そもそも関税とは? 御厨邦雄・世界税関機構(WCO)前事務総局長がひもとく歴史
WCOは第2次世界大戦後の1952年、貿易を支える税関手続きの国際協調を目的に設立された。187カ国・地域が加盟する。
関税は古代の通行料や取引手数料から始まったとされる。WCOには、エジプト税関から贈られた象形文字で税関について記された石碑の拓本がある。「現存する最古の関税率表は2世紀のローマ帝国のものとされていますが、それより古い、と誇らしげでした」。たしかに、都市や国家が成立すれば運営に財源が必要になる。「内側に住む人々からよりも、よそ者が入って来る時にお金を徴収する方が簡単ですので、関税は古くから財政収入として大きな役割を果たしてきました」。関税はウチとソトを隔てる象徴でもある。
ドイツ観光で人気のライン川下りの時に見える古城も、元税関の建物が少なくない。「中世には川を行く船が領土を越えるたびに、お金を徴収していたそうです」。19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したフランスの画家、アンリ・ルソーはパリ入市税関の職員。「市の外壁の門の前に立ち、税を徴収していた。商品を町に入れるにはお金を支払う必要があった時代です」
現代の国家が成立する以前、地域や都市ごとに課税された時代から、しだいに国境で課税される時代へ。領土と表裏一体の関税は紛争の種となってきた。「18世紀にイングランドとスコットランドが統合したとき、イングランド側は応じないと国境に税関をたてて自国や植民地の市場にアクセスさせないと脅かしました。20世紀初頭にオーストリア・ハンガリー帝国がセルビアの主要輸出品だったブタを国境税関で止めた貿易紛争は、第1次世界大戦の遠因とも言われています」
現代においても、関税は主権の象徴として生々しい。「90年にユーゴスラビアからの独立を求めてデモ行進したスロベニアの人々は、スローガンとして『国境がほしい、税関がほしい』と叫んでいたそうです」
米国の連邦政府の歴史も「関税」から始まった。米国が英国から独立した当時、大半の連邦税収は関税だ。「米国各地で歴史ある立派な建物といえば、税関です。経済的独立の象徴でもありました」。後に戦争にまでつながった南北の対立は、黒人奴隷制度の問題だけではない。関税にも及んでいた。「北部は工業を育てようとしていた。競争力を誇る英国の機械製品などが入ってこないように関税を高くして自国の産業を守りたがった。これに対して、南部は農業州。英国に向けて主に綿花を輸出するために自由貿易を主張した」。北部が勝利を収めた結果、関税は引き上げられた。工業化を軸として成長し、のちに経済大国となる基盤となったとされる。
「日本の近代の税関の歴史も、国家の主権と一体です」。米国からのペリー来航で開国を迫られた江戸幕府は1858年、日米修好通商条約を締結。横浜などを開港した。「税関は当初、運上所と呼ばれていました。もともと年貢などを領主に納める意味で使われていた言葉です」。この条約は、日本単独では関税率を決められない不平等な内容。英国など列強各国とも似た条約を結ばざるを得なかった。「関税自主権の回復は、明治維新後の日本政府にとって大きな目標となりました」。1911年に回復にこぎつけた外相小村寿太郎の名前を、日本史の授業で学んだ人は多いはずだ。
「国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんが言っていました。50年代、留学先の米国から日本に帰国する時、船から横浜税関の塔が見えると『日本に戻ってきたなあと実感した』と」。当時は横浜税関の建物の威容が抜きんでていたからだ。「今は、横浜を含めて、どこの税関もむしろ低いビルです。貿易、そして経済が発展すると、国内の徴税制度が整い、関税収入に頼らなくてもよくなる。ビルの谷間に埋もれるように立つ税関は、その象徴でもあるのです」
御厨邦雄(みくりや・くにお)
1954年生まれ。76年大蔵省(現財務省)入省。フランス留学、主計局、関税局などを経て、世界関税機構(WCO)事務総局長。アジア地域から初のトップとして2023年末まで15年間、務めた。著書に『世界税関紀行』(日本関税協会)。
1776年 米国独立を宣言
1789年 米国、関税法制定。連邦政府収入の主力に
1842年 清(中国)、英国とのアヘン戦争に敗れ、広州など開港。関税自主権喪失へ
1858年 日米修好通商条約締結。日本、関税自主権喪失
1865年 米国、南北戦争終結。北軍勝利。国内産業保護のため関税引き上げ
1868年 日本、明治維新
1914年 第1次世界大戦(~18年)
1929年 世界恐慌。国内産業保護のため各国が関税引き上げ
1939年 第2次世界大戦(~45年)
1948年 関税貿易一般協定(GATT)発効。貿易自由化を目指す
1952年 西独(当時)・仏など6カ国で欧州石炭鉄鋼共同体(相互に石炭、鉄鋼の関税撤廃)設立
1993年 欧州連合(EU)発足
1994年 GATTウルグアイラウンド最終合意。農業団体が反対するも、日本、コメ市場一部開放へ
1995年 世界貿易機関(WTO)設立
2001年 中国、江沢民政権下でWTO加盟
2015年 日米豪などの環太平洋経済連携協定(TPP)が大筋合意
2017年 米第1次トランプ政権(~21年)、TPP交渉離脱
2018年 CPTPP(米抜きTPP)、11カ国署名。米、対中追加関税
2020年 地域的包括的経済連携(RCEP)、日中韓とASEANなどで署名
2025年 米第2次トランプ政権、各国に追加関税