ITノマドの人生設計 変化恐れぬ「世界一」ハッカー、固定費ゼロで自由を手にした28歳
タイ北部チェンマイにあるデジタルノマドたちに人気の場所「Alt_PingRiver」。人々が共に働きながら、宿泊もできる「コリビング」と呼ばれる施設だ。
仕事の合間、共有ダイニングテーブルではカードゲームの「UNO」が始まり、笑い声が広がる。中心にいるのが、イタリア出身のソフトウェア開発者フランチェスコ・カルーチさん(38)だ。
「フルリモートで高収入だから、デジタルノマドには僕みたいなソフトフェア開発者が多いんだよ」
平日4~5時間の仕事で、年収は平均12万ドル(約1800万円)。
多い年は20万ドル(約3000万円)に達するという。
得意分野は、企業などのウェブサイトの脆弱(ぜいじゃく)性を見つけ、報告する「エシカル(倫理的)ハッカー」。
セキュリティ分野で名高い企業の貢献度ランキング(2024年)では、脆弱性の発見数で世界1位に、保護に貢献したサイト数(The Number of Sites They Helped Secure)でも世界9位に入っている。
フランチェスコさんのキャリアには、一貫しているものがある。
それは「変わり続けること」だ。グラフィックデザイナーから写真家、ウェブデザイナー、ソフトウェア開発者、そしてサイバーセキュリティへ。
「市場の動向を常に把握し、生き残りたいなら、変化を受け入れる覚悟が必要だ」
変化は恐れるものではなく、「成長の機会」だと強調する。
例えば、コロナ禍という危機の時代は、サイバーセキュリティの研究に費やした。移動できなくなり、当時の滞在先メキシコでの隔離生活中、研究に没頭したことでスキルを「飛躍的に向上させた」という。
大学は数カ月で中退したが、学ぶこと自体は大好き。独学で技術を磨き、19歳でフリーランスに。
前回の第5話で紹介したオランダ出身のプログラマー兼起業家ジム・ヴァン・デルフォールトさん(28)と、よく似た軌跡をたどる。
興味深いのは、フランチェスコさんは、リモートワークが当たり前になる前から、その働き方を実践していた点だ。
2006年ごろ、19歳でフリーランスに。2012年には完全在宅勤務を始めていた。
「最初は最高だったよ。通勤もないし、朝も自由。顧客のオフィスを訪ねる必要もない。でも――」
やがて、孤独が襲った。南イタリアの地元、アドリア海に面した街モルフェッタ(人口6万人ほど)には、同じように働く人が誰も見当たらなかった。
かつて顧客のオフィスで交わした何気ないコーヒーブレイクの雑談すら、なくなっていた。
「自分みたいな人間が、世界のどこかにはいるはずだ」
そう信じ、2018年に向かったのがベルリンだった。いま振り返れば、これがノマド生活が始まった瞬間だった。
ベルリンで見た光景は、衝撃だった。
「すでにコワーキングカフェがあったんだ。ノートパソコンを持ち込んで、何時間でも働けるカフェだ。いつも満席、100人以上いた気がする」
「これは何だ?って思ったさ。私のように働いている人が、世界にはこんなにいたのかと感激したんだ」
スペイン人、ドイツ人、オランダ人……。欧州各地から「自由な働き方」を求める人々が集まっていた。「ただ、当時アジア人はまだ見かけなかった」
仕事後は飲みに行き、「どんな仕事をしてる?」「ヒントを交換しよう」と語り合う。
当時はフリーランスのソフトフェア開発者が足りず、「需要が供給を完全に上回っていた」。
そこで、勝てる市場を見極める嗅覚を磨いていった。
ベルリンは欧州におけるIT技術者の集積地としての地位を確立している。
スタートアップのエコシステム(生態系)分析で知られるStartup Genomeの『Global Startup Ecosystem Report』は、ベルリンを、ロンドンと並ぶ欧州を代表するエコシステムを持つ都市として評価している。
ただ、世界各地からの参入者が増えると、単発案件は価格競争に陥った。「底辺への競争」だ。だから現在は、時給70ドル(約1万円)以上の、難易度の高い仕事に絞っているという。
彼のハッカーとしての思考法をまとめた著書『The Hacker Mindset: How thinking like a hacker can improve your code, your coffee, and your life』には、世界中から感謝の手紙が届くという。
