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消えたフィジーのUSAID太平洋事務所構想 「対中国」で、トランプ政権は別の一手

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USAIDの太平洋島嶼国の統括オフィスが入居する予定だったビル。トランプ政権の政策転換により、移転の契約はキャンセルになった
USAIDの太平洋島嶼国の統括オフィスが入居する予定だったビル。トランプ政権の政策転換により、移転の契約はキャンセルになった=2025年8月25日、フィジー・スバ、奥寺淳撮影

小さな島々が点在し、小国の多い太平洋地域。近年は中国が様々な支援を通じて、存在感を強めています。これに対抗する形で、アメリカが援助を強化する動きを見せていましたが、トランプ政権になって、状況が一変。島国の「ハブ」であるフィジーを訪ねると、アメリカが援助から手を引いた影響が色濃く出ていました。

太平洋の島国、フィジーの首都スバ。政府機関が集まる一角のすぐ裏に、ひときわ目立つ赤茶色のビルがある。

ここの4階と5階の全フロアを賃貸する契約を、米国際開発局(USAID)が結んだのは、昨年のことだった。

フィジーに太平洋の拠点を計画

人口約93万人のフィジーは、小さな島国が点在する太平洋地域では「大国」。国際機関の事務所が集まるが、フィジーにUSAIDの拠点はなかった。それを一気に50人規模とし、地域全体をみることにした。現地の援助関係者は言う。

「フィジーでは、対外援助の面で米国の存在感はなかった。それが、フィジーに太平洋島嶼国の拠点となる大規模なオフィスを立ち上げることが決まり、これからは米国が仕切るぞという勢いだった」

2023年8月には、米外交官として約20年の経験がある上級幹部がUSAID太平洋島嶼国の統括ディレクターとして着任。スバで、フィジー政府の幹部も招いて大々的に着任レセプションを開いた。

「日本や韓国、世界銀行、アジア開発銀行などの開発パートナーを集めて、気候変動対策などで何ができるかドナー国会合を開いて意見交換しよう」。この関係者は、当時の駐フィジーのUSAID幹部が意気揚々と話していたのをいまも覚えている。

しかし今年8月下旬、赤茶色のビルを訪れると、様相は全く違っていた。USAIDが入るはずだった4階と5階は、空きフロアのまま、がらんとしている。

USAIDの太平洋島嶼国の統括オフィスが入居する予定だったビル(左)。しかし、トランプ政権の政策転換により、移転の契約はキャンセルになった
USAIDの太平洋島嶼国の統括オフィスが入居する予定だったビル(左)。しかし、トランプ政権の政策転換により、移転の契約はキャンセルになった=2025年8月25日、フィジー・スバ、奥寺淳撮影

「あの話はなくなった」。物件を仲介した不動産会社のマネジャーは、力なく言う。「USAIDがなくなってしまうのでは、どうにもならない」

在フィジー米大使館は6月、関係者だけを集めてUSAIDの解散式をひっそりと開いた。「現地や他国と連携していく矢先だったのに、とても残念だ」。米側は悔しさをにじませた。統括ディレクターは帰国。数人が大使館に残り、業務を引き継いだ。

USAIDの活動は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)やマラリアといった疾病の治療や食料支援などをアフリカ、アジアなどで行う人道援助が中心だった。

アメリカを本気にさせた「協定」

しかし、太平洋の島国では事情が異なる。「対中国」の理由が強く、USAIDが安全保障政策の一環で使われた。

米国を本気にさせた一件がある。

「きっかけの一つは2022年に中国がソロモン諸島と結んだ安全保障協力協定だったと思う」。日本の道井緑一郎・駐フィジー大使は話す。

台湾統一を悲願とする中国は、多額の援助を持ちかけ、「オセロゲーム」のように台湾と外交関係を持つ国々を、中国側に寝返らせてきた。2019年にソロモン諸島とキリバス、24年にはナウルが台湾と断交し、中国と外交関係を結んだ。

フィジーの首都スバにある中国大使館。中心地から少し離れた海沿いにある
フィジーの首都スバにある中国大使館。中心地から少し離れた海沿いにある=2025年8月27日、奥寺淳撮影

なかでもソロモンは、米国にとって米本土とオーストラリア、東南アジアを結ぶ重要なシーレーン(海上交通路)上にある。太平洋戦争では、日本軍と激戦を繰り広げた「戦略的な前線」だ。ソロモンに中国が艦船や治安部隊を派遣する可能性が生まれ、米国もこれではまずいと人と予算をつけ始めたとされる。

バイデン前政権が「太平洋パートナーシップ戦略」を打ち出したのは、中国がソロモンと協定を結んだ5カ月後。クック諸島とニウエを国家承認し、ソロモン、キリバス、トンガの大使館開設も決めた。

しかし、「米国第一」を掲げるトランプ政権は、USAIDには「無駄と詐欺がはびこっている」と主張。その存在を根底からひっくり返した。

目の敵にしたのは、民主党政権が重視した気候変動対策や多様性などの支援。「過激で左派的だ」として、83億ドル(1兆2300億円)の予算を削った。USAIDの撤退で、どんな影響があるのか。

米国が援助を縮小するなか、中国は3億ドル(約440億円)を出し、フィジーで2番目に大きい島で、61の村を結ぶ道路と22の橋の建設や補修の準備を進める。この島は同国の首相ランブカの出身地だ。

ただ、USAIDの業務停止から半年あまりがたち、トランプ政権の本音が少しずつ見え始めてきた。

在フィジー米大使館は8月下旬、USAIDと違う形でフィジーに投資する計画を明らかにした。「ミレニアム・チャレンジ・コーポレーション(MCC)」というブッシュ(子)政権が設立した援助の仕組みを使い、インフラや交通、農業などに投資するという。より経済的な成果や利益を重視しているとみられる。地元紙フィジー・タイムズは「投資規模は5年間で数億ドル(数百億円)になる可能性がある」と報じた。

在フィジー米国大使館。援助関係者だけを集めて、USAIDの解散式をひっそりと開いたという
在フィジー米国大使館。援助関係者だけを集めて、USAIDの解散式をひっそりと開いたという=2025年8月28日、フィジー・スバ、奥寺淳撮影

トランプ政権は、欧州や中東への関与は減らしたい一方で、中国をにらんでインド太平洋地域への関与を強めたいのが本音だ。

USAIDを解体した訳は……

では、何のためのUSAID解体だったのか。トランプ政権は、バイデン・オバマ時代のリベラル色の強い支援を徹底的に否定し、別の枠組みで新たな関与の形を作ろうとしているようにみえる。

ただ、米政府関係者によると、MCCの投資計画を具体化できたとしても、2~3年はかかるという。この間、USAID不在の米国にとって空白期間となる。

今年、米政府のフィジー支援リストから「女性の社会進出」「クリーンエネルギー」「透明性のあるガバナンス支援」などが消えた。地元紙記者は「2023年から女性ジャーナリストを育成する事業に参加していたが、今年2月に突然なくなってしまった」と嘆く。

こうした空白が、島国にどう映り、中国はどう動くか。援助を通じた地政学の争いは、日本を含むアジア太平洋の安全保障をも左右する。