私たちの「モヤモヤ」の行く先は? 「外国人」とどう向き合うか
ある日、近所に越してきた家族。見かけからして日本人ではなく、日本語も話せないらしい。ゴミ出しのルールを知らないようで、収集日ではない日にゴミを出していた。何とかしたいが、さあ、どうする?
日本、スペイン、韓国で取材したが、外国人が急増する地域の光景は似ていた。いずれも少子高齢化に悩み、働き手としての外国人が増えている。外国人の比率は、日本より欧州のほうがずっと高い。韓国は欧州ほどの比率ではないが、急激に人口減が進む。でも三つの国とも抱える悩みは似ていた。
外国人、移民とどう向き合うか。自分たちとは違う人たちとして避け、近づかない。あるいはすべて自分たちと同じようにしてもらう。それとも……?
この「第三の道」を探っている人たちがどこの国にもいた。知り合って、ルールを説明し、守ってもらう。でも彼らの文化も尊重する。困ったことがあれば相談にのって解決を探る。お茶会や季節のイベントで交流して互いのことを良く知る。手間暇がかかる。大変だ。
佐賀県の伊万里市は、2026年1月時点で外国人比率が1.8%と高くない。しかし15年には0.8%で、急増中だ。少子高齢化に悩むが、技能実習制度などで若い外国人が来ている。25年夏、ベトナム国籍の技能実習生が日本人の日本語講師を殺害する事件が起きた。背景はよくわかっていない。同市の「日本語教室いまり」の代表、中村章さんは「こんな時だからこそ交流が大事」と、教室を続け、ゆかた体験会やコンサート、もちつきなどのイベントを行っている。事件後には見知らぬ男性から「外国人を特別扱いするな」と突然電話があった。「私たちは外国人を特別扱いしているのではありません。もっとお互いを知ろう、楽しみながら困った時は助け合おうとしているだけ」と答えた。
中村さんは言う。「定住外国人には言語の壁、文化・制度の違いからの壁、心の壁があります。それらの壁をできるだけなくすことが出来れば、彼らにとって住みやすい地域になる。それはそこに住む日本人にとっても住みやすくなるはずです」
中村さんの他にも、伊万里市にはいろいろな立場から外国人と共に働き、交流している人たちがいる。
2024年に技能実習生として来日し、伊万里市の仕出屋「おもてなし料理はかせ」で働いているサンドラ・ベラ・パムンカスさん(22)、アニンダ・フィトラ・アイシャーさん(21)、ユリア・プリスティアインティさん(21)は「日本語教室いまり」に通っている。
同社の担当者、池田里美さんは「人手不足で、募集をかけてもなかなか集まらないので困っていました。彼女たちが初めての外国人雇用でした。仕出し料理製造の仕事をしてもらっていますが、とにかくまじめで一生懸命。本当に来てもらってよかったと思っています」と話す。
サンドラさんは「社長の弟さんが呉服屋さんをしているので成人式の時に振り袖を着せてもらいました。とてもうれしくて、良い経験でした」。アニータさんは「日本は食品の盛りつけなども気を配って、お弁当なども見た目がきれい。日本で勉強をして、インドネシアで食品関係のお店を作りたいです」。ユリアさんは「新しいことをしたくて日本に来ました。親戚と友達と一緒に東京ディズニーランドに行ったのが一番の思い出です。また行きたいです」
伊万里市の「社会医療法人謙仁会 山元記念病院」では、医療や介護の分野で深刻な人手不足が進むなか、1991年から外国籍医師の受け入れを始めた。現在では医師、看護師、介護職員として中国、フィリピン、スリランカ、ミャンマー出身の外国人スタッフ27人が活躍している。日本の看護師国家試験に合格したフィリピン人スタッフが2人、介護福祉士もスリランカ人が3人、合格している。同法人の山元謙太郎理事長は「人を助けるという医療・介護の根本的価値は、日本人も外国人も変わりません。今後は外国人の高齢者も増えていくため、ケアする側もされる側も国籍は関係ありません」という。
ただ、外国人を採用する際には、必ず現地まで行って面接をしている。「患者さんと密接に関わる仕事でもあり、どういう環境で育ったかを知ることが重要だと考え、必ず現地で面接を行い、家庭訪問もしています。ご家族の心配を解き、安心してもらうことがとても大切です」。外国人スタッフの地域との交流はとても重視している。「田植えや稲刈り体験、日本舞踊、地域のお祭りへの参加、中学校との交流もあります。外国人も普通に日本人と一緒だということを地域の方々に理解してもらうことが目的です」
同市に住む石丸利太さんは、企業を定年退職後、地域のコミュニティーセンターに勤務。コロナ禍で全ての行事が中止になったとき、地域に多い技能実習生とも交流したいと思い、野菜作りを始めた。休耕田を借り、農機具は寄贈してもらった。トマトやキュウリなどの他、実習生はインドネシア人が多かったので、辛い唐辛子もつくった。地元の人たちと実習生が一緒に作業し、収穫した野菜で一緒に食事会もした。「参加した地元の高齢の方たちは、自分たちの若い頃と実習生を重ねているようでした。豊かではなかったけれど、夢があって希望があって仲間がいて、と」。石丸さんのセンター勤務終了と共に野菜作りも終了したが、実習を終えて帰国したインドネシアの若者と今でもやりとりはあるという。
スペインのセビリアの団地で女性を支援する団体は、ナイジェリアからの移民女性が創設。周囲の地元女性にも声をかけ、移民と地元の人々が一緒に活動をしていた。韓国・ソウル市の外国人の多い中学校では、外国人生徒の割合が2割ほどの時、韓国人生徒の保護者から不安の声が最も寄せられたという。今では5割を超えたが、生徒たちは国籍に関係なく一緒に過ごし、不安も寄せられなくなった。
こういう生活に根ざした、普段からの日々の活動が、「何かこわい」といった、心の「モヤモヤ」を減らしていくのではないだろうか。そのモヤモヤが積もったままだと、ある日政治家が選挙などで争点にし、瞬く間に広がる。政治の仕事は本来、事実を伝え、モヤモヤを減らすのを促すこと。なのに、ヘイトやフェイクであおる政治家がいる。やるべきことと逆だ。しかも、票(参政権)を持たない外国人は、政治に声が届きにくい。
モヤモヤとどう向き合うか。日本がこの先持続可能であるためには、外国人の問題は避けて通れない。政策当事者の責任はもちろん大きいが、私たち自身の日々の暮らし方や選択でもある。