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「このまま日本に住む」定住する外国人が増えている 制度は「いつか帰国」を想定

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技能実習生だったチャン・ミーゴックさん(右)と斉藤実さん(49)の夫婦。福島県内の工場で知り合い、2020年10月に職場結婚した

10月末、千葉県内で、男の子の赤ちゃんが産まれた。体重3600グラムの元気な子。名前は仁くん。

「ベトナムにもジンって名前があるんです。夫も『いいな』と言ってくれて」

母親となったグエン・ミン・トゥーさん(26)が由来を教えてくれた。トゥーさんは2015年、技能実習生として来日。福島県の水産加工工場で働いた。日本語をもっと学びたいと思い、17年初夏に始めたのが海外のマッチングアプリ。そこで仁君のお父さんの澤口彰平さん(26)と知り合った。

幼い仁くんを抱くグエン・ミン・トゥーさん(右)と澤口彰平さん(本人提供)

東京に住んでいた澤口さんはIT企業で働くプログラマー。「知り合いができたらおもしろい」と、アプリをベトナム旅行に行く前の情報収集に使っていた。スマートフォンでやりとりするうちに、2人は1回2時間ほど話すようになった。

トゥーさんは澤口さんのことを「安心の人」だと思った。これまでの人生で、そう感じたのは澤口さんだけだった。「一回会いたい」と、お互いに言うようになった。

10月20日、JR上野駅で初対面。その足で東京・お台場へ行くと、浜辺を歩き、観覧車に乗った。一緒にいて居心地が良かった。それからは毎週のように交互に会いに行った。上野のアメ横でベトナム食材を買ったり、家でゆっくり過ごしたり。

澤口さんは「国籍が違っても何も変わらない。言葉の問題で、意思の疎通に困ることもない」と感じた。日本人だと、はっきり言わないこともあるが、トゥーさんは何でも話してくれた。気を遣わなくて済むところも、一緒にいて楽だと感じたところだと感じた。

約2カ月後の元旦、澤口さんは千葉の実家で、トゥーさんを家族に紹介した。そしてベトナムのトゥーさんの家族のもとへもあいさつに。トゥーさんの家族に、澤口さんは、昔から知っていたような、そんな感じを抱いた。

2人が1年前に出会った記念日の10月20日、東京のホテルで結婚式をあげた。翌年のお正月にはベトナムでも結婚式をあげた。トゥーさんの家に250人もの人が集まって祝福してくれた。

澤口彰平さんとグエン・ミン・トゥーさんのベトナムでの結婚式の様子(本人提供)

職場結婚もある。今年10月に結婚した福島県に住む斉藤実さん(49)とベトナムからの元技能実習生チャン・ミーゴックさん(32)だ。

ミーゴックさんは実習生仲間とともに2018年初夏、水産加工場での3年間の実習を終え、いったんベトナムに帰る予定だった。その直前、声をかけたのが斉藤さん。「車を出してあげる」と、イオンでの買い出しにつきあった。

ミーゴックさんは3カ月後、実習生として新たに2年間働くために日本に戻った。斉藤さんやほかの実習生たちと休日、日帰りで出かけるようになった。日本に初日の出を見る風習があると知ったミーゴックさんが、斉藤さんに言った。「見てみたい」

19年の元旦、初めて2人だけで出かけ、浜辺で初日の出を拝んだ。「きれいだった」。それから2人の休日が合えば、斉藤さんが車を運転し、仙台、日立、富士山、京都と2人だけで出かけた。ミーゴックさんはベトナムにいた頃から知っていた日本の景勝地に行ってみたかった。

2人の距離はどんどん縮まっていった。ミーゴックさんは「気が合った」、斉藤さんも「気が強いが、面倒見も良くてやさしい」と思っていた。週末はミーゴックさんがココナツ入りのカレーや香草の入ったベトナムのスープ、ゴーヤの肉詰めといった料理を持参し、実家で斉藤さんの母親も交えてご飯を食べた。

ミーゴックさんは20年秋、ベトナムに帰る予定だった。その春、斉藤さんは車のなかで切り出した。「結婚しよう」

コロナの影響で、二人はまだベトナムには行っていない。斉藤さんは「コロナが終わったら顔合わせをしにいきたい」と話す。

斉藤実さんとチャン・ミーゴックさんは、写真を見せながら思い出を見せてくれた=福島県内、藤崎麻里撮影

こうした結婚は以前から少しずつあった。18年前にインドネシア人の元実習生の男性と結婚した、三重県伊賀市の日本人女性もいる。女性は結婚後、ムスリムに改宗した。周囲にも数組、同じようなカップルがいるという。夫婦だからけんかをすることもある。でも、「それは国際結婚だから、とか、実習生だからとかではない。人と人の関係としてけんかもすれば、仲直りもする」と話す。

恋愛結婚だけではない。横浜市などに事務所を構える結婚相談所のファニーキープスでは、実習生の女性の登録が緩やかに増えているという。男性側は40~50代の日本人が多い。担当者は「日本人に比べ、地方に住むことにも、両親と同居することにもあまり抵抗がない人が多い」と外国人女性が好まれる理由を説明する。

■「いつかは帰国する」崩れる制度の想定

実は外国人労働者が帰国せず、「想定外」に長く住み続けている前例がある。30年前から増えたブラジルなどの日系人だ。当初は日本政府や企業、日系人の多くも数年で南米に戻ると考えていた。

ペルー人の新田ピラルさん(61)は1991年、日系人の夫を追い、11カ月の長女と来日した。当時、日本の工場の給与はリマの病院の医療事務の3倍。夫が2年だけ働き、実家の薬局を2店舗に増やすつもりだった。

日本に来たばかりの新田ピラルさん(左)と家族(本人提供)

気がつけば約4年が過ぎ、長男が日本で生まれた。ピラルさんも介護などの仕事をするように。「いつかペルーに戻って薬剤師として働きたい」と思っていた。でも、日本になじんだ子どもたちは「友達がいる日本に住みたい」と望んだ。永住権の取得後、ようやく10年前、「このまま日本に住む」と覚悟を決めた。すでに人生の半分を日本で過ごし、「一緒に支え合ってきた仲間がいる」。再びペルーの生活になじめるのかも不安だ。

「移民2世」の長女(30)は成長し、今は大阪に住んでいる。将来、子育てとの両立がしやすいと考え、語学講師の勉強を始めた。ピラルは孫の顔を見るのを楽しみにしている。

新田ピラルさん(左)と家族(本人提供)

法務省によると、ブラジルとペルーの国籍を持つ永住者は99年の9348人から19年には14万人以上に増えた。今後、こうした流れが加速する兆しもある。

政府は労働力の確保をめざし、17年に外国人技能実習生の受け入れ枠を拡大し、就労期間を最長3年から同5年に延ばした。さらに昨年4月には「人手不足の解消」を目的とした在留資格「特定技能」をつくり、単純労働の外国人労働者受け入れに舵を切った。介護など対象業種の大半は最長5年で、技能実習生から移り、通算10年働くことも可能になった。造船など一部業種では熟練者の就労期間の上限をなくし、家族の呼び寄せも要件を満たせば可能になる。

早稲田大学の樋口直人教授(国際社会学)は「人材獲得競争を背景に、東アジアでも一度入れた移民に、より長期の労働を認める流れが広がっている。人材育成のコストが抑えられる面もあり、日本でも短期受け入れ政策の見直しが進み、滞在が長くなる可能性が高い」と指摘する。