親世代の「心配」が可能性を潰す? 「AIとジェンダー」議論から見えた若者たちの本音
司会)最初のテーマ(※)は、過去にAmazonで実際に起きた採用AIの事例です。過去の履歴書と採用結果を学習させたAIが、男性優位のデータに基づき、女性応募者を低く評価してしまう問題が発覚しました。このケースでもしあなたがAI開発の責任者なら、今後こうしたことが起きないためにどのように対処しますか?
(※このテーマは、NPO法人「学び足しデザイン工房」のaiEDU JAPAN プロジェクトが開発したAIリテラシー教材「AI Snapshots」をもとにしています)
古橋)女性は育児や家事のために長時間の労働が難しいから、男性に比べて職場で必要とされない。そんな傾向が、かつての働き方にはありました。こうした過去のデータを学んでしまうAIが、女性を正しく評価するためには、男性と女性を混ぜて評価するのではなく、別々の枠で採用選考を行う必要があると思います。
例えば、男性と女性で選考に使うAIのシステムを違うものにして、その後に結果を合わせることで、女性の中から力のある応募者を採用できるのではないでしょうか。大学入学の「女性枠」のように、今はあえて女性を優先する枠を設けることが、将来的に女性がより活躍できる社会の土台になると考えます。
川尻)私がAI開発の責任者なら、まず開発チームの人材を再編成します。今回の問題は、開発チームの時点で「男性の採用が極端に多いデータを使うのはおかしい」と疑問を投げかける声が出なかったことが一因だと思います。
目に見える多様性をチームに取り入れつつ、ジェンダーの専門家をアドバイザーとして迎えるなどして、チームの盲点を補い合える組織をめざすべきだと思います。
松代)古橋さんの意見を聞いて思ったのですが、女性枠を設けて採用すると、場合によっては能力が劣る女性が採用され、能力が高い男性が不採用になる可能性が出てくるのではないでしょうか。それは男性にとって不利になり、真の男女平等とは言えないのでは、と感じました。
司会)この問題では、履歴書から性別情報を削除してもう一度AIに学習させても、結果的に女性を低く評価する傾向は変わらなかったといいます。NPO法人でAIに関する教材開発を行っている前田さんは、どうお考えですか?
前田)そうですね、履歴書から性別欄をなくしても、例えば「女子バスケットボール部に所属」といった記述からAIが女性だと推定し、評価を下げてしまうということが起きてしまいます。AIはデータを分類するのが得意ですが、男性、女性、ノンバイナリーといった「カテゴリー」の多様性を増やすだけでは、本質的な解決にはなりません。
重要なのは、カテゴリーの多さではなく「質の多様性」です。例えば同じノンバイナリーの方でも、そのあり方は一人ひとり異なります。そうした個々の中身を重視する仕組みを担保することが、より平等な採用につながるのではないでしょうか。
柏原)女性枠などの取り組みは、「現在の完全な平等」をめざすというより、「未来への投資」という側面が強いのかなと思います。将来的に女性のロールモデルが増え、特別な枠がなくても男女が平等に採用される社会になるための「投資」です。もちろん、その過程で不利益を受ける男性が出てくる可能性は、非常に難しい問題として考えていく必要があるとは思いますが。
そもそもこのAIは、採用担当者がこれまで行ってきた判断の傾向を学習したわけです。では、なぜ担当者は女性を排除してきたのか。それは、妊娠・出産による休職や時短勤務などを「負担」と捉えてきたからではないでしょうか。女性を採用することが、他の社員の負担増につながるような会社の仕組みがあったからかもしれません。AI開発の前に、まず企業側の制度がどうなっていたのかを問う必要もあるのではないでしょうか。
山口)AIがどの点をもって女性を低く評価したのかを、会社側は調べていく必要があると思います。もし出産や妊娠を時間的なデメリットとして捉えているのなら、それは事実上、その会社にとっては大きなデメリットであり、自社の成長に必要ないと決めているのであれば、それはそれで会社としての判断なのかなとも思います。
一方で、女性のロールモデルを増やすための女性枠の確保も、社会を変えていく上ですごく大切であり、難しい問題だと考えています。
柏原)システムが出した答えだから正しい。そう思わないことが大事ではないでしょうか。AIに限らず、システムが入っているから大丈夫と思ってしまうと、バイアスや傾向を見過ごしてしまう。コンピューターが決めているから大丈夫とは思わないのが大事な姿勢です。
司会)最終的には、AIをコントロールするのも人であり、我々人間の認識・意識のアップデートが必要だということですね。
司会)続いてのテーマは、より学生の皆さんにとって身近な「進路選択の男女ギャップ」です。北海道大学が企業と連携して札幌市の高校生を対象にヒアリング調査を行いました。それによると、志望校を決定する際、合格ラインに対して学力がギリギリだった場合、男子は挑戦する傾向にある一方、女子は志望校のランクを下げたり、理系から文系へ変更したりする傾向が多く見られたといいます。この背景には、どのような心理が働いているのでしょうか。
