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それは島国の法学教室から始まった 気候変動対策は「国の義務」、判断導いた若者たち 

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気候変動に関する勧告的意見を出した国際司法裁判所(ICJ)
気候変動に関する勧告的意見を出した国際司法裁判所(ICJ)=ICJ提供

各国政府には、気候変動対策を取る義務がある――。国連の主な司法機関のひとつ、国際司法裁判所(ICJ)が昨夏、気候変動対策について画期的な判断を下した。そのきっかけをつくったのは、太平洋の島国の若者たちだった。

南太平洋に浮かぶ人口32万の島国バヌアツ。昨年12月、首都ポートビラの丘にある南太平洋大学のキャンパスは、赤いホウオウボクの花に彩られていた。

国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を主導した学生たちが学んだ南太平洋大学のエマルス・キャンパス
国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を主導した学生たちが学んだ南太平洋大学のエマルス・キャンパス=2025年12月18日、バヌアツ・ポートビラ、香取啓介撮影

「運動のすべては2019年、ここの法学教室から始まりました」。政府のアンヌ・ソフィー・ビビエ法律顧問が、豪州から研修に来た大学生に講義をしていた。

「気候変動対策に最も効果がある法的な方法は?」

法学部の国際環境法の講師が19年、こんな「自由参加の課外演習」を出した。ソロモン諸島、トンガ、フィジーなど南太平洋の各地から集まっていた学生ら27人が、議論の末にたどり着いたのが、国際法で最も権威のあるICJに「勧告的意見」を求めることだった。

南太平洋大学のエマルス・キャンパスで、豪州から研修に来た学生向けにICJの勧告的意見の経緯や意義を話す政府法律顧問、アンヌ・ソフィー・ビビエさ
南太平洋大学のエマルス・キャンパスで、豪州から研修に来た学生向けにICJの勧告的意見の経緯や意義を話す政府法律顧問、アンヌ・ソフィー・ビビエさん=2025年12月18日、香取啓介撮影

ICJは国連の主要な司法機関で、国境紛争といった国家間の訴訟などを扱う。勧告的意見は、国連などの国際組織の求めに応じて出す司法判断だ。

各国指導者へ手紙

若者たちは「気候変動と闘う太平洋諸島の学生たち(PISFCC)」という団体を結成。太平洋諸島フォーラム(太平洋の18カ国・地域で構成)加盟国の指導者たちに行動を求める手紙を送った。

バヌアツのラルフ・レゲンバヌ気候変動相はこのとき、外相だったが「あり得ない。望み薄だ」と思った。

1992年に国連気候変動枠組み条約ができ、世界で温暖化対策に取り組むことになった。毎年のように締約国会議(COP)が開かれ、2015年にはすべての国が温室効果ガスの削減目標をつくって、実行する「パリ協定」が採択された。しかし、化石燃料の消費は減らない。産業革命前からの気温上昇は、パリ協定で「抑える努力をする」と決めた1.5度に迫り、途上国に資金を支援する約束の実行も遅れている。

レゲンバヌ氏は「30年以上も国際交渉に関わってきたが、対策に実際の進展が見られない。パリ協定にもとづく各国の自主的目標に代わる道が、法的に国家の義務を問うことだ」と考え直し、政府として動き始めた。

ICJの勧告的意見で中心的な役割を果たしたバヌアツのラルフ・レゲンバヌ気候変動相
ICJの勧告的意見で中心的な役割を果たしたバヌアツのラルフ・レゲンバヌ気候変動相==2025年12月17日、バヌアツ・ポートビラ、香取啓介撮影

ICJの勧告的意見を求めるには、国連総会で過半数の賛成が必要。政府に加え、若者たちもCOPの会合で支持を訴え、他国の若者たちとも連携した。やがてカリブ海やアフリカにも賛同は広がった。18カ国でコアグループを作り、ICJへの質問を練り上げた。

〈質問1〉国家は、人為的な温室効果ガスの排出から気候や環境を守るために、どのような国際法上の義務を負うのか?

〈質問2〉これらの義務に違反し、気候や環境に対して重大な損害を与えた国家は、法的にどんな結果を負うのか?

運動は実り、2023年3月、国連総会でICJに勧告的意見を求める決議が全会一致で採択された。共同提案国は130カ国以上になった。

2024年12月、オランダ・ハーグのICJであった口頭審理には、96カ国と11の国際機関の代表が参加した。ステンドグラスから光が漏れる荘厳な法廷で、ソロモン諸島出身でPISFCCのシンシア・フニウヒ代表も訴えた。

「パリ協定が結ばれた時、世界の若者は希望の手段だと考えました。いまや、COPのプロセス全体が大規模排出国と化石燃料生産国に乗っ取られました」

「ICJの裁判官は、我々が道を改め、人類最大の課題に立ち向かう希望を取り戻す手助けができるはずです」

国際司法裁判所(ICJ)のヒアリングで訴えるPISFCC代表、シンシア・フニウヒさん(右前)
国際司法裁判所(ICJ)のヒアリングで訴えるPISFCC代表、シンシア・フニウヒさん(右前)==2024年12月2日、ICJ提供

 一方、日本や米国、中国、ロシア、英国などは「国家は気候変動枠組み条約とパリ協定で合意した(自主的目標などの)義務しか負わない」と主張した。

そして、ICJで昨年7月23日、15人の裁判官を代表して、岩沢雄司所長が勧告的意見を読み上げた。

「気候システムを保護するための適切な行動を国が取らないことは、国際的に違法な行為となり得る」

国際法上でこの日初めて、国家には気候変動対策を取る義務があると認めた。島国の主張に沿った内容だった。

温暖化のしわ寄せは、将来の世代や貧しい人たち、先住民、女性など弱い立場の人々に向かう。勧告的意見は、そんな不公平をただす「気候正義」の実現に向けた新たな指針になった。

レゲンバヌ氏は「学生たちの熱意と後押しがなければ成し遂げられなかった」と振り返る。

毎朝、浜辺を「かさ上げ」

すでに気候危機は島国を容赦なく襲っている。

バヌアツの離島エマオ島の漁師、ジェフリー・ダニエルズさん(50)が、朝起きてまず向かうのは、目と鼻の先の浜辺だ。温暖化による海面上昇を心配して、肥料袋いっぱいに砂を詰めては、自宅のまわりに積み上げる。土地を少しでもかさ上げするためだ。

バヌアツの離島エマオ島のマローに住むジフリー・ダニエルズさん。海面上昇と海岸浸食により200人の集落全体の移転を検討している
バヌアツの離島エマオ島のマローに住むジフリー・ダニエルズさん。海面上昇と海岸浸食により200人の集落全体の移転を検討している=2025年12月、香取啓介撮影

大潮のとき、海水は台所まで入り込み、サイクロンが来れば5メートル以上の高波と強風で家が吹き飛ばされる。港近くの砂州にある200人が住む集落ごと、内陸へ移住が進む。

ダニエルズさんは「砂を積み上げても無駄なのは分かっている。でも、できるかぎり海面上昇に抵抗したい」と話した。温室効果ガスをほとんど出さない自分たちにできることはこれぐらいしかないのだと。

ICJの勧告的意見に法的拘束力はないが、国際法上、最も権威ある解釈として、各国の気候変動政策や訴訟に影響を与えている。南アフリカやオランダなどで訴訟に生かそうという動きがある。メキシコは昨年11月に国連に出した温暖化対策の目標でふれている。

「我々が勝ち取ったのは、自らの未来を決める権利だ」。そう話すレゲンバヌ氏らは今、勧告的意見を承認する新たな国連総会決議の採択を目指している。