転機はフィジー移住
土曜日の午前10時。オンライン講座「余白の学校」に入室すると、ほどなく、受講者たちが4、5人ほどの「ブレイクルーム」に分かれ、自らの「余活」について報告を始めた。
「前日に思い立って、兵庫県に旅行に行ってみました。特に予定も決めずに」
「とくに何もできてない。でも、しょうもないことを考え、笑えるのも余白なのかな」
「何の予定も入れない日を意識的に入れる。そこに罪悪感を持たないことが大切」
余活=余白の活動、つまり日々の生活での「余白」を意識した実践のことのようだ。
講座を主催し、講師役を務めるのは、永崎裕麻さん(45)。脱サラして、2年間かけて世界を一周する旅をしたあと、2007年にフィジーに移住した。旅で出会ったフィジーの人たちの人柄にひかれたからだという。
フィジーは調査機関「WINギャラップ・インターナショナル」の幸福度調査で、2014年と2016年、2017年に国別で1位になった。「あなたの人生は幸せですか?」という質問に、2017年は94%が「幸せ」と答えた。物質的には豊かではないが、ゆったりとした雰囲気のなかで、助け合いの文化があり、人々はリラックスして生きている。
永崎さんは、現地で日本人向けの英語学校に勤めながら、こんなフィジーの魅力を発信してきた。コロナ禍を境に、オンラインでの講座がイベントが活発になるなかで、今回、余白の学校を企画した。
「幸せな国」から見ていると、日本人は勤勉すぎて、時間の使い方が不器用。日々の仕事や暮らしに余裕がなく、ストレスをため込んでいるように見える。だから、受講者募集のページには、こんな誘い文句をつけた。
余白があると、余裕が生まれる。
余裕があると、視野が広がる。
視野が広がると、本質が見える。
本質がわかると、余白ができる。
「やった方がいい」ことを捨てる
講座は、6月から9月末までの土曜日の午前10時~11時半を使い、計7回。「余白×自由」「余白×コミュニケーション」など、毎回テーマを設定。永崎さんから、余白をめぐって、日本人の常識をくつがえし、再考を促すような「投げかけ」が続く。
初回(6月17日)の「余白×日本人」では、こんな言葉が飛び出した。
「日本人は、カイゼン(改善)大好きですよね。でも、日本のは、ただの"improve"じゃないから、英語(kaizen)になる。とにかく際限なくよりよいものをと」。このへんでいい、ほどほどでいい、という線引きがとても下手だから、時間が奪われている。そんな意味だと永崎さんは言う。
こうも言った。
「(人間には)やらなきゃいけないこと、やった方がいいこと、やらなくていいこと、と三つある。この二つ目がトラップ(わな)。やった方がいいことは、調べてみると、むちゃくちゃ多くて、やらなくていいことに進めない。やらなくていいことなのに、やりたいってことは、とても自分らしさがあふれることであり、そこに個性が出る。だから、やった方がいいことを捨てることが、余白力を上げることになるのではないでしょうか」
7月8日の第2回のテーマは「余白×パーパス(目的)」。「パーパス経営」という言葉があるように、日本では最近、活動に意味や目的を問うありようが増えている現状をふまえ、逆説的な言い回しで問いかけた。
「何でも、why(どうして)というのは、僕は苦手なんです。私たちは、理由や意味がないと不安になってしまう。理由がないことはやってはいけないような空気感がある。頭でっかちになってはいませんか?」
そして一風、変わった例を挙げた。
「僕は昨日、この講座の資料をつくりながら、ヨハクを4、8、9と読み替えて、ストップウォッチを『4秒89』で止めようと、何度も繰り返していた。全く意味のないことだけれど、意味のないことをやっている余裕がある自分が好きなんです」
「今は、意味に埋もれすぎているというか、目的とか理由とか、合理的とかストラテジーとかいった言葉が幅をきかせすぎているように思うんです。何の目的のないことやっています、という領域を広げることが、結果として、人生を豊かにしていくんじゃないでしょうか」
今回、受講登録をしたのは98人。全7回の受講料は1万5000円する。無料でも受けられるオンライン講座もあるなかで、決して安い金額ではないように思える。
受講者は30~50代、そして女性が多いという。どうして参加したのだろう。第2回の講座の後にオンラインで尋ねた。
