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対中国戦略の目玉に浮上した「オーストラリアに原子力潜水艦」計画 何がどう変わる

揺れる世界 日本の針路
バイデン米大統領、ジョンソン英首相との共同記者会見に臨むオーストラリアのモリソン首相=2021年9月16日、AAPIMAGE via Reuters Connect

■なぜオーストラリアに原潜?

豪州戦略政策研究所(ASPI)のマイケル・シューブリッジ防衛・戦略・国家安全保障部長はAUKUSについて「中国の習近平国家主席が中国の戦略的・国際的環境にもたらした有害な変化を示すものだ。インド・太平洋、北米、欧州の市民の間では、中国の行動は平和的な意図や外交なのだという信頼が崩壊した」と述べ、対中戦略だと明言した。

シューブリッジ氏は「AUKUSは中国政府が軍事力を使ったり、他国を脅かして指示に従わせる行動に出たりするコストを引き上げている。紛争を抑止する政治的意志の表明だ」とも語る。

それでは、豪州が原潜を保有した場合、インド太平洋の安全保障はどう変化するのだろうか。

複数の専門家の証言を総合すると、米軍の原潜は従来、インド・太平洋海域で日豪両国の通常動力型潜水艦と協力してきた。この海域に展開する米軍原潜は20隻前後とみられる。来年3月に潜水艦22隻体制になる海自が主に東シナ海や南シナ海の北方海域など、6隻を運用する豪海軍が主に豪州近海からマラッカ海峡周辺くらいまでを、それぞれカバーしている模様だ。

防衛省幹部によれば、原潜と通常動力型潜水艦では、全く作戦の立て方が異なってくる。各国が運用する通常動力型潜水艦の最高速度は、いずれも20ノット(約37キロ)程度だが、「最高速度で航行したら、バッテリーの消耗が激しい。巡航時はせいぜい5~6ノット(約9~11キロ)くらいの速度で移動するのが普通だ」という。ディーゼルエンジンを回して充電するため、外気を取り入れるよう水面近くに浮上する必要も出てくる。

これに対し、原潜は30ノット(約56キロ)以上の速度が出る。充電の必要もない。同関係者は「豪海軍が原潜を保有すれば、中国周辺海域すべてで行動できるようになる」と語る。「これまで豪北部、パースの基地から南シナ海に展開・帰投するだけで数週間を要していた。原潜になると時間が大幅に短縮され、部隊運用が容易になる」

「そして、海自の通常動力型潜水艦がバシー海峡や宮古海峡などチョークポイントで運用するのに対し、豪の攻撃原潜は西太平洋と東インド洋で広域哨戒が可能になるだろう。稼働率を考えれば、8隻配備すれば約5隻で展開できると考えられ、中国海軍には深刻な脅威になる」

■中国への強いメッセージ

香港沖に姿を見せた中国の空母「遼寧」=2017年7月7日、細川卓撮影

海上自衛隊は2030年代には、中国海軍が5隻の空母を保有し、常に3個空母打撃群を展開できるようになると予測している。潜水艦はやしお艦長を務めた伊藤俊幸氏(元海将、現・金沢工業大学虎ノ門大学院教授)は、米英による豪州への原潜保有支援について「中国に対し、インド・太平洋に好きなように艦船を展開させないという強いメッセージだ」と語る。

シューブリッジ氏は「豪州に、ステルス性に富む非常に長い航続距離と持久力を持つ強力な新しい情報収集と攻撃のための兵器が加わる。インド太平洋における紛争抑止力になる」と語る。

マイケル・シューブリッジ氏=牧野愛博撮影

ただ、伊藤氏は課題も多いと指摘する。

「豪州は原子力発電所の保有や核燃料の再処理などを禁じている。技術が全くないから、原潜の運用に必要な要員の養成だけで10年かかる」と語る。豪州の安全保障に詳しい防衛省防衛研究所の佐竹知彦主任研究官によれば、そもそも豪潜水艦の退役は2026年から始まる予定だった。佐竹氏は「原潜の導入は40年ごろと言われる。豪州では既に、退役を10年延長することが決まったが、40年の本格導入の前に米英から原潜をリースする案なども出ている」と語る。

