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パーパスに苦しむ人はフィジーに学べ 「幸せ標準装備」のリアルを伝える移住日本人

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
地球儀のフィジーの位置を指さす永崎裕麻さん。着ているのは、一時帰国中の日本で買った「FIJI」Tシャツ
地球儀のフィジーの位置を指さす永崎裕麻さん。着ているのは、一時帰国中の日本で買った「FIJI」Tシャツ=2024年5月23日、兵庫県尼崎市、高野良輔撮影

「余白」の大切さ、オンライン講座で伝える

「僕は、③が一番大切だと思う」

平日の夜にZoom会議に集まった人たちに、永崎さんが語りかけた。少し意外で、挑戦的とも思える答えだが、その口調は柔らかだ。

「やらなくてもいいのにやることなんだから、それが人生の醍醐味だと思うから」

反対に注意しないといけないのは、「やったほうがいいこと」だという。
例えば、習い事。今の日本には「多すぎて沼なんです。やっていると、『やらなくていいこと』にたどりつけない」。

永崎さんが主宰するオンライン講座「『余白』と『変化』の学校」の一幕だ。

人生を幸せに生きるためには、日常に「余白」が必要では。でも、日本人は予定を埋めないと不安な人が多い。そんな人たちにヒントをと開講した。

「世の中、目的とかパーパスとかといった言葉が幅をきかせている。理由がないとやっていけないというような空気感は息苦しくないですか。なんとなくやっている、理由なくやっているという『余白』が大切だと思うんです」

 参加者は聞きっぱなしではなく、講義中に自由に意見を書き込める。

「『確かに赤ちゃんは、意味なくやってますね』って、そうそう」。書き込みを見ながら、反応する永崎さんの姿勢は優しい。

「1年間のウェルビーイング休暇がもらえたらどうするか」。こんな問いを立て、Zoom上で参加者が数人ずつに分かれて意見や経験を交換しあい、自分ごととして考えてもらう時間も設ける。

こんな一風変わった、人生の生き方や、幸せのあり方などを考えるオンライン講座を、2022年から続けている。

これが7シリーズ目。1回1時間~1時間半で計5~7回、受講料は1シリーズで1万5000~1万6500円するが、口コミで毎回、60~100人前後が集まる。参加者は中高年が多い。大野一梅さん(60)は以前、仕事第一で日程をびっしり埋めていた。そんな彼女に永崎の問いかけは響いた。

「普通とは真逆のようなことを言って、気づきを与えてくれる。日本人の前に広がる壁に穴をあけ、風を入れてくれたり、のぞかせてくれたりする感じです」

 永崎さんは、こうも言った。「日本人は映画館の中だけはエンドロールを見て、ぼーっと映画を振り返って味わっている。そんな時間を、人生の中でデザインしていくことが、大切じゃないでしょうか」

 長年の友人で臨床心理士・公認心理師の倉田義大さん(47)が、永崎さんの魅力を語る。「誰とでも裏表なく目線を合わせて話し、普通のことを面白く思える感覚がある。そして、会話の中で聞き流してしまうような何げないことをキャッチしているのだと思う」

取材は永崎裕麻さんが一時帰国中に行った。パソコンにもフィジーのシールが
永崎裕麻さん。取材は一時帰国中に行った=2024年5月23日、兵庫県尼崎市、高野良輔撮影

日本的価値観の「呪縛」、解放してくれたのは海外体験

脱力感も感じさせる「余白論」とは対照的に、永崎さん本人は日本的な「努力が大切」な価値観の中で育った。

親の勧めで小学1年のとき、軟式野球を始めた。強豪チームで朝から晩まで練習の日々。スイミングスクールや塾も掛け持ちした。きつくて、ずっとやめたかった。でも、勧めてくれた親のことを考え、仲間の目線も感じ、中学まで、同じメンバーで野球を続けた。

大学時代は、バイトに明け暮れた。コンビニに飲食店、商業施設の駐車場の誘導などいろいろこなしたが、職場をよく替えた。「バイトは最初が大変。仕事を覚え、新しい人とつきあわないといけないから」。そんな経験を何度も積もうと、自らに苦労を課したという。

そんな「まじめな努力家」の殻を破るきっかけは、海外での体験だった。

大学3年の終わり、まだ社会人になりたくなくて1年間の休学を決めた。あっせん業者に勧められ、オーストラリアの農家に住み込みで働きに行った。復学後に就職活動するときの自己PRに役立つだろう、くらいの感覚でいた。でも、おおらかな人々に、いつも「人生を楽しんで」と声をかけられ、勤勉が美徳だとすり込まれてきた自分が「上書きされた気がした」。

帰国後、就いた職業は、銀行子会社のシステムエンジニア。苦手なパソコンが働きながら上達できると考えたからだが、現実は、仕事が深夜まで及ぶことはざらで、厳しかった。

そんな日常から逃れようと、年に1度取れる9日間の連続休暇には、バックパックで海外に出かけた。異国で言葉の壁にもぶつかりながら新たな出会いや体験をする旅は、自分を成長させると感じた。

