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少子高齢化は安全保障にも深刻な影響 アメリカの専門家が懸念「日本は二重の灰色化」

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オーストラリアのケアンズ南東海域で2021年7月、海上自衛隊も参加して行われた米豪主催多国間共同訓練(タリスマン・セーバー21)の様子
オーストラリアのケアンズ南東海域で2021年7月、海上自衛隊も参加して行われた米豪主催多国間共同訓練(タリスマン・セーバー21)の様子。人口減少で自衛官の不足問題が深刻化する可能性もある=防衛省自衛艦隊の公式サイトから

日本はいずれ消滅する、世界にとって大きな損失になるだろう――。アメリカの電気自動車メーカー「テスラ」のCEO、イーロン・マスク氏が日本の少子高齢化についてソーシャルメディアで発信し、物議を醸してから1年半あまり。政府は多子世帯の大学授業料を無償化するなど次々と対策を打ち出しているものの、悲観的な見方が日本を覆っている。「消滅」は大げさとはいえ、日本の存在感は少子高齢化とともに消えてしまうのだろうか。日本の安全保障を少子高齢化という新しい視点で分析したアメリカのワシントン・カレッジ教授のアンドリュー・オロス氏(54)に話を聞いた。(聞き手・梶原みずほ)
ワシントン・カレッジ教授のアンドリュー・オロス氏
ワシントン・カレッジ教授のアンドリュー・オロス氏=本人提供

――政府が多子世帯の大学無償化を打ち出すなど、少子化対策は喫緊の課題ですが、少子高齢化と安全保障はどのような関係がありますか。

私は日本の安全保障をデュアルグレー、「二重の灰色化」と呼んでいます。白髪になるという意味と、戦争と平和の間の不安定な状態のグレーゾーンという二つの意味です。

日本は2005年、世界で初めて65歳以上が総人口の20%超を占める「超高齢社会」を迎えました。2020年代には韓国、台湾、タイが、2030年代には中国、ロシア、北朝鮮が、2050年代にはベトナムが、超高齢社会に突入するといわれています。世界の中でもとくに少子高齢化が顕著なのが北東アジアなのです。

安全保障を左右する要因は、指導者の野心や周辺国の行動に対する反応、軍事技術の進歩、経済成長率など多岐にわたりますが、これまで決して安全保障政策の中心としてみられていなかった人口動態の変化は今後、一定程度、影響するようになるでしょう。

平成に住民が一斉に出て行き消滅した、島根県江津市の瀬尻集落にある廃屋
平成に住民が一斉に出て行き消滅した、島根県江津市の瀬尻集落にある廃屋=2018年12月

――20世紀、人口増は食料やエネルギー危機、政情不安などの一因だとみられ、人口が減少に転じれば、より平和的になるのではないかという考え方が多くありました。現実にはそうした予測と反対の現象がおきています。

その通りです。人口減少や少子高齢化が進むと、経済規模は縮小し、社会保障に重点をおかざるをえず、その結果、国防費は減少し、子供たちを戦争に駆り立てるリスクを避けるだろう、という見立てでした。

こうした学説は高齢化する国家が急速に増加する以前に行われた研究がベースになっており、実際に国家がどのような行動をとり、どんな政策を打ち出したのか、日本の15年あまりの経験や欧州の事例が蓄積され、いまやっと検証できるようになったのです。

――日本周辺では権威主義国家が軍拡を続けています。昨年12月、金正恩(キムジョンウン)総書記が少子化に危機感を示し、涙を流す異例の場面を北朝鮮の朝鮮中央通信が放送したと報じられましたが、今月には黄海で60発以上砲撃するなど、軍事的挑発は相変わらずです。少子高齢化の観点からはどう説明ができますか。

一つの考え方として、権威主義国家の場合、人口減によって衰退することを恐れ、権力を持つうちに利益を固定化しようと、より積極的な行動をとって軍拡するといわれています。

社会サービス予算を軍事目的に転用することも、民主国家とは違い容易にできます。ロシアのウクライナ侵攻の一端も説明がつきます。ただ中国の場合は人口規模があまりにも大きいため、少子高齢化の影響による軍事力への影響は低いと考えられます。

報道陣に公開された離島奪回訓練で、輸送艦「しもきた」からゴムボートで発進する陸上自衛隊員
報道陣に公開された離島奪回訓練で、輸送艦「しもきた」からゴムボートで発進する陸上自衛隊員=2014年5月、鹿児島・江仁屋離島

