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少子化進むイタリアになぜか「子だくさん」の地域 手厚い支援の背景に複雑な歴史も

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
夕方のひととき、自宅アパートの前で遊ぶステファノ・バルドの一家
夕方のひととき、自宅アパートの前で遊ぶステファノ・バルドの一家。自治県の手厚い子育て政策があるから、6人の子どもを育てることが可能なのだという=2024年3月、イタリア北部ボルツァーノ、Davide Monteleone/©The New York Times

アルプスの山懐に抱かれたイタリア北部ボルツァーノ中心部の市役所で、運輸管理者として働くステファノ・バルド(38)は「授乳時間休」のために仕事を早めに切り上げた。

「明らかに、僕から母乳は出ないよね」。妻や6人の子どもたちの写真が飾られた事務室で、バルドは笑った。しかし、妻は自宅で生まれたばかりの赤ん坊の世話をしており、バルドは子どもたちのお迎えに行く必要がある。法律によって、両親のうち一人が授乳時間休を取れる。「とても便利だよ」

保育園にベニアミノとジョエルを迎えに行ったステファノ・バルドは、2人を連れてさらに別の園に向かい、ルーベンを引き取る
保育園にベニアミノとジョエルを迎えに行ったステファノ・バルドは、2人を連れてさらに別の園に向かい、ルーベンを引き取る=2024年3月、イタリア北部ボルツァーノ、Davide Monteleone/©The New York Times

欧州で最低レベルの出生率を記録するイタリアで、大家族はどんどん過去のものとなっている。首相のジョルジャ・メローニも教皇フランシスコも、イタリア人は消滅の危機に直面していると警告している。

しかし、アルト・アディジェ(南チロル)自治県(訳注=トレンティーノ自治県とともに、トレンティーノ・アルト・アディジェ州を構成する)とその県庁所在地ボルツァーノは、国内のどの地域よりこの傾向の逆を行き、出生率は数十年にわたって安定している。

いわば、子どもを産み育てることについて、イタリアのほかの地域の並行世界として頭角を現している。

自治県が長年にわたって、国が支給する出産手当一時金をはるかに超え、家族に優しく手厚い支援網を構築してきたことがその理由だと専門家らは指摘する。

両親は保育園、ベビー用品、食料品、医療、光熱費、交通費、放課後の活動、サマーキャンプなどを割引価格で利用できる。自治県は、国から配布される手当に子ども1人あたり数百ユーロ以上を上乗せして、託児プログラムを充実させている。その中には、教育を担当する人材を認定してその自宅アパートを小規模な託児所として利用する制度などが含まれる。

こうした施策の全てが女性を自由にし、経済活動に不可欠な就労を後押ししていると専門家は言っている。フランスやスカンディナビア諸国と同様、手頃な託児サービスを用意する政策が、少子化に伴う人口動態の崖っぷちからイタリアを救う力を持っていることも示している。

「家庭に投資をしなければ、我々全員の未来がない」。自治県議会の元議員で、家族政策のいくつかを立案したウォルトラウド・ディーグは断じる。「家族とは長期に続くプロジェクトで、当然政策も長期間続くべきなのだ」

この政策はボルツァーノ周辺の地域で際立っているだけでなく、イタリア全体の中でも、他の地域が簡単にまねできないような重要な点で突出している。

アルト・アディジェ地域は1900年代初頭にイタリアが併合するまで、歴史の大部分を通じてオーストリア帝国など様々な国に属し、オーストリア帝国時代は南チロルと呼ばれた。

ユーロ税や財政的な決定に関しても自治権が保たれており、文化的にもイタリアの他の地域とは違ってオーストリア圏のように感じられる。ほとんどの住民が今もドイツ語を話し、パスタよりパン団子(訳注=クヌーデル。余って硬くなったパンでつくるドイツ料理)を好むことが多い。

イタリア統計研究所(ISTAT)によると、この地域はまた、イタリアの中では住民1人あたりの収入も最も高い。

バルドは自分のオフィスを出ると、同僚の初孫誕生を祝う青い花輪の横を通り過ぎた。それから、新米の親たちのための育児用品や絵本が詰まったバックパック「ウェルカムベビー」の宣伝チラシで埋め尽くされたロビーを抜けて、庁舎の外に出た。

スクーターにまたがると、保育園に向かった。2人の息子、ベニアミノ(5)とジョエル(4)のお迎えだ。保育士は「あら、2人とも連れていくの? 1人はエプロンの下に隠させて」と冗談を言った。

息子たちは、ボルツァーノ支給の「ウェルカムベビー」バックパックを背負い、父とともに通りを横切ってもっと小さい子どものための保育園に向かった。弟ルーベン(2)を迎えに行くのだ。

それから4人は通りを渡り、家賃の上昇が法律で規制されている自宅アパートに帰った。赤ちゃんを抱いたバルドの妻ティツィアナ・バルザマ(39)が4人を出迎えた。

専門家によると、この自治県から各家庭に対する継続的で確かな財政支援は、イタリアの不安定な中央政府が何十年も続けた短期的な出産手当よりも意義があるという。

「違いは、何年にもわたって定期的な投資があること。国のほとんどの政策が1回限りなのとは違う」。トレント大学の人口統計学者アニエス・ビタリは指摘する。「1回限りの政策を当てにして家族計画を立てる人はいない」