だったら、旅を続けた方が魅力的な人間になれるはずだ。思い切って、2年9カ月で会社をやめ、世界一周の旅に出た。

2年間で77カ国を回りながら、移住先も探した。でも、生まれ育った大阪よりいい場所は見つからなかった。

結局、日本で再就職しないといけないなと思いながら帰国。内閣府の「世界青年の船」に参加した。日本と外国の若者らが船旅をしながら討論や発表をし、交流する企画だ。就活用に「箔(はく)を付ける」つもりだった。

これが、人生を大きく変えた。

船上での共通語は英語。外国人たちのプレゼンは説得力やアドリブにあふれている。それに圧倒され、自分ではできずに落ち込む日本人たちを、ハグしながら、癒やしていた人たちがいた。太平洋の島国、フィジーの人だった。「船上のゆるキャラ」のような存在。彼らの国が移住先じゃないか。

船旅を終えた2007年3月、すぐにフィジーで日本人向けの英語学校を経営する日本の会社を見つけ、働き始めた。

フィジーに住んで気づいた。貧乏暇なしと言うけれど、人々はお金はあまりなくても、時間はたっぷりあって楽しそうだ。お金に困ったときは助け合うから心配はない。「不幸でなければ幸せ、幸せが標準装備」の生き方なのだ。

明るいフィジーのバーの店員たちと永崎裕麻さん
明るいフィジーのバーの店員たちと永崎裕麻さん(左から2人目)=2024年8月、フィジー・マラマラ島、本人提供

自分はと言うと、年収は日本で働いていたときの3分の1になった。だが、寒さが苦手な自分には常夏というだけで200万円くらいの価値はあると思った。見知らぬ人にも明るくあいさつしてくれる心地良さは「1回で500円くらいの値打ちはあるな」なんて考えると、来てよかったと思えた。

そんなとき、フィジーは、民間調査に9割が「幸せ」と答える「世界一幸せな国」だと知った。日本とは違う幸せの形を伝えていきたいと決意。2015年に「世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論」という本を出した。

出版を持ちかけられた編集者の大塚啓志郎さん(38)は「とにかくフィジーが大好きなことが伝わってきた。目標へ邁進(まいしん)するとても熱い人だと思った」と振り返る。
本は1万部以上を売るヒットとなり、海外で得た「人生の学び」を雑誌などで発信する機会が増えていった。

フィジー人の幸せな生き方について書いた永崎裕麻の本『世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論』
フィジー人の幸せな生き方について書いた永崎裕麻の本『世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論』=いろは出版提供

2018年には、フィジーに開校した別の英語学校「カラーズ」の校長に就任。教室のレッスンだけでなく、現地での体験から英語を学ぶというコンセプトを打ち出した。

ある高校生は地元の高校で、苦労しながら英語で将棋を教えた。「留学でTOEICの点が上がったなんて人は多いが、現地へ行くことの本当の価値を感じてもらいたい」

私生活では、フィジーで出会った日本人女性と2014年に結婚。2人の子に恵まれた「40代は家族中心」と決め、仕事以外は子どもとたくさん遊ぶ日々を送る中で、新型コロナが襲った。

フィジーへの留学生は途絶えた。だが、オンラインの空間が一気に広がり、「学校」シリーズの開講につながった。

子ども向けの「探究塾」も

活動は、次世代に向けても広がる。

この秋、オンラインの「学校」を、受講者を大人から小中学生に広げた「探究ランド」としてリニューアルする。

例えば、海外に住む人を招き、いろんな国の情報をじかに学ぶ。世界を知ることが面白く、心を豊かに幸せにすると感じてもらいたい。不登校の子にも、学ぶ機会を与えられるかもしれない(申し込み方法はこちらから)。

永崎裕麻さんが新たに開講する「探究ランド」の募集ページ
永崎裕麻さんが新たに開講する「探究ランド」の募集ページ=本人提供

来年には、武蔵野大学(東京)の非常勤講師になる。今年4月に創設された幸せや生きがい幸せや生きがい、福祉、環境などを様々な現場で学ぶ「世界初」のウェルビーイング学部で、海外実習先の講師となる。

同学部で教える前野マドカさん(58)は「フィジーの幸せのあり方を吸収しながら、自分のスタイルも確立している。その経験を伝えてもらいたい」と期待する。

永崎さんの考える「突破する力」とは?

「迂回(うかい)力でしょう」。また、意外な答えが返ってきた。
旅に出たとき、会社をやめる方がリスクが少ないと思った。サラリーマンとして働く方が競争相手が多いから。「挑むと逃げるは、どちらも『兆し』が入っている。いい兆しなら挑めばいいけど、そうでなければ、逃げてもよいのでは。それも『環境変更力』だと思うので」

世界一周の旅の費用は280万円。あのとき、NISAがあってその金を投資に使っていたら?と考える。やり方次第で1000万円くらいに増えていたかもしれない。でも、「旅をきっかけに広がった人生のリターンは、それをはるかに超えていると思う」。