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AIに「評価」を任せることは本当に最善策なのか 米ネバダ州の教育現場で起きたこと

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
米ネバダ州のメイターアカデミー東ラスベガスキャンパスの教室で、子どもたちの前に立つレネー・フェアレス
米ネバダ州のメイターアカデミー東ラスベガスキャンパスの教室で、子どもたちの前に立つレネー・フェアレス=2024年9月30日、Mikayla Whitmore/©The New York Times

米ネバダ州は長い間、国内で最も大きな格差(偏り)がある学校予算の配分をしてきた。低所得層が住む地区の学校は豊かな地区の学校と比べ、児童・生徒1人あたりの予算額が35%近く少ない。これは他のどの州よりも大きな格差になっている。

ネバダ州は1年前、外部業者が提供するAI(人工知能)の支援を受けて、この問題のある状態の改善に乗り出した。しかし、逆に騒動を引き起こした。

このAIシステムは、学校で困難を抱える子どもの人数について、州の以前の見積もりがあまりにも高すぎたとする数字を算出した。州はこれまで、低所得層の児童・生徒全員を、学業や社会活動に困難が伴う「危険な状態(要支援)」にあるとみなしていた。一方、AIの計算方法はもっと複雑で、ずっと高い基準を設定した。

この計算では家庭の収入以外に、授業の出席日数や家庭で話している言語など数十種の要因を考慮し、児童・生徒が学校の勉強についていけるかどうかを判断した。最終的に、要支援と分類された児童・生徒の人数は2022年の27万人から6万5千人に激減した。

この結果、多くの学校が教育の原資としていた州の予算を失った。多くの教育行政区は、教育事業の削減と予算の見直しにあわてて取り組んだ。

コロナ禍が広がってから、特別な支援を必要とする子どもの数は減ったのではなく、急増したとみている学校の指導者たちは、AIの判断に直面し、深い憂慮を抱いている。

その判断は、ネバダ州はもっと効率的に予算を使う必要があると考える教育財政の専門家たちも驚かせた。

州が新システムを導入してから1年が経ち、大きなかけだった事業は、教育行政でのAIの活用がどうあるべきか、そもそも誰が要支援と判断されるべきか、という難問を突き付けている。

コロナ禍が引き起こした混乱が尾を引いて、数百万人もの子どもが今も、学校で困難な状態に陥っている。多くの子は学業に二度とついていけず、成功するために必要な技能を身につけないまま大人になる可能性がある。にもかかわらず、州の歳入はなかなか増えず、国からの支援金は枯渇し、減少が続く手元資金を賢く使うよう求める圧力が強まっている。

ネバダ州は新システムが、不利な立場にある子どもたちへの支援を改善する一歩になると期待した。計画には、英語を習得しようとしている子どもや障害のある子どものために、学校に追加の資金を提供することが含まれている。

しかし、州はまた、どの子どもが要支援状態にあるかについての判断を見直し、最も支援が必要な子どもに限って資金を集中させるという考え方だった。

このように方針が変わったために、影響を受けた学校教育の現場がある。

ネバダ州ヘンダーソンのサマーセットアカデミーのステファニーキャンパスでは、政府の統計によると低所得層の家庭の子どもが250人を超える。十数人はホームレスだ。しかし、校長のデビッド・フォセットによると、新システムの下では要支援状態にあると認定された児童・生徒は1人もいないという。

米ネバダ州ラスベガスにあるサマーセットアカデミーのステファニーキャンパス
米ネバダ州ラスベガスにあるサマーセットアカデミーのステファニーキャンパス=2024年9月25日、Mikayla Whitmore/©The New York Times

フォセットは「ショックだった」と明かし、「どうしてこうなるのか、私たちは本当のところまだ理解できていない」と述べた。

ネバダ州のように、AIだけに頼って要支援状態にある児童・生徒を選別し、教育費を支出する州は現時点で他にない。しかし、専門家たちによると、同様の課題への対処を支援する道具としてAIに頼る自治体はこれから増える可能性がある。

貧困の中で育つことは、子どもの生活や学業成績に悪い影響を与えることがある。ネバダ州は以前、多くの州と同じように代替策として、無料または低額の昼食の受給対象となる児童・生徒の人数に基づいて、貧困の状態を判断していた。

しかし、昼食の支援を受ける資格を持つ児童・生徒の範囲が大きく広がり、基準とするのが次第に不適切になってきたと、研究者らは説明する。

だから、ネバダ州の教育の指導者たちは、授業についていけない危険性がある児童・生徒を選んで認定する新しい方法を探した。AIを活用するのだ。

「インフィニットキャンパス」(無限の学びや)という会社が提供したプログラムは、児童・生徒に関する膨大な量の情報をくまなく調べ、卒業が困難になる恐れがある子どもを予測していく。

この調査には、学業成績平均値、無断欠席、生活態度が含まれる。子の保護者が学校のウェブサイトを閲覧した頻度、各家庭の親の人数、家庭で使われている言語といった項目も加え、検討される。最初の年には、子どもの性別、人種、出生国も考慮した。

全部で70以上の異なる特性を分析する。各項目がどのように評価されるかは非公開だ。そして、各児童・生徒に50~150点のスコアをつける。提示されたモデルでは、スコアが低ければ低いほど、子どもが卒業できない可能性が大きくなる。

