リュックにスターリンク タイの山奥から世界とつながる 経済インフラ支えるITノマド
タイ北部の古都チェンマイ。
山に囲まれたこの街で、世界各地のビジネスを遠隔で支えるIT系のデジタルノマドに出会った。
その一人が、オランダ出身のプログラマー兼起業家、ジム・バン・デルフォールトさん(28)だ。
私が、どこへ行くにも必ず持ち運ぶものを尋ねると、リュックから真っ先に出てきたのが、ノートパソコンほどのサイズの白い物体だった。
衛星「スターリンク」の機器だ。
「どこで決済トラブルが起きても、すぐ対応できるように」とジムさんは語った。
「デジタルノマド」でネット検索すると、南国リゾートの浜辺でパソコンを開くようなイメージ画像が出てくる。だが、そのイメージは、現地に来てすぐ崩れた。
私が滞在した施設「Alt_PingRiver」には、約40席のコワーキングスペースがある。みんながそれぞれ使える作業部屋だ。
午前9時、利用者はわずか2人だった。
ところが午後1時になると、15人に増えた。夕方にもなると、ほぼ満席だ。
欧米出身者の始動は遅い。午前中をゆっくり過ごし、午後から深夜にかけて働く人が多い。クライアントや同僚との時差が5〜12時間あるからだという。
背筋を伸ばし、モニターを目線の高さに合わせ、黙々とプログラミングコードを書く姿が目立つ。
滞在者同士がワークショップを開いたり、外部から講師を招いたりして、スキルを高め合う。
リゾート気分はない。
コリビング施設の宿泊者の利用は無料。
宿泊者ではない、外部からの利用者も少なくなく、1日320バーツ(約1600円)。長期契約になるほど割引が大きいため、1カ月(4000バーツ=約2万円)や3カ月(1万バーツ=約5万円)単位で契約している人が多い。
決して安くはない。それでもここに来る。「遊びの場所」と「仕事の場所」を切り替えるためだ。
デジタルノマドを象徴する言葉に「ロケーション・インディペンデント」がある。特定の場所に縛られずに生きる、という趣旨で使われている。
だが、それは憧れだけで成り立たない。
必要なのは、どこへでも持ち運べて、生活費を稼げるスキルだ。
多くが貯金を切り崩しながら旅を続けるバックパッカーとは、決定的に違う点だろう。
私は今回のアジア取材で50人以上に出会ったが、最大勢力はIT系のスキルを持つ人たちだった。
象徴的な2人を今回は紹介したい。
それが記事の冒頭にも登場した、スターリンクをリュックに入れているジムさんだ。
コワーキングスペースで取材対象者を見つけたいが、黙々と働いているので、とても声を掛けられる様子ではない。私は、しばらく待っていた。
そこで、彼が席を外し、芝生のビーンバッグに寝転んだのだ。よく夜遅くまで仕事に没頭している人だ。声を掛けると、インタビュー依頼を喜んでくれた。
「大学は2回とも、3カ月でやめた。でも学ぶことは好きだった」
親は「学校の勉強が合わないなら、何かキャリアを重ねていける仕事を見つけたらどうだ」と背中を押してくれた。少しずつスキルを積み上げていける分野という趣旨だ。
12歳の頃から独学でプログラミングを始めていた。
初期の作品は、きょうだいをからかうためにCDドライブを勝手に開閉させるコードだったという。当時を思い出しているのだろう、ジムさんは楽しそうに振り返った。
最初は遊びの延長で積み上げたスキルが、19歳で「仕事」になった。
大学を中退後、2社で約4年働いた。
コロナ禍を機にフリーランスに転じ、アムステルダムのコワーキングスペースで腕を磨いた。
得意分野は「決済インフラの安定化」という。
私には、いったい、どんな仕事内容なのか想像すらできない。彼がかみくだいて説明してくれた。
スーパーで客が支払いをすると、ポイントが付く。
その処理が大量に発生してもシステムが落ちないようにする。
仮にシステムが止まっても、すべてのログを残す。
日本でも当たり前になったようなサービスだが、そんな技術をチェンマイ滞在の彼が担っているという。
