1. HOME
  2. World Now
  3. IPEFって何?高インフレでも「TPPに復帰」と言えないアメリカの苦しい事情【後編】

IPEFって何?高インフレでも「TPPに復帰」と言えないアメリカの苦しい事情【後編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

中川 バイデン大統領の訪日に合わせて、日米豪印の4カ国のQUAD首脳会合が開催されました。パックン、今回のQUADをどう見ていますか。インドの立ち位置が難しいですね。

パックン QUADは、もはや「準・安全保障枠組み」と言っていいと思います。まだ軍事同盟でもないし、そこまで固まったものでもないですけど、そっちの方向に動き出しただけでも功績だと思います。

そして、そこにインドがメンバーとして入っている。インドに対して、「こっちの仲間ですよね」っていう意思確認だけでもすごく重要だし、今回しっかりそれが続いていることを見せることができて正解だったと思うし、成功と見ていいと思います。

ただ、バイデン大統領の台湾発言はインドを困らせているようです。インドにとって中国は、非常に神経質にならざるを得ない隣国です。その中国を挑発しなくてもいいんじゃないかという、そういう見方もあります。

僕、インドのニュースも結構チェックするんですよ。中国の時事を詳しく報じるインドの報道機関が英語で報じてくれるからすごく便利なんですよ。アメリカよりも中国に敏感なインドの報道機関なんですが、バイデン大統領の台湾発言には怒っていましたね。

僕はその見方が正しいとは思わないけど、インドがQUADの仲間であることを少し意識して、アメリカも言動を考えるべきだなと思いました。

バイデン大統領の台湾発言、僕はそんなに反対じゃないんですよ。大統領本人が「戦う意思があるよ」と言うことは抑止力になるんじゃないかなと僕は思うんですけど、インドがそれを挑発だと思って怒っているなら、少なくとも、インドの立場や自国の事情、国益などを考えて、発言する場所を選んだ方が良かったかもしれないと思います。

そういう発言をするなら、QUADの会議の直前じゃない方がよかった。逆に言えば、あの会見で質問した記者のタイミングが絶妙だったということですね。

中川 インドが加わるQUADが関係する場では、日本も含めて、中国をいたずらに刺激しないことにより一層配慮しないと、せっかく二極化に向かおうとする世界の鍵を握るインドをつなぎとめている枠組みなのに、それが崩れかねないと思います。

この点、QUADの共同声明では、ロシアと中国両国は出てきませんでした。そのことを一部メディアで問題視する指摘もあったと思うんですが、やっぱりインドをつなぎとめておくことが重要です。

岸田総理は記者会見で、インドも参加する形でウクライナでの悲惨な紛争について「懸念を表明した」と言っていました。日本語的にはギリギリのラインだと思いますが、この辺は外交のあやだし、こういうことをちゃんと記者会見でも言って、一方で、共同声明は「ウクライナでの悲劇的な紛争が激しさを増す中、我々は揺るがない」と宣言しました。ロシアの国名は出てきませんが、そういうところでつなぎとめておくということかなと思いました。

パックン 僕もそう思いますね、QUADの各首脳の開催のあいさつでは、アメリカと日本はロシアを名指しで批判しましたが、オーストラリアもインドも触れませんでした。

中川 なるほど。バイデン大統領はロシアを厳しく批判していましたね。

パックン QUADの中で、ロシアに対する温度差があってもいいという「寛容さ」も重要だと思います。名指しでロシアを批判する側としない側、両方いてもいいという少しおおらかな枠組みであることは今回見ていて分かりました。

それでもいいと思うんです。まだ出だしですから。インドは、人口で中国に僅差で迫る世界2番目の大国です。中国の隣国を仲間に引き入れて中国を牽制するという狙いは最優先事項なので、インドを引き留めるためにいろんな妥協をしなきゃいけない、現実的な外交だったと思うんです。

中川 QUADをきっかけに、これからASEANと太平洋島しょ国にこの連携を進めていくという趣旨のことを岸田首相も言っていますが、それはそれで一つの戦略だと思うんです。しかし、ここまで名指しはしないできた中国を事実上包囲していくことは、日本のこれからの安全保障とリンクしていて、日本が、中国とどこまで本気で対峙するのか、安全保障をどこまでやるのかも含めて議論しないといけないと思います。

それなしでは、二極化を逆にどんどんあおっていく懸念もあります。私はむしろ、日本がもっとアジアで壁を作らないようにしていくことも大事な一つの論点だと思います。パックンが前編で指摘したように、アメリカと違った日本らしさがどこにあるのか考えなければいけないと思います。

パックン 圧力鍋と一緒で、中国は閉じ込めすぎると、逃げ場がないから爆発するかもしれません。どこかに発散できるところを残すと圧力を逃せて健全かなという見方はあると思います。おっしゃる通り、包囲網を固めすぎないというのが大事かもしれません。でも、中国はソロモン諸島とかフィジーとか、サモアとか10カ国の太平洋諸国と安全保障の合意を求めていましたね。

