明けると、「帰国したら経営陣とミーティングではなく、もっとラフにお茶でもしてみたらどうか」とアドバイスをもらったのです。トップに立つ人間としての孤独を抱えていましたが、「仲間に事実を打ち明け、共に困難を乗り越えよう」と吹っ切れました。
日本に戻り、2023年7月に全社に向けて「シェア買いをやめる」と伝えました。
それは、創業以来のアイデンティティであり、自社の急成長を支えてきた“祖業”を捨てる決断であり、衝撃は想像以上でした。カウシェの売上総利益は一時、全盛期から9割減まで落ち込みました。
――そこから、どのようにして逆転したのでしょう?
私自身、売上の9割を失うことへの恐怖は強いものがありましたが、それでも初心である「ネット上の買い物体験にイノベーションを起こす」という原点に立ち返り、全員で前を向くことを決めました。
まず、徹底的なデータ分析と海外市場の研究を重ねました。
従来のECサイトは、「欲しい商品があらかじめ決まっているユーザー」が検索窓にキーワードを入力して探す「目的買い(検索型)」の場所です。でも、カウシェにやってくるユーザーにインタビューを重ねる中で見えてきたのは、まったく異なる消費者の姿でした。
その多くは、特定の買い物を目的としているのではなく、「何かお得で良いものはないか」とアプリを開き、タイムラインをスクロールしながら宝探しのようにショッピングを楽しんでいたのです。
実際、アプリ内の全購入データのうち、検索ワードを入力して購入に至るユーザーはわずか9.7%に過ぎず、90%以上はウィンドウショッピングのように商品一覧やタイムラインを眺めながら購入していました。
その分析を踏まえて、新しいサイトの方向性を考え抜き、一つの結論に至りました。コンビニのように「目的のものを探してすぐ去る」のではなく、ドン・キホーテのように「特別目的はないけれど行ってみたら楽しかった」という場所はどうだろう。
こうして、中国など海外の先行事例も参考にして開発したのが、アプリ内で野菜などの農園を育てながら買い物も楽しめる「カウシェファーム」です。
――買い物アプリの中で野菜を育てる、ですか?
カウシェファームは、アプリ内でデジタルの作物を育てる農園ゲームです。アプリ上で朝夕に水やりをしたり、友達と協力したりして作物を育てると、実際に本物の野菜や食品が自宅に届きます。
例えるなら、地方のショッピングモールに「今日ちょっと行ってみようか」と遊びに行き、ついでにお買い物をする感覚に似ているかもしれません。
アプリをローンチすると一気にお客様のエンゲージメントが高まり、売上はあれよあれよという間に過去最高を更新していきました。
さらに、「みんなの投稿」という機能も加えました。ユーザーが実際に購入した商品のレビューや調理レシピ、使い心地、さらには「ちょっと残念だった点」までをリアルに写真付きで投稿できるSNS機能です。
これには、「シェア買い」の教訓が活かされています。ユーザーは、お金を払う瞬間は1人で気兼ねなく行い、買った後の喜びや日常での使い方はSNS感覚で他のユーザーと共有し合う。買い物と楽しさのタイミングをあえてずらすことで、気まずさを解消し、活発なコミュニティと循環が生まれたのです。
――組織面でも大きな変化があったそうですね。
ピボット直後は社内に緊張感が漂い、私自身も「失敗できない」と余裕を失っていました。そんな時です。勉強会にお招きした外部の企業家からこんな言葉を投げかけられ、はっとしました。
「数字がモメンタムを上げるんじゃない。モメンタムが数字を上げる。そしてそのモメンタムは自分たちで上げるしかない」
すぐに行動を起こしました。社内に「モメンタム局」を設置し、成果やチャレンジをみんなで褒め称える文化をつくりました。
Slack上に「モメンタム」の絵文字を押すと専用チャンネルに飛んで賞賛される仕組みなどを導入し、組織の熱量を一気に高めていきました。
現在、従業員は39人という少数精鋭ですが、一人あたりの生産性を極限まで高め、筋肉質な組織を維持しています。業務には積極的にAIテクノロジーを導入し、「人を増やすのではなくAIを愛す」という共通認識でスピード感を保っています。
――今秋はいよいよ、サンフランシスコでの世界決勝戦に挑みます。
私自身が創業した目的でもあるんですが、日本にユニコーン(評価額10億ドル以上のスタートアップ)、デカコーン(100億ドル以上)がどんどん出てきて、「まだ日本は元気だ」ということを世界に証明していきたいと思っています
それが、起業をめざしている若者たちへのメッセージになれば、なお嬉しいです。
海外のスタートアップ界隈に触れると、圧倒的な優秀さと泥臭いまでの熱量に驚かされます。若い人たちには、ぜひそうした異質なエネルギーや常識にとらわれないスタートアップの現場に飛び込んでみてほしいです。「世界を変えることに本気でこだわる人たち」の存在を身近に感じられれば、「自分にもできるかもしれない」と一歩を踏み出せるはずです。