ayaさんは「自分にとっては、余白のデザインが人生の永遠のテーマだと思っていた。直感で参加を決めました」と答えた。仕事もプライベートも予定をすき間なく詰め込んで、それで安心するような日々を送ってきたが、妊娠、出産して産休を取ったことが、人生を考え直すきっかけになったという。「余白というのは、意識しないと生み出せないと思います」
「面白そうだな、と思った。自分には余白が足りない気がしていたので。お金(受講料)は気にしませんでした。講座の中でいろいろとみなさんが面白い考えを披露するので、いい機会を与えてもらっています」。こう話したのは、ひろえさんだ。
この講座の特徴のひとつは、聴きっぱなしではなく、冒頭に紹介したように講座の合間や講義の後に、「ブレイクルーム」が設定されて、参加者同士が意見を交わす機会を設けていることだ。
受講者限定のフェイスブックのメッセンジャー上で、「余白」について考えたこと、感じたことを随時書き込むこともできる。こんなコミュニティー機能によって、永崎さんの「投げかけ」を受けて、受講者たちの間で多様な見方が広がっていく。
メッセンジャーでの投稿はこんな具合だ。
「余白とはリセットすることかなと、普段は行かないお寺に行ってきた」
「コピー用紙の裏側は、自由に書ける。殴り書きが気持ちよい。白い紙から広がる、自由、余白」
「週末は終わりの時間を決めずに、気の向くままにワンコとお散歩。余白って自由、制限なし」
寄付の少なさ考える講座も
永崎さんは昨年以来、日本人が自分たちの生き方を見直すきっかけとなるようなオンライン講座をいくつか開催してきた。
「フィジーの人たちは、お金はあまり持っていないけれど幸せ、っていうライフスタイルを送っている。それを間近に見ていると、日本で、お金も過去にはあったけど、なくなってきてしんどいです、みたいな雰囲気を見ると、もっとなんか方法論あるんちゃうの、と感じるんです」
たとえば、昨年後半に開いたのは「サンタの学校(Giveの学校)」。英国の慈善団体CAFが行った国際世論調査「世界寄付指数」で、日本が114カ国中最下位(2021年、2022年は119カ国中118位)だったことに目をつけた。
この世論調査は、前月に「助けが必要な見知らぬ人を助けたか」「慈善活動にお金を寄付したか」「ボランティア活動をしたか」と尋ねた結果をまとめたもの。「日本は、おもてなしの国じゃなかったの?」。日本人の余裕のなさが現れているように思えた。
全10回の講座では毎回、人助けをする相手を「家族」「知り合い」「見知らぬ人」など決めて、受講者たちがやってみた結果を報告しあった。
今年前半には「変化の学校」を開講した。
人生を幸せに生きるためには、「変化」が必要ではないか。そう考え、「お金の使い方を変える」「時間の使い方を変える」「人間関係を変える」など毎回、人生を「変える」テーマを設定。意見を出し合い、実践を報告しあった。
これらも、受講料はいずれも1万5000円だが、それぞれ約100人が受講した。
「サンタの学校」からのリピーターなのが、ナンシーさんだ。生命保険などの営業で忙しい日々を送る傍ら、私生活でも親の世話などの負担も重なり、「手帳を予定で真っ黒にして、1年の途中で買い直すほどだった」生活に数年前、自らブレーキをかけた。
そんな彼女には、永崎さんの設定する「ものすごく変わっている」講座のテーマが魅力的なのだという。そして、「参加者同士でやりとりするなかで、ものすごくいい出会いがある」と満足そうに語る。
競争社会の中で真面目に働きづめなのが普通、という環境で育ち、働いてきた中高年世代。彼らがふと立ち止まったとき、永崎さんが問いかけるテーマに強く引きつけられている、ということなのだろうか。
「みなさん、迷っている、という面もあると思います。変化の時代で、(こっちの方向に行けばいいという)羅針盤が壊れましたから。そのヒントを、フィジーというバックグラウンドを持っている僕に聞いてみたい、ということなのかもしれません」
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「余白の学校」の後、永崎さんは10月から再び、「サンタの学校」を開催する予定で、受講者を募集している。申し込み方法はこちらから。