1. HOME
  2. World Now
  3. マッチングアプリはクローンで デートをコーチするのもAI NYT記者が試してみたら

マッチングアプリはクローンで デートをコーチするのもAI NYT記者が試してみたら

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
アプリでデートについて人間にコーチをするAIクリスティ(左)とAIイーサン
アプリでデートについて人間にコーチをするAIクリスティ(左)とAIイーサン。いずれもAIによる生成イメージ=via The New York Times/©The New York Times

人工知能(AI)は気候変動やがん治療を含む広い領域で、世界をがらりと変えてしまうものだと多くの人たちが信じている。AIが人類を滅ぼすことを恐れる人たちさえいる。だけど、AIに私のデートライフを何とかすることはできるんだろうか?

この問いに「はい」と答える企業が増えている。ChatGPTのようなチャットボット(対話ロボット)は、機能が向上するにつれて個人の生活や恋愛関係にまで広く活用されるようになった。

これをさらに発展させ、マッチングアプリの新商品の売り込みを始めた経営者たちがいる。デートしたい人がAIのクローンを作り、他の人のAIクローンとデートをさせて、その結果をオリジナルの人間たちにフィードバックするアプリだ。

マッチングアプリ「Bumble(バンブル)」創設者のホイットニー・ウルフ・ハードは、このクローンたちを「デート・コンシェルジュ」と命名した。マッチングアプリ「Grindr(グラインダー)」の運用会社CEOのジョージ・アリソンは「複製」と呼んでいる。アリソンはインタビューで、社内用語で「合成品」と呼ぶ会社がいくつかあることも明らかにした。

このアイデアは多くの人たちにとって、ネットフリックスが配信するドラマ「ブラック・ミラー」(訳注=技術革新に伴う問題を題材にした英国のSFドラマ)の内容にどこか似ていて、たぶん反ユートピア世界の悪夢のように感じられるだろう。しかし、米サンフランシスコ在住で26歳独身である私(訳注=本稿の筆者イーライ・タン)は興味をそそられ、AIデートを試すことにした。

私の戦略はこうだ。AIのアプリとウェブサイト、会員制サービスなど、デート体験を向上させることをうたうものを組み合わせるのだ。普通のマッチングアプリと似ているものがある一方、別のシステムや、デート方法を指南するサービスもあった。

人気が最も高いマッチングアプリはまだAIクローンを一般公開していないが、小規模なスタートアップ企業のアプリには一般の人が利用できるものもある。自分のAIクローンをつくるために、こうしたアプリの大部分は、私自身が親しい友人にメッセージを送るような感覚でAIの学習ロボットと会話し、訓練を施すことを求めた。

その結果、学習ロボットたちは私の話し方や言葉の癖を身につけて、個性を反映した会話ができるようになった。イーライGPTといったところだ。そして、彼らが恋愛の相手を探した。

最初に試したアプリ「Ice(アイス)」では、趣味や性格の特徴など、普通のデートで関心が寄せられる項目を学習させたAIクローンを作った。クローンには視覚的な要素も必要だったため、私は45ドルを払って「Aragon.ai(アラゴンai)」のサービスを利用し、AIデートアプリ用の写真を生成して自分のプロフィルのページにアップロードした。

筆者のイーライ・タンが生成した自分のAIクローン
筆者のイーライ・タンが他のAIクローンとデートさせるために生成した自分のAIクローン=via The New York Times/©The New York Times

Iceでは、人間の利用者が他の人たちのクローンと会話をかわすことや、利用者のクローンが他の利用者と会話をすることが可能だった(会話をしている相手が実在する人なのかAIクローンなのかはわかる)。私が録音した声をアップロードし、クローンが会話をする際に私の声をまねさせることもできた。

ただ、クローンの会話の大部分はかなりそっけない感じのもので、顧客対応用のチャットボットがミレニアル世代のデートの話し方の訓練を受けたみたいだと思った。それでも私のクローンは(気味が悪いものの)かなり上手に私の声をまねして、私のお気に入りのバーやレストランについて、期待していた以上に感じよく紹介した。

しかし、ピザやモッツァレラチーズのスティックのような食べ物についての会話は、私のクローンがお粗末な決まり文句を発する引き金となった。このため、クローンが会話しようとしていた本物の人間(たぶん)とは、あまりうまくいかなかった。

私が試みた二つ目のアプリ「Volar(ボーラー)」は違う方法で出会いの仲介をした。最初のデートではクローン同士が会話をし、私はその内容をチェックできる。

私がマッチングアプリのメッセージに応答するエネルギーを失っていくなか、私のクローンは自力で週に数百人の対象にメッセージを送ることができた。

Volarで私のクローンをデートの沼に放置したところ、独自の特徴や言動を身につけていくことに驚かされた。私が教えたのとは異なるコーヒーショップや趣味がお気に入りになった。絵文字を好み、ビートルズに深い関心を示すようになり、あまり知られていない「アビイ・ロード」というアルバムを、デートの相手にいつも紹介しようとした。

私のクローンは、私の記者としての興味までまねて、デートの相手に記事になるような興味深い話題を聞いたことがあるかと尋ねたことがある。別の機会には、私の仕事を逆手に取るような応答もした。たとえば、何か良い本を最近読んだかと尋ねられたクローンは、私が読むのは科学技術に関する記事だけで、本は読まないと答えた。