――2022年に実業家のイーロン・マスク氏が「日本はいずれ消滅する」などと発信して物議を醸しましたが、日本国内でも悲観論が浸透しています。

理解はできます。パンデミックや戦争、飢饉によって人口が減少した例はあっても、国民が選択した結果として人口減少する大国は歴史上、前例がないのですから。

実際「日本のピークはもう過ぎた」という見方も多くありますが、私は過度に恐れる必要はないと思っています。日本の高齢化社会には知恵や豊かさがあり、また、多くの高齢者が生産的に働いています。

イーロン・マスク氏の投稿

――とはいえ、少子高齢化は防衛だけでなく、治安や自然災害など国内の危機対応能力が脆弱化するリスクも抱えており、「静かなる有事」ともいわれています。自衛官不足を受け、防衛省・自衛隊の有識者検討会は昨年10月、女性や任期付き、紹介など多様な採用や処遇の改善を提言しました。

人口減少による自衛官不足は無人システムや人工知能(AI)など新たな技術進歩によって補える部分があります。また、インド太平洋地域には人口構成が若く、安全保障上の懸念を日本と共有している国々があります。

たとえば、アメリカは2050年まで、またはそれ以降も人口が増え続けるとみられています。また、2050年にはオーストラリアは移民の受け入れにより現在より人口が25%増え、フィリピンも日本を抜くとみられています。インド、インドネシア、マレーシアも2050年以降も人口増加が見込まれています。

こうした状況を考えると、日本には軍事技術の協力を含め、重層的な枠組みの中で地域を安定化するという選択肢があります。

実際に日本は過去10年でこれらの国々と安全保障協力を強めています。「日米豪印」の枠組みも人口が増加する3カ国と組んでいます。インド太平洋における発言力や存在感は昔より高まっており、少子高齢化イコール「日本の国力が即、衰退する」、とは決していえません。

大型無人偵察機グローバルホークを運用する航空自衛隊の「偵察航空隊」の編成完結式
大型無人偵察機グローバルホークを運用する航空自衛隊の「偵察航空隊」の編成完結式=2023年1月、青森県三沢市、航空自衛隊提供

――ただ、中国に対する認識は必ずしも日米と同等レベルで共有されていません。

もともと国家間の安全保障上の懸念は完全に一致するものではありません。従ってトレードオフが必要です。

たとえば、インド太平洋では気候変動による安全保障上の懸念が、日米のハード面の安全保障上の懸念よりも切迫しており、日本が専門知識や技術の支援を提供することで、安全保障上の協力を引き出すことも考えられます。

――今年はアメリカ大統領選の年です。現在の日米同盟関係を前提にした長期的な戦略に限界はありませんか。

アメリカは同盟国である日韓の少子高齢化が自国の安全保障にどう影響するかという観点から関心をもっています。

しかし、もし、第二次トランプ政権やそれに近い政権が誕生する場合、バイデン政権が追求した日米同盟の深化や、日米がともに取り組んできたインド太平洋における安全保障パートナーシップが損なわれる可能性はあります。

日本にとってアメリカに代わる同盟国はないと思いますが、アメリカ以外とも関係を拡大してきた背景にはアメリカとの関係性の変化のリスクも当然、織り込み済みだと思います。

――日本人は悲観的になりすぎる必要はない、と?

人口動態の変化を、政府が適切に対処できるかが問われています。歴史上、人口規模が大きくても強力ではない国家は多く存在します。それは若年層の増加を「人口ボーナス」として経済成長や繁栄にうまく活用できなかったから。

人口減少も同じことがいえます。変化は一気に起きるわけではないのです。基本的には国家が政策によって対処していける、管理が可能な現象といえます。

私の関心は、日本の少子高齢化がさらに進んだときに、社会保障の支出をさらに拡大させるのか、どこまで防衛費の増加を許容するのかという、社会保障費と防衛費のトレードオフを日本国民がどのようにとらえるかという点です。今のところ年齢層による防衛費増加に対する支持に大きなギャップは見られません。

――では、「二重の灰色化」の日本が直面する最も大きな課題は何だと考えますか。

私が懸念しているのは安全保障政策面よりもむしろ、少子高齢化によって醸成されている社会の雰囲気です。

高校生のときに日本に滞在して以来、30年以上、日本の若者と接してきましたが、かつてないほど若者が内向き志向になっています。グローバルなマインドを持ち、英語を話せる若い人材はお隣の韓国よりも少ない。

こうした人材不足が将来的に、日本の安全保障の弱点になりうる可能性があるかもしれません。