「選ぶ力」が未来を変える――『選択の科学』著者が語る女性×AI社会の可能性
――著書『選択の科学』では、物事を選ぶことによって得られる可能性だけでなく、その困難さ、つきまとう代償に焦点を当てて話題になりました。それから15年を経て社会はますます複雑化し、「選択肢が多すぎて迷う」という声が多く聞かれます。選択肢が多すぎることの利点、欠点をどのようにお考えですか。
例えば、あなたに100種類の炭酸水が与えられたとしましょう。どうやって区別すればよいでしょうか?
何を選べばよいか分からず、イライラして水を飲みたくないと思うかもしれません。炭酸水だけではありません。選択肢は次から次へと現れます。病気の治療薬をどれにするか、お金を節約する方法をどうするか、投資先は……。
選択肢が増えれば増えるほど、人々は「良い選択」をすることが難しくなるのです。
そして、大して重要でもない選択に、あなたは時間を費やすようになります。炭酸水を選ぶのに2分ならまだしも、1時間は費やしたくないでしょう。
果たして、自分の脳がどこまで重要な選択に費やされているのか、確かめたくなるかもしれません。
選択肢が多すぎたり、日々下すべき決定が多すぎたりすると、どの選択により多くの時間を割くべきかを見失ってしまうのです。
その影響は深刻です。個人レベルでは、気が散ったり混乱したり、自分が何を望んでいるのかわからなくなったり、といった現象を引き起こします。
企業レベルでは、従業員がすべての情報に目を通すだけで疲弊してしまい、選択できずに生産性が大幅に低下するといったことが起きます。米国で行われたある調査では、過剰な情報による知的生産性の低下について約9000億ドル(約140兆円)の損失が発生していると言われています。
私はけっして、(選択肢のない)独裁的な社会が望ましいと言いたいわけではありません。ただ、選択の仕方は訓練する必要があると考えています。
すべての人間が生まれながらに「選択する」という行為を身に付けているわけではありません。
例えばソウルメイトを見つけるというロマンチックな選択を見てもそうです。現在、世界的にマッチングアプリの市場規模は拡大しており、日本でも多くの人々が利用していると言われています。
でも、こうしたマッチングアプリの選択肢が多ければ多いほど、実際に人に会ったり、人と話したりするのではなく、スマホの画面をスワイプすることだけに多くの時間を費やす可能性が高くなります。そして、どんな人と出会いたいのか、あるいは出会いたくないのかの判断はますます難しくなっていきます。
ちなみに、こうした傾向は人間だけではありません。コウモリやカエル、コオロギなど他の生物を見ても、相手の選択肢が増えれば増えるほど交尾をする可能性は低くなると言われています。
私たち生物は生まれながらにして、多くの選択肢からより良いものを選び取る方法を知っているわけではない。だからこそ訓練を受けなければならないのです。
――日本社会には「同調」や「空気を読む」文化があります。こうした日本独特の文化の中で、個人が自立した選択をするために必要な視点は?
私は1995年に来日し、京都の大学で勉強しました。当時、忘れられない話があります。
京都のお店で緑茶を注文したときのことです。砂糖も一緒にお願いしたら、「ノー」と言われました。何度お願いしても断られ、最終的にコーヒーを注文したら砂糖を持ってきてくれました。
それから30年後の2025年、再び来日して同じように緑茶に砂糖を頼んだら、今度はどちらも持ってきてくれました。つまり、私が言いたいのは「変化は可能」だということです。
例えば30年前は、女性が東京都知事になるとは想像もできませんでした。
実際、初めて京都に留学したとき、師事した教授の研究室に行くと、男子学生たちはただ座っているだけ。女子学生がみんなのためにお茶をいれて配っていました。当時、私にとって(日本社会での)男女平等はそれほど想像しにくかったのです。
やるべきことはまだあると思いますが、少なくとも今日、東京都には女性知事がいます。
いま必要なのは、女性が「私は働きます」と主張することだと思います。すべての女性が働きたいと言ったと想像してみてください。
団結力がとても強いことが日本文化の素晴らしい面の一つだと知っています。こんなときこそそれを発揮して、全員が一致して立ち上がれば、それが日本の新しい文化になるのではないでしょうか。
――日本を女性やマイノリティが自由に「選択」できる社会にするために、どのような取り組みが必要だと思いますか?