■「新たな拠点に」米軍の期待

伊藤氏は、今回の協力は米原潜に大きなメリットがあると指摘する。「米原潜が西太平洋での拠点にしているのが横須賀。豪州が原潜を保有すれば、米原潜の補給や修理ができるドックが整備されるだろう。米軍はグアムの戦略爆撃機を米本土に戻したように、なるべく米軍を中国のミサイルの射程外に置きたい。豪州が米原潜の新たな拠点になる可能性は高い」

伊藤俊幸氏

一方、シューブリッジ氏はAUKUSについて「原子力潜水艦が一般に注目されているが、サイバー、AI、量子技術など、国家安全保障面で他にも非常に重要な要素がある」と指摘。伊藤氏も「AUKUSの核心は、AIや量子技術など軍事に特化した技術研究協力ではないか」と語る。

■AUKUSから距離置いた日本

横須賀に寄港した英空母クイーン・エリザベス=2021年9月4日、神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地、佐々木康之撮影

だが、日本はAUKUS創設に関与しなかった。伊藤氏は「日本は優れた研究者は多数いるが、協力できる環境にない」と語る。

日本学術会議は2017年、防衛装備庁が創設した研究助成制度を受け、軍事研究を禁じた過去2回の声明を継承するとの声明を発表した。伊藤氏は「日本の現行法では秘密保護も十分に保証されていない。AUKUSに参加するのであれば、この二つの問題を解決する必要がある」と語る。

また、米国は現在、中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を受けた新たな防衛戦略を検討している。シューブリッジ氏は「高度なミサイルシステムの迅速な協力と配備と開発も、AUKUSの重要な要素だ」と語る。豪州が導入する原潜の候補の一つとされるバージニア級原潜の場合、魚雷と同じ発射管では巡航ミサイルは撃てない。海自幹部は「検討の方向によっては、豪州の原潜が今後、ポストINFのプラットホームになるかもしれない」と語る。

そして、佐竹氏は、AUKUSが米英豪による「アングロサクソン同盟」の性格を強めれば、インド太平洋地域での理解を得るのが難しくなるとの見方を示す。豪州は1970年代に白人を優先する白豪主義を廃止した。背景には英米両国のアジア地域での影響力の減少があった。豪州は日中韓などアジアからの移民を積極的に受け入れ、人口増や経済発展につなげてきた。

ただ、同氏によれば、豪州ではAUKUS創設のほか、ブレグジット(英国の欧州連合〈EU〉離脱)による英国のアジア回帰を歓迎し、伝統的な「アングロ・スフィア」と呼ばれる英語文化圏との連携強化を求める声も出ている。佐竹氏は「こうした声が強まれば、豪州が地域の中で浮いた存在になってしまう恐れもある」と懸念する。

佐竹知彦氏

東南アジア諸国連合(ASEAN)からは、AUKUSについて中国との間で軍拡競争が始まるという懸念の声が出ている。9月24日にワシントンで開かれた日米豪印の安全保障対話(QUAD)の首脳会議では、共同声明でASEANとの協力を強調したが、AUKUSとの関係については触れなかった。

シューブリッジ氏は「AUKUSが成功すれば、QUADやファイブ・アイズ(英、米、豪、カナダ、ニュージーランドの英語圏5カ国による情報共有網)との協力が強化され、成長する」と語る。

「日本、インド、カナダ、ニュージーランドがAUKUSの同盟国と緊密に協力してそれぞれの能力を高める技術分野が明確に存在する。日米豪の三角関係は、QUADと同様に、日本をAUKUSのイニシアチブにつなぐ道だ。AUKUSは、他のグループに勢いを生み出す、本当に肯定的な動きだ」

佐竹氏は「AUKUSは日本にとって良い話だが、日本はQUADや自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)を掲げ、インドやASEANを巻き込んだ秩序づくりを目指していた。日本がこうした枠組みとAUKUSをつなぐ役割を果たすべきだ」と語った。

Michael Shoebridge 豪州政府の国防情報機関、首相官邸、駐米オーストラリア大使館などに勤務し、2018年2月から現職。

いとう・としゆき 在米日本国大使館防衛駐在官(1等海佐)、海幕指揮通信情報部長(海将補)、海自呉地方総監(海将)などを歴任。大学院ではフォロワーシップ・リーダーシップ論、組織開発、危機管理を教える。

さたけ・ともひこ オーストラリア国立大学で博士課程(国際関係論)修了後、2010年防衛研究所入所、2015年より現職。専門はインド太平洋の安全保障と日豪関係。