こうしたフリーランスとしての仕事に加えて、同時に、起業の初期段階にもある。IPアドレスを安定的に保つ技術を開発しているという。
「フリーランスとして時給で稼いでいるが、それは、自分の時間を貸し出しているようなものでもある。そろそろ、次のステップが必要だ。自分の事業を育てることは、そこから前進する第一歩となるんだ」
デジタルノマドになる転機が訪れたのは2023年だった。
ウクライナ戦争が始まった後、欧州のエネルギー費が上がった。家賃の高さには元々ウンザリしていたが、これを機に欧州を出た。
長い旅に出ている友人にも刺激されていた。
「20歳から25歳ごろにかけて私のキャリアは大きく成長していたけれど、仕事ばかりに時間を費やしたくない、人生をもっと楽しみたい、と思うようになったんだ」
以来、各地で知り合った友人から、エジプトではカイトサーフィンを、南アフリカではクライミングを教えてもらい、遊び方を学んだ。
「まるで第2の人生が始まったようだった」
そう振り返るように、仕事のやり方も劇的に変わったという。
例えば、エジプトでは仕事を午後3時で切り上げる。風が強くなる夕方は、遊ぶための時間だ。
仕事は、仲間と遊ぶための資金の獲得手段に変わった。
必須の所持品は少ない。
旅券、クレジットカード、ノートパソコン、折りたたみモニター、キーボード、電子書籍リーダー。
そして、スターリンク。
「高価な物を持つと、失う恐怖が増える」
最新型スマホを壊した経験から、所有を減らす生き方に行き着いた。
必要最小限の装備で移動し、必要な時に集中して働く。
インタビューの2日後、私の目の前でジムはオフロードバイクにまたがり、「じゃあね」と言って、さらに山奥へ向かった。
今回の記事で紹介するもう1人は、フランス出身の起業家ティボーさん(36)。
2025年12月上旬、深夜のコワーキングスペースで、クリスマス前の繁忙期に備えていた。
顧客はパリのチョコレート職人(アルチザン)。高級店舗が5つある。
実店舗とオンラインの在庫、顧客情報を一元管理するシステムを構築した。
「一番忙しい時期にこそ、システムの価値が分かる」
さきほどのジムさんとそっくりで、自分の腕を試すのが楽しくて仕方ないという表情で仕事の話をする。なんだか、うらやましくなる。
システム開発には5カ月ほどを要した。
この「職人向けサービス」の導入を、チーズやワインなどの職人に呼びかける計画だ。
メンテナンスも含めて月額500ユーロほどのサブスクリプション制にして、月に数千ユーロの安定収入が入ってくる態勢を整える。当面の目標だ。
ティボーさんは、この安定収入を「お金のマットレス(mattress of money)」と呼んだ。
「これが手にできれば、貯金を崩すことなく旅を続け、時間を要する、自分が本当にやりたい大きなプロジェクトに挑戦したい」
ティボーさんは30歳で気づいたという。
スタートアップ界隈にある「まやかし(ブルシット、Bullshit)」に。
友人は会社を巨額で売却したが、手元に残った株は2%。
「会社は育ったのに、友人は城主ではなくなっていたんだ」
「だったら、小さな会社でも、100%株を持ち、誰にも指図されず、好きな場所で働ける方が幸せじゃないか」
以来、自己資金だけで事業を育てる道を選んだ。
彼は、ほかにも複数のビジネス構想を語ってくれた。
いずれも、旅や生活の中で感じた「不便」を解決するためのアイデアで、「重要なのは構想を(単にしゃべるだけでなく)実行に移すことだ」と強調した。
自分に言い聞かせているかのようだった。
ノマド生活は5年目。
46カ国を回り、うち1ヶ月以上滞在したのは18ヶ国という。
ジムさんの決済インフラ。ティボーさんの在庫管理システム。
現代社会のビジネスを下支えする技術が、山に囲まれたチェンマイから世界へ伸びている。
次回も、チェンマイで出会ったIT系ノマドを紹介する。