まず手をつけるべきは、就職活動の採用試験で性別を問わないことだと思います。
例えば、名前や性別を明らかにせず、履歴書の評価やテストの結果だけで判断すれば、より多くの女性が採用されるはずです。
AI(人工知能)を採用に活用すれば性別による差を大きく減らせると思います。また、教育プログラムやベンチャーキャピタルのプログラムで、男女を同じように選ぶ仕組みや、場合によっては女性だけを選ぶ仕組みがあれば、それによって女性の社会進出のチャンスは広がるでしょう。
アメリカでは(トランプ大統領の就任以降)、「多様性、公平性、包括性(DEI)」を推進する政府や企業のプログラムの廃止・見直しの動きが急速に進んでいます。
これは、女性を支援するプログラムにも大きな影響を与えています。トランプ政権は「公平性に問題がある」としてDEI廃止を打ち出していますが、もし先人がいなくなれば、後に続く女性たちも最初の一歩を踏み出すことすらしなくなるでしょう。
女性たちにはまず、支援の手を差し伸べてチャンスを提供する必要があるのです。
――先ほどAIのお話が出ました。AIの文脈から「選択の科学」を考えるとしたら、どのような新しい分析ができますか。
生成AIを使って得られる選択肢は量としてはとても多いですが、基本的には、まったく構造化されていないケースがほとんどです。
情報量が多すぎる、そして、多くのノイズが発生することが問題です。でも、そのノイズをカットできるシステムが開発されれば、あなたはより良い選択者、より良い起業家やイノベーターになるでしょう。
じつは最近、『THINK BIGGER「最高の発想」を生む方法』(NewsPicksパブリッシング)という本を出版しました。この中で、人々に新しい選択肢を生み出す方法について説いています。
さらに、この考えを元にした生成AIアプリも作成しました。この生成AIを実際に使用して、より良い選択者になり、新しいアイデアを思いつくこともできると考えています。
――ご自身がインド系米国人の女性として、また視覚障害のある立場として、キャリアや人生の「選択」においてどのような課題や特別な経験しましたか?
人生で学んだ最大の教訓は、チャンスを与えてくれるよう人々を説得するのは必ずしも簡単ではないということです。言い換えれば、私の選択を制限しようとする人々にどう対抗するかということです。
最良の戦略は二つあります。一つ目は、「ノー」と言う人がたくさんいる中でも、「イエス」と言ってくれる人を探し続けること。
21歳の大学生だったとき、米国政府の研究所で非常に良い推薦状をもらって、研究者として働き口を探しました。ところが、多くの科学者にこう言われました。「あなたは素晴らしい資格を持っているが、ここには視覚障害者のためのスペースがない。あなたに仕事を与えることはできません」と。
当時はまだDEI導入前で、(そのような対応は)違法ではありませんでした。私はたくさんの研究室のドアを叩き続けました。そして、ついにある人物がチャンスを与えてくれたのです。私はようやく仕事に就くことができました。
1995年に来日したときもそうでした。京都の大学で私を迎えてくれた教授は、私がたったひとりで日本にやって来たことに驚いていました。目の見えない女性で、日本語も知らないのに、どうやって生活していけるのだろうかと、とても心配していたのを覚えています。
実際、私は住む場所を見つけるのも苦労しました。住むところを何軒も探し続けなければならず、最初の1カ月はずっとホテル住まいでした。
怪我をしたらどうする? 何かを壊したら? 誰も責任を負おうとはしませんでした。でも、ついに私を自宅に住まわせてくれる先生が見つかりました。
10人いれば、9人が「ノー」と言うかもしれません。でも、大丈夫。「イエス」と答えてくれる人が、いつか1人は見つかります。
その気持ちは今も持ち続けています。
二つ目は日々の考え方です。毎朝起きると、私は「自分の限界は何か」ではなく、「今日は何を人生に活かせるのか」を自分に問いかけています。自分にとって何がチャンスだろうかって。
たとえば、女性1人だけの職場にいたとしたら、多くの人は、「ここにいるのは私だけなので、とても大変です」と言うでしょう。確かにそうでしょう、厳しいと思います。でも、それは有効とは言えません。
私は、集団の中でただ1人の視覚障害者であったことが何度もあります。
でも、もしかしたら私は他の人たちにとって、彼らが出会った唯一の視覚障害者かもしれません。多くの人は、人生で視覚障害者に出会うことは少ないですから。
つまり、私の振る舞いひとつで、視覚障害者に対する彼らの態度を変えることができるかもしれないのです。なぜなら彼らはまだ偏見を持っていないからです。
それは、女性という立場も同じことです。あなたにはチャンスがあります。
最も重要なことは、あなた自身が価値を持つために何ができるか考えること。男性があなたに価値を見いだし、必要とするようになれば、それはもはや何の問題でもありません。あなたが女性であろうと、あなたが何者であろうと。