中川 王毅外相は、今回、合意取り付けに失敗しました。

パックン もしかしたら裏でアメリカや日本の働きかけがあったかもしれないですが、僕は、中国が太平洋諸国との合意に失敗したことは朗報だなと思いました。中国が、QUADの動きを脅威として感じているのは間違いありません。

アメリカとその同盟国がせっかく列島の前線を作って包囲網を作っているのに、その側面や裏に位置する島に中国が基地を確保したら、それはやっぱり我々にとっての脅威レベルが一気に上がると思うんですよ。第1防衛線、第2防衛線が破られたことになるんですから。中国の作戦がまだ成功していないことは朗報だと思うんです。

中国は今、一帯一路政策も含めて、お金の力を持って、あちこちの国と友好関係を作ろうとしています。そしてそれを同盟関係や軍事連携に転じさせようとするのは、アメリカも日本もやっていることなんで、どうぞ頑張っていただきたいんですけど、我々もそれを真っ向勝負じゃなくてもいいから、「こっち側の方がいいよ」というメリットを各国に見せるべきだと思うんです。

難しいのは、前からこの対談でも話している、民主主義制度と専制主義制度の対立です。専制主義の方がやりやすい政府にとっては、中国側に付いた方が得だと判断されれば一気にあっち側の国の数が増える可能性はあるんですね。その辺は難しいですよ。

インド太平洋経済枠組み(IPEF)の発足会合の冒頭、記念撮影に臨む(左から)岸田文雄首相、バイデン米大統領、インドのモディ首相=2022年5月23日、東京都港区、代表撮影

中川 バイデン大統領の訪日に際してIPEF(インド太平洋経済枠組み)が新たに立ち上げられました。もともとパックンとこの対談シリーズでTPP(環太平洋経済連携協定)とかRCEP(地域的包括的経済連携)はよく話してきました。

今回のIPEFは何が違うのかといえば、参加国は現在13カ国。TPPが、アメリカが抜けているから11カ国。RCEPはアメリカもそもそもメンバーじゃないですが15カ国です。それで世界の総生産GDPに占める割合は、IPEFは4割。TPPが1割、RCEPは3割です。しかし、IPEFでは関税は扱いません。

今回も岸田首相はアメリカに改めて「TPPよろしく」と伝えたと聞きますが、パックン、やはり今のバイデン政権ではTPP復帰は無理なのでしょうか。

パックン はい。TPPの「T」も考えていないと思うんですよ。もちろん「貿易」は考えていますが。

IPEFをなぜやるのかというと、条約ベースの枠組みじゃないからです。議会が批准しなくていいわけです。大統領が勝手に組めるわけです。今、アメリカの上院議院は50対50の議席で与野党が二分されているし、今秋の中間選挙でおそらく共和党が支配権を握るんです。だから急いで条約を作ろうとしても批准はできないでしょうし、だったら批准のいらない漠然とした枠組みを作ろうよということです。できるところから連携を組もうよ、と。

目指している目標が低いと言ってもいいし、現実的といってもいいかもしれませんが、たぶんそれが正解だと思うんですよ。

TPPに再加盟しますとなっても、また2年後に(大統領の交代で)離脱する可能性は十分あるし、そもそも議会で批准されないはずです。僕は、この点はアメリカの民主党の政治力のなさを物語っていると思います。「貿易はアメリカ国民のためになるものです」「関税はアメリカ国民のためにならないものです」という、経済学の「ド基本」をちゃんと国民に伝えられていないのが、すごくもったいないです。

アメリカで民主党の下院議員候補を支持する炭鉱労働者たち=2018年3月、ペンシルベニア州グリーン郡、朝日新聞社

今アメリカのインフレ率は年率8%を超えてとても高いです。インフレを下げる最も有効な手段の一つは関税撤廃です。輸入品に対する税金は誰が払っているのかというと、消費者です。アメリカの消費者が輸入品を買うために余計にお金をかけているわけですよ。

ある調査だと、この関税のせいで平均的なアメリカの家庭は年間1000ドルもの税金を納めなきゃいけないことになっているんですよね。これは消費税と一緒で、非累進課税なので、貧困層こそがつらいんです。だからインフレで苦しんでいる家庭の救済策としても関税撤廃が有効だという見方があります。

でも、なぜできないのかというと、そもそも労働組合を抱える民主党はあまり関税撤廃をしたくない。海外の工場移転で自国の労働者が損しているとか、雇用を奪われているという見方が多いです。僕はこれ、うそだと思っていますが。でも、組合に入っている多くの労働者はそう考えるから、民主党はかつては関税撤廃に反対だったんです。