どこへ行くにも必ず持ち運ぶものを尋ねると、リュックから出てきたのは意外にも鉛筆とノートだった。
「就寝前はデジタルから離れ、その日の思考や感情を書き出す。経験を永遠に残すために」
何かと待ち時間が多くなる移動中は、紙の本を読む。
今回の一冊は、マルクス・アウレリウスの『自省録』だった。
前回の第5話で紹介したオランダのジムさん、フランスの起業家ティボーさん(36)に続いて、今回はイタリアのソフトフェア開発者フランチェスコさんを紹介した。
私がこうした「絵に描いたようなデジタルノマド」に出会えているのは、人気滞在先チェンマイで、それも人気のコリビング施設に滞在しているからかもしれない。
そんな懸念が頭をよぎり、滞在の終盤で、私はコリビング施設を出て、市内のコワーキングカフェで時間を過ごしてみた。
そこで出会ったのが、イギリス出身の起業家ジョージ・デイビスさん(28)だ。
たばこ休憩中の彼に声を掛けると、驚くほど堅実な「資産形成」の話が飛び出した。
18歳でITコンサル会社に入り、夜はオンライン大学でコンピュータサイエンスを学んだ。
学費を完済した後、彼が選んだのは「家を借りない」ことだった。
「キャンピングカーを買って、3年間そこで暮らした。家賃ゼロだ」
給料は、燃料と食費以外、すべて貯蓄と投資に回した。
目的は一つ。
できるだけ早く「経済的な自由」を手にすることだ。
まとまったお金ができると、それで空き家を購入し、賃貸に出して固定の家賃収入が入る仕組みを作った。
その上で、物価の高いイギリスを離れ、チェンマイにやってきた。
生活コストを下げるためだ。
ジョージさんはこれを、「Burn rate(資金燃焼率)を徹底的に下げる」と表現した。
自分の人生を一つの「企業」に見立て、固定費を削ぎ、貯蓄という「燃料」を温存しながら、新たなビジネスへの挑戦機会をうかがっていたのだ。
いま、チェンマイを拠点に、個人の銀行口座や投資、ローンなどを一元管理できるアプリを開発に挑んでいる。
そして、多くのデジタルノマドが口にすることを言った。
「どこからでも働けるのに、わざわざ生活費の高い場所にいる必要はないだろ?」
楽しんでいるのはハッカソン。エンジニアらが技量を競い合うイベントだ。
私が声をかけた時も、3日前のハッカソンで知り合ったばかりの友人と構想の続きを練っていた。
作っているのは、ホームパーティーの音楽を、参加者の投票で決めるアプリだという。
驚いたことに、そのプロトタイプは、彼の手元ですでに動いていた。私にも「投票」させてくれた。
彼らはこの日、課金モデル設計の議論に入っていた。
なぜ、そこまでストイックになれるのか。行動指針はシンプルだという。
「迷ったら、いつも『将来の自分(future me)』に感謝される道を選ぶんだ」
目先の利益や楽しさではなく、将来の自分が「あの時、この道を選んでくれてありがとう」と今の自分に感謝するように選ぶ。
キャンピングカー生活も、空き家購入も、チェンマイ移住も、行動指針は同じだったのだ。
彼はこう言った。
「自分には三つのパターンがある。将来の自分(future me)、今の自分(present me)、過去の自分(past me)だ」
そして続けた。
「時々、過去の自分ってちょっと嫌な奴(a bit of an asshole)だなって思っていた。どうして彼は今の自分にこんなことをしたんだろう、どうして今の自分はこんな状況にいるんだ、ってね。だから将来の自分に優しくしてみようと。いまの自分の全ての決断について、将来の自分は何を望んでいるんだろう、と考えるようにしたんだ」
フランチェスコさんとジョージさん。
国籍も年齢も違う2人だが、共通点は明確だ。
ITスキルを持ち歩き、生き方を自分で設計している。
ロケーション・インディペンデントという言葉がぴったりだ。
前回(第5話)と今回(第6話)で、4人のIT系ノマドを紹介した。
グローバル化に加え、経済が急速にデジタル化する時代を象徴するような働き方だと感じた。
次回(第7話)は、さらに多様な「ノマドの生態系」に踏み込む。クリエーター系ノマドを紹介する。