この応答を訂正するため、私はお気に入りの数冊の小説をクローンに教えた。ところが、これは予期せぬ結果を引き起こした。クローンは、おそらく村上春樹の作品に触発されて、私が行ったことのない旅行を最近体験したと思い込んだのだ。

このクローン同士の「最初のデート」で、私は相手側の人間について理解することがほとんどできなかった。デートの会話が堅苦しかったことも残念だった。

このクローン同士の恋愛からは十分な成果は得られなかったが、役に立つかもしれない別の種類のデート用クローンを見つけることができた。メッセージを巧みに作ることを手助けし、プロフィルにダメ出しをしてくれるコーチ役のAIだ。

オンラインデートのコンサルタントで、「Hinge(ヒンジ)」や「Tinder(ティンダー)」のようなアプリを使う顧客を支援してきたスティーブ・ディーンは、AIに自分の仕事の80%を奪われる日が来ることを予想している。

現在のチャットボットは人間のコーチのレベルにはまだ達していないが、数千人の人々が、人間よりも安価で手近な代役として毎日利用していることは疑いようのないことだとディーンは語った。

私が最初に試みたコーチ役のアプリは「Amori(アモリ)」。デートに関する質問をするとどんな助言でもしてくれるAIコーチを一覧表の中から選んだ。会費は週に6.99ドルか、1年で69.99ドルだ。

Amoriのコーチたちはそれぞれ個性的で、私のデートでの失敗の理由を分析してくれる心強い仲間だった。ぶっきらぼうな親友クリスティは「大胆かつ率直で核心に迫る助言」をする。好きな異性との間を取り持つ助っ人のイーサンは「適切な助言をして、すべてが楽しくなる時間を演出する」。

賢いおばさんタビサの知恵を借りると、「知識を身につけながら、同時にハグ(抱擁)を経験できる」気持ちになる。恋愛学者ソーニャはデート学の博士号を取得している。

Amoriは、私に特定の人たちと交わした「iMessage(アイメッセージ)」やメッセージアプリ「WhatsApp(ワッツアップ)」のデータをアップロードさせ、これをコーチが分析した。このケースでは、私がデートしたいと望んでいた相手に送ったメッセージについて、クリスティに意見を尋ねた。

これは悪くない提案だったが、別のコーチのイーサンとも同じ会話をして、追加の助言があるかどうかを確かめた。

Amoriの助言やメッセージはまずまずだと思ったが、自分で思いつくことができたアイデアよりも良い内容の提案はほとんどなかった。

こうしたAIコーチの機能があるアプリで最も人気が高いのは「Rizz(リズ)」で、毎月約150万人が利用し、Hingeのような一般のマッチングアプリと組み合わせながら使えるように工夫されている。

Rizzを使うには、アプリでの会話のスクリーンショットをアップロードして、3種類ある応答のいずれかで生成するよう頼めばいい。プレミアム会員は週に9.99ドルを支払う。

「これってデートにはつきものでしょう? スクリーンショットを友人に送って、助言を請うのは」。Rizzの共同創設者ローマン・ケイブスがインタビューで言った。「だから私たちは考えた。四六時中付き添ってくれる交際の助っ人を用意したらどうだろう?と」

Hingeのようなマッチングアプリでは、オプションでプロフィルにプロンプト機能を追加しておくと、マッチした相手から応答が来る。私のプロフィルの場合、最も応答が多かった項目は「カラオケであなたのお気に入りの歌は何?」だった。

私は1カ月以上にわたって、私のこの質問への応答に返信を書くためにRizzを利用し、生成された文章がどんな内容でも、そのまま送った。回答のいくつかを紹介する。

Rizzの返信は私が予想した以上に実用的だったが、恐らくジョークに見えるほど悪いものでもあった。私はRizzのAIからの助言を受けながら実際のデートも数回だけ体験した。しかし、AIにメッセージを作成してもらったことを相手に話すのは、たいてい気恥ずかしいことだった。

実験が終わるころには、AIは私のデートライフを改善するためにほとんど役立っていないことがわかった。マッチングアプリの経営者たちが言っていたように、こうしたアプリにはいらいらさせられたり時間を無駄にしていると感じさせられたりするのだが、もう一つの問題は、非人間的だと感じさせられることだ。こうした問題の解決にAIを利用することは、私には間違った方向へ進むことのように思える。

AIを運用する会社にとって、初期の事業の結果は明暗が分かれる。Volarは資金調達がうまくいかず、2024年9月にサービスを終了した。Iceもアプリの一般への提供を取りやめた。

アンスロピック社の標準的なチャットボットである「Claude(クロード)」の助けを借りて選んだバーでのデートに、予定よりも早く着いた時、私は、自分のAIクローンがどんなに有能であっても、そこに立つのは生身の人間である自分なのだと思い至った。

話すべきせりふを耳に送りこむイヤホンは存在せず、5分おきに携帯電話を取り出して、デートの進み具合についてクリスティやイーサンに尋ねるつもりもなかった。

デートの後、寝るために自宅へ向かう前に、私のクローンの一つが気に入っているデトロイト・スクエア・ピザに立ち寄り、1切れ買った。AIは私のデートライフを改善してくれなかったが、上空から満月が照らす街路に立ってピザに食らいつくと、気づいたことがあった。

それは、カリカリのチーズという無上の喜びだった。(抄訳、敬称略)

(Eli Tan)©2024 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから