■外国人も無料の「国民高等学校」
夫婦がスウェーデンに渡ったのは13年前の2007年。北欧のデザインや手工芸を学ぶために留学するつもりだった。入ったのは、「Folkhögskola(フォルクヘーグスコーラ)」と呼ばれる、原則18歳以上向けの成人教育機関。直訳すると「国民高等学校」だ。1校目は1868年に設立された歴史ある施設で、現在は国内に150校ほどある。
高校を中退した人などが大学進学に必要な単位を取得することを主な目的としているが、このほかにも陶芸や彫刻といった芸術から、語学、メディア、宗教などを学べる多様なコースがあり、職業訓練校の顔も併せ持つ。外国人も受講可能で、憲威さんと直子さんは「移民のためのスウェーデン語」で語学を学び、手工芸やデザインのコースも履修した。
授業には中国人やロシア人のほか、アフリカからの難民もいた。全寮制で寮費や教科書代などはかかるが、授業料は無料。憲威さんは「誰に対しても学びの場を提供してくれるのがスウェーデンなのだと感じた」と言う。
2人は2年間ここで学んだ。当初はすぐに日本に帰る予定だったが、「語学も学んだのにもったいない」と、そのまま住むことを決意。09年に在留資格を事業用に切り替え、日本の雑貨や工芸品を売る店を首都ストックホルムで始めた。
■行政サービスも現地の人々と同じ
スウェーデンでは1年以上の滞在許可があれば、外国人でも「パーソナルナンバー」が取得できる。これは日本のマイナンバーに当たるものだが、日本とは比べものにならないくらい社会に浸透しているという。医療や福祉、教育などの行政サービスを受けたり、銀行口座を開設したりするためにも必要で、2人も留学開始時から取得した。
子育て支援も手厚い。直子さんは15年、長男の倫吾君(5)をストックホルムの病院で出産したが、出産までの検診は無料で、出産時の入院も「1泊1千円程度」と安く済んだ。また、子どもが生まれれば自治体が保育園の枠を確保してくれるため、日本のような待機児童の問題はないという。
直子さんは現在写真家や文筆家などとして生計を立てているが、「スウェーデンでは出産後に仕事を再開することが前提。親の負担を社会全体で分担するような感じで、そもそも子どもを持つ心理的ハードルが低い」と話す。
■近年スウェーデン社会には変化も…
憲威さんはスウェーデンの人々について、「外国人に疎外感を与えず、一人の人として接してくれる」と説明する。社会についても、「国籍や見た目の違いなどは関係なく受け入れてくれる。外国人への教育が充実しているのも、早く社会の一員として自立させるため」と考えている。
スウェーデンでは5年継続して住めば永住権の資格が得られる。2人は2012年に永住権を取得し、現在は家族3人でストックホルムから東に25キロほどの場所にあるインガローという村で暮らしている。
しかしそんなスウェーデンでも、中東シリアなどから多数の難民が押し寄せてきた15年の「難民危機」を機に、外国人受け入れに対する国民からの批判が表面化した。18年の総選挙では極右のポピュリスト政党として知られる「スウェーデン民主党」が躍進し、国内外に衝撃をもたらした。
それでも明知さん一家はこれからもスウェーデンに住み続けたい、という。憲威さんは「極右政党を支持している人は少なくとも近くにはいないし、近隣住民も家族と同様に付き合ってくれる。僕たちが言葉がわからない時も、周りの人が助けてくれるし、とにかく住みやすい」。憲威さんは手に職をつけようと、来春からIT(情報技術)を学ぶ大学に入学する準備を進めている。
5歳の倫吾君は日本語よりもスウェーデン語の方が得意。日本と違い受験戦争などはなく、自然豊かな教育環境で、のびのびと育てたいという。直子さんは「彼がスウェーデンでどんな風に育っていくか、しっかりと見守っていきたい」と成長を楽しみにしている。