バルド一家は、自治県の支援が全てだと話す。

オーブンの中でケーキが膨らむころ、ルーベンは童謡を弾き、ベニアミノとジョエルはおままごとのキッチンの中からプラスチックの野菜を取り出していた。彼らの両親はおもちゃのレジの横に座り、この自治県の親の誰もと同じように、6人いる子ども1人につき月200ユーロ(約3万4千円)を、3歳になるまで受け取れる、と説明した。

このほかに、政府からは子ども手当として月1900ユーロ(約32万円)の小切手を受け取る。

自宅アパートでくつろぐバルド一家。一部の専門家によると、自治県の子育て政策の根幹には、歴史的に複雑な地域で少数民族のアイデンティティーを保つ意図もあるという
自宅アパートでくつろぐバルド一家。一部の専門家によると、自治県の子育て政策の根幹には、歴史的に複雑な地域で少数民族のアイデンティティーを保つ意図もあるという=2024年3月、イタリア北部ボルツァーノ、Davide Monteleone/©The New York Times

子どもが3人以上いる家庭には「ファミリー+」というカードが支給され、市内外で多くの商品を20%引きで買える。カードはスーパーマーケットのチェーン「Despar」の地元店と連携していて、さらに割引を受けられる。バルザマは、公共交通機関の割引も活用したという。

1980年代に子持ち世帯優遇の補助金が始まったとき、自治県は当時の東ドイツから「ターゲスマッター(チャイルドマインダー)」という保育制度の概念も輸入した。イタリア人は「カサビンボ」(児童館)と呼ぶ。この制度のもと、自治県は自宅を保育園に転換する地元の教師たちを認可・登録し、支援する。児童館は特に郊外で人気がある。

トレント大学の経済学教授マリアンジェラ・フランチは、「彼らは、広範囲にひろがった小さな保育園網に賭けている」と言う。

バルドの妻バルザマは、長男が生まれるまでは地元で教員をしていた。1年間の養成コースを受講してターゲスマッターになることを検討した時期もあったが、今のところは家にいるほうが経済的に合理的だという結論に達したという。「仕事に戻るのを延期すると言ったのは、私自身の選択だった」

バルザマの姉妹は4人の子持ちで、看護師として働く。彼女のように仕事を再開したいと望む母親たちのために、自治県は安価な公立の保育園も用意している。

一部の専門家によると、家族手当に対する自治県の姿勢は、歴史的に紛争が絶えなかったこの地域の少数民族文化が、より多くの子どもを持つことで強いアイデンティティーを維持しようとしていることに根ざしているという。

この文化的要因は、トレンティーノ・アルト・アディジェ州を構成するもう一つの自治県で、文化的にはよりイタリアらしいトレンティーノと比べれば、より鮮明になる。

トレンティーノも保育に重点的に投資しており、その戦略はアルト・アディジェより先行し、時には上回っている。それにもかかわらず、女性1人当たりの出生率はアルト・アディジェを大きく下回る1.36にまで落ち込み、寒々しい全国平均にかなり近い。

「地元の文化も重要な要素であり、それを他地域に移すのは難しい」とイタリアの著名な人口統計学者アレッサンドロ・ロシーナは指摘する。

五男ルーベンをシャワーで洗うステファノ・バルド。この地域では手厚い子育て政策が提供されており、少子高齢化に悩むイタリアにあって高い出生率を記録している
五男ルーベンをシャワーで洗うステファノ・バルド。この地域では手厚い子育て政策が提供されており、少子高齢化に悩むイタリアにあって高い出生率を記録している=2024年3月、イタリア北部ボルツァーノ、Davide Monteleone/©The New York Times

バルドはドイツ語を話せず、自分は誰よりもイタリア人らしいと主張する。カトリックへの信仰とにぎやかな大家族への愛着は、バルド夫妻に子だくさんになることを決意させ、自治県の政策がそれを可能にした。バルザマは8人きょうだいの中で育った。

午後4時、バルドは慌てて自宅を飛び出し、年長の2人の息子、ラファエル(10)とエリア(8)を迎えに白いバンで学校に向かった。バルドは9席の新しい車を注文したという。それ以上大きな車両には特別な免許が必要だ。

蛍光グリーンのベストを着たボランティアの高齢者たちを見かけると手を振った。自治県の「じじばば交通警察官」の面々だ。バルドによると、道路横断を誘導するだけでなく、朝には子どもの一団を率いて学校に向かう。「歩くバス」と呼ばれる施策だ。

ラファエルとエリアがバンに乗り込み、みんなで帰宅した。子どもたちの祖母レナータ・カナル(71)がバルドの家に立ち寄り、義理の娘であるバルザマに「孫息子を渡してちょうだい」とねだった。

「チャオ、チャオ、チャオ」。6カ月の乳児ジョーナに語りかけると、「お日様みたいにかわいい子」と言った。子どもたちは絵を描いたりダンスをしたりしている。夕食やシャワー、サッカーの練習の準備をする子もいた。

「友人の多くは自分の生活を大切にしたいからと、子どもは1、2人しかつくっていない。だけど、ここでは必要なら援助はいつでも受けられる」とバルザマは話す。「ローマに住む4人の子持ちの友人は、支援を受けるのに大金を払っているんだから」(抄訳、敬称略)

(Jason Horowitz and Gaia Pianigiani)©2024 The New York Times

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