それを変えたのは、クリントン大統領。1994年のNAFTA(北米自由貿易協定)、そしてオバマ大統領のTPPです。民主党大統領が一生懸命説得して、伝統的な民主党のスタンスを変えたんです。

でも労働者はそれを見て何をしたかというと、トランプの共和党に走ったんです。だから、もともと労働者の支持を取り戻したい民主党も関税撤廃に乗れないし、今の共和党もやらないんです。トランプが、大きな存在として残っているからです。関税撤廃は、まとまった政治力を持った団体はどこも求めていないんです。

中川 パックン、そのロジックは分かりますけど、一方で、バイデン大統領が、この秋の中間選挙で勝利しようとするなら、インフレ率を下げることが大事ですよね。そのためには関税撤廃が重要。でも、もはやバイデン政権では、議会の構成上、不可能になっているわけですね。出口が見つからないですね。

パックン そうなんです。バイデン大統領は、就任してすぐに関税を下げれば良かったんです。2021年1月に関税を下げていれば、今頃はインフレが少し落ち着いていたはずなんです。

中川 TPPに復帰することではなくて?

パックン 「TPPに復帰します」と言ったらアメリカではアウトなんです。中国に対する関税撤廃というのもアウトなんです。コロナの救済策として税率を下げるという逃げ方はできたと思うので、やらなかったのはもったいないですね。この先は絶対難しいです。でも、バイデン大統領はそもそも伝統的な民主党政治家で労働者に近い政策をしてきたので、関税撤廃にはそんなに興味がないかもしれない。本当は経済学的に間違っているとしても、アメリカの労働者を守りたいタイプの政治家です。

インド太平洋経済枠組み(IPEF)の発足会合に臨む各国首脳=2022年5月23日、東京都港区、代表撮影

中川 なるほど。じゃあ何のためにバイデン大統領はIPEFを打ち出したのでしょうか。

パックン 経済的な連携のためです。関税撤廃ではなく、基準を合わせるとか知的財産を守るとか、そういうルールなどの連携で、経済関係性を高めて、友好国や仲間の国を増やすねらいだと思います。

でも関税を撤廃しないから、他の国にすれば、「参加するメリットはどこにあるんだ?」と思っているでしょう。アメリカは、アメリカの事情に合わせてねって頼んでいますが、その見返りがないのなら、ほかの国々が動かないのは当然じゃないですか。

中川 でも日本は、ここでアメリカを助けることができるのではないですか。例えば脱炭素やエネルギーの分野で、ASEANへの人材育成とか技術供与とか、アメリカと一緒にやって行くというふうになれば、そこはwin-winの関係です。

パックン 日本がわざわざアメリカの関税を守る必要はないんです。ASEAN、TPP参加国もそうですが、関税のない自由貿易を楽しみながら、日本の経済連携を武器に、IPEFの見返り的な側面を強めることができるはずです。相手国にとっての参加の動機を高めることができるんですよ。アメリカが日本のお世話になるところだと思います。これも広い意味での日米同盟です。

中川 なるほど。パックン、今回は前編、後編で、日米関係をたっぷり話しましたけど、昨日(5月30日)は大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手が2打席連続でホームランを打ちました。印象的だったのは、大谷選手にアメリカ人たちが、本当に熱狂してること。今日、日米関係のいろんな課題も話しましたが、日米関係は実は今とても良好なのかなと思いました。

やっぱり、人と人の交流も大事ですよね。コロナ禍で2年間、日本からアメリカへの留学生も、アメリカから日本への観光客も減っていますが、この機会にもう一度、日米交流を再活性化させたいですね。日本人がもう少しアメリカのことを知る必要があると思います。いろいろ課題はあっても、最後は人だから。今日、私とパックンが、こうやって話していることも大事な日米関係の交流だと信じています。

パックン うん、うん。間違いないですよ。僕は日本人がアメリカにがっかりすることは本当にいっぱいあると思うんです。イラク戦争も、アフガニスタン戦争もそう。トランプ氏の大統領就任もそうだし、TPPや気候変動対策の京都議定書を作っては離脱するし、イラン核合意を日本の協力を得て作っては離脱するし、日本が守っているWTOも離脱しようとするし、日本が大事にしようとしている国連の弱体化を図ったりするし――。

いろんなところで日本人ががっかりしても当然ですよ。でも結局、太平洋を挟んで一番仲の良い関係だと思うし、中川さんがおっしゃる通り、個人個人の活動で二国間関係がさらにいい方向に動いて、その絆がより強まると思います。

アメリカで活躍する大谷翔平もいれば、日本で活躍するパトリック・ハーランもいる! その上、読者一人一人が「プチ大谷」気分でアメリカとか、世界のみなさんとやり取りをして、日本の素晴らしさをアピールして仲間を増やしていってほしいなあと思います。

(注)この対談は、5月31日にオンライン形式で実施しました。対談写真はいずれも上溝恭香撮影。