川尻)社会的なステレオタイプが根強く残っているのではないでしょうか。例えば、男子が挑戦する背景には、「男なら挑戦して成功すべきだ」という社会的なステレオタイプが影響しているのかもしれません。将来、大黒柱として家庭を支えるというイメージと、挑戦して成功したという体験や高い学歴が「男らしさ」として結びついているのではないでしょうか。
古橋)私は、やはり女性のロールモデルが少ないことも大きいと感じています。私の印象ですが、数学の先生は男性が多いと感じています。また自分の家庭を振り返ると、父が長く働き、母が家事を担う姿を見て育ちました。そうした中で、これまで「男らしい」とされてきた道へ女子生徒が進むのは勇気が必要だと感じます。
でも例えば、大学の説明会などで、理系の女子学生が活躍している姿を見る機会が増えれば、「私もこの道に進んで大丈夫なんだ」という自信につながると思います。こうしたロールモデルを増やしていくことが改善につながると考えています。
松代)この調査結果には「男性は一家の大黒柱として定年まで働き続ける。女性は妊娠・出産を機に仕事を辞めて家庭を守ることに専念する」という日本の伝統的な「当たり前」が、今も影響していると感じます。
また、男性の挑戦は「チャレンジャー」と言われるけど、女性が新たに挑戦をしようとすると「大丈夫?」って心配される。そんな風潮もあるのではないでしょうか。「女性なのに起業家」とか、「女性なのに活動家、政治家」といった言葉をよく目にします。そういう昔ながらのジェンダーバイアスが影響していると思います。
前田)進路を相談する相手にも課題があると考えています。多くの場合、相談相手は両親や学校の先生です。その世代が持つバイアスに、学生は影響を受けざるを得ません。学生自身へのアプローチと同時に、親や先生の世代に対しても、「子どもの進路を決めつけずに応援しよう」といった働きかけが必要だと思います。
柏原)私は文系から理系の大学院に進学しましたが、先生からは「女の子が少ないけど大丈夫?」とすごく心配されました。親には、結婚が遅れるかもしれないけど、とも心配されました。
実際、大学院に入ってみると、本当に女子学生が少ないんです。印象ですが、女性と男性の比率は2:8、もしかしたら、1:9ぐらいに感じます。これは、どこかで「女性はそこまで頑張って勉強する必要はない」という考えが社会に残っているからではないでしょうか。
もし自分に男女1人ずつの子どもがいたとして、それぞれが「大学院に行きたい」「留年してしまった」と言われたら、全く同じ気持ちで応援できるか、許せるか。一度、自分自身に問いかけてみてほしいです。
司会)進路選択の際に我々大人が子どもに何げなくかける「心配」の言葉。その言い方や言葉選びによっては、若者の可能性に制限をかけてしまうケースがあるということですね。
司会)次世代の原動力となっていく皆さんに、最後にそれぞれの将来チャレンジしたいと思っていることを聞かせてほしいのですが。
松代)来年から旅行会社で働きます。地域の観光を盛り上げるだけでなく、地域に根強く残るジェンダーバイアスを解決するなど、地域のウェルビーイングに貢献できる活動にも興味が湧きました。
山口)まだ大学1年生なので全然決まっていないのですが、将来は女性が活躍するロールモデルの1人になれるよう頑張りたいです。グローバルな視点を学び、地元の北海道に帰ってきて、アップデートされた社会を作っていけたらいいなと考えています。
川尻)広告会社に就職します。広告は多くの人が目にする分、バイアスをすり込みやすいメディアでもあります。偏った表現を避け、次の世代に良い影響を与えられる大人になりたいです。
古橋)まずは大学で社会構造や雇用についてしっかり学び、自分なりの視点で企業が女性活躍をどう進めているかを見極めながら就職活動をしたいです。もし入った会社が遅れていたとしても、自分から勇気を出して動ける人間になりたいです。
柏原)北海道の情報系企業でエンジニアとして働くことを考えています。基本的に男性が多い分野ですが、企業の方々も女性の活躍を重視したいと考えていると感じます。どうすれば良いか分からない人たちに対して、隣にいる友人として「実はこうなんだよね」と伝えながら、自分の居心地が良い環境を作っていきたいです。
前田)大学院卒業後はNPO法人での活動を続けます。普段は気にしないけれど、実は問題があることについて、みんなで一度立ち止まって考える「場作り」をこれからもしていきたいです。東京の会社に就職しますが、そこでも働き方などをじっくり考える場を作っていけたらと思います。
司会)「AIとジェンダー」というテーマから始まった議論は、社会構造、教育、そして私たち一人ひとりの意識の問題へとつながっていきました。学生の皆さんの言葉には、大人がどきっとさせられる言葉も数多くあり、現状への課題意識と、未来をより良く変えていこうとする強い意志が感じられました。彼らが社会の原動力となる未来、そして世代や業界を超えて誰もが自分らしく生きられる北海道の実現に向けて、私たち大人ができることは何か。改めて考えさせられるセッションとなりました。