新システムはこのスコアが下位20%の子どもを、ネバダ州が予算を支出する対象としていた中リスク~高リスクと分類した。これで州の支出対象の子どもの数は20万人以上減った。

「警報のベルが鳴りだした」と指摘したのは、州に教育費の支出の増額を求める社会活動組織「ネバダを今、教育せよ」の事務局長アマンダ・モーガンだ。

新システムは倫理上の問題を提起した。例えば、ある男子生徒と同じ学業や行動上の問題を抱える女子生徒について、女子は全体として男子よりも優良な結果を出す傾向があるというだけの理由で、より低リスクに分類することは、公正な判断といえるだろうか。

また州は、事業の手法が不透明な民間企業に、注意を要する学校の問題について決定を委ねるべきなのだろうか。

インフィニットキャンパスの創設者チャーリー・クラッチによると、システムのモデルは数年分に相当する州内の児童・生徒たちのデータに基づいて開発され、改善された。その具体的な仕組みは知的財産であり、社外には秘匿されなければならないと主張した。

同社はシステムの仕組みについて、おおまかな考え方を提示した。例えば、5日連続で学校を休む場合、学業平均値が3.9の中学生よりも、落第点を取っている高校1年生の方が、注意するべき状態にあるとしている。

クラッチによると、「政治的な圧力を受けて」、同社は2024年の学校年度が始まる前に、人種・民族、性別、出生国の項目を削除した。

「私たちは正確なデータを提供することに努めている」とし、「それを使って何をすべきかを決定すること」は州に委ねているという。

このネバダ州での論議は、学校の限られた予算を何に優先的に配分すべきかをめぐって国内で意見が割れている状況を反映している。最低レベルの成績にある児童・生徒に集中して使うべきなのか、それとも、より多くの子どもが一定の支援を受けられるように配分するべきなのか。

調査機関「ニューアメリカ」で公立学校の財務を研究し、ネバダ州の改革について論評したジョーダン・アボットは、対象となる児童・生徒を選ぶために革新的な手法でデータを活用しようとするネバダ州の政策を、「称賛に値する」と評し、「AIや予測分析を、怖がらずに活用していることが評価できる」と指摘した。

しかし、アボットは州が予算を決定する際に必要な条件として、「透明性を確保すること、説明責任を果たすこと、評価の仕組みが最初から設定されていること」を挙げたうえで、「ネバダ州の現行のシステムは、こうした条件に取り組んでいない」と批判した。

ネバダの教育を指導する立場にある人たちは、全体の予算が減ったのではないと説明しつつ、公立学校の予算額が米国で最も乏しい州のうちの一つとして、限られた資金を最大限に活用したいのだと主張する。

ネバダ州の児童・生徒1人あたりの学校教育費は国内で46位だが、州内の地区間の格差が大きい。豊かな地区は主に地方財産税の税収が貧しい地区よりも大きい額なので、学校の教育費もより大きくなる。他の多くの州には、こうした税収の格差を学校間で相殺する仕組みがあるのだが。

ネバダ州教育省長官代理のミーガン・ピーターソンによると、ネバダの新システムでは、要支援とされる児童・生徒1人につき約2900ドルを学校が受け取る。これが前のシステムでは303ドルだった。

ピーターソンは公共教育制度の使命について、子どもたちが社会に出ていくまでに、それぞれの目標を追求できる状態を整えてあげることだと述べた。

「第一の目標は彼らを卒業させることだ」とし、州内では生徒の5人に1人が遅滞なく高校を卒業することができない、と指摘した。

地区別の指導者からは、生徒を卒業させることに集中する対策について、(支援を与える)範囲が狭すぎるのではないかと問う声が出ている。

うつ状態や自傷行為などはAIが把握できない可能性があり、要支援状態にある子どもはもっとたくさんいると教員たちは話している。

「学業では優秀かもしれないが、他の点で病的な状態にある可能性もある」とネバダ州学校財務支援委員会の委員ポール・ジョンソンは語る。こうした子どもを支援するには、カウンセラーの依頼などの対策に追加の支出が必要だ。

新システムの下で旧システムの時よりも財務が改善した学校もある。リノ地域のカーソンシティー地区では要支援状態とされる子どもの認定数が2千人以上減ったが、子ども1人あたりの予算が増額したことによって予算の総額が増え、学業や行動の面で苦しい状態にある子どもたちを支援する新しい要員を地区内の各学校に配置することができた。

ただ、それでも、困惑している人はいる。地区管理者のアンドルー・フューリングは、新システムの仕組みについて、各学校が詳しい説明を受けていないと指摘し、「ブラックボックスになっている」と言った。

ラスベガス地域のチャータースクール3校が組織するネバダ・メイターアカデミーの最高責任者レネー・フェアレスによると、このアカデミーでは多くの児童・生徒が貧しく、同年齢の子どもたちよりも下の学年で学んでいる。

子どもたちが順調に成長できるように、各校は放課後に補習したり、食事を用意できない家庭の子どもたちには金曜日に食料を持たせて帰宅させたりしている。

しかし、メイターアカデミーで要支援状態とされる子どもの数は、旧システムでの2千人以上から新システムでは70人に激減した。

「子どもたちが成功できるように、教育者として心配しなければならないことは他にもたくさんあるのに、それをすることで、私は本当にひどい目にあっている」とフェアレスは語った。(抄訳、敬称略)

(Troy Closson)©2024 The New York Times

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