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太平洋諸島めぐる米中豪の影響力競争「新グレート・ゲーム」を読み解く 日本の役割は

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議で集合写真に収まるオーストラリアのアルバニージー首相(左から5人目)と太平洋諸島のリーダーだち
太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議で集合写真に収まるオーストラリアのアルバニージー首相(左から5人目)と太平洋諸島のリーダーだち=2023年9月9日、クック諸島ワンフットアイランド、ロイター

報告書を見ると、最近の太平洋島嶼国に対する「影響力競争」の変化と現在位置がはっきりわかる。

報告書名の「グレート・ゲーム」は、19世紀の帝国主義時代、ロシアや英国などが中央アジアで繰り広げた利権をめぐる覇権争いがこう呼ばれたことになぞらえている。

2021年以降、島嶼国を対象にした二国間・多国間の国際会議はのべ178回に達する。2017年以降、太平洋には計18の在外公館が開設され、四つの在外公館が閉鎖された。

在外公館を最も新設したのは豪州で、パラオやマーシャル諸島など計6施設を設置した。豪州はこれで、14カ国すべてに在外公館を持つ国になった。次いで多かったのが、ナウル、キリバス、ソロモン諸島に大使館を開設した中国。代わりにこの3カ国と外交関係を断絶した台湾が大使館を閉鎖した。

米国も中国と同数にあたる、トンガとバヌアツ、ソロモン諸島の3カ国に大使館を開設した。報告書では、日本はニューカレドニアとバヌアツに在外公館を開設したとしているが、他にもキリバスに大使館を新たに置いている。

2017年以降の太平洋島嶼国における各国の在外公館の開館・閉館状況=ローウィ国際政策研究所の公式サイトより
2017年以降の太平洋島嶼国における各国の在外公館の開館・閉館状況=ローウィ国際政策研究所の公式サイトより

黒崎氏は、在外公館の開設・閉鎖を巡る動きについて「米国は従来、共和党政権は自由連合協定を結んでいるミクロネシア地域に集中し、南半球を豪州とニュージーランドに任せてきた。ただ、民主党政権は南半球への直接関与が必要だと主張してきた。新たに3カ国に大使館を開設したのは、南半球まで外交力を及ぼしたいバイデン政権の意欲の表れだ」と語る。

同時に「豪州には北半球も含め、太平洋全体をみていこうという意識を感じる」と語る。太平洋地域は従来、北半球のミクロネシア地域を米国、南半球のメラネシア地域を豪州、ポリネシア地域をニュージーランドがそれぞれ主体的に関与し、「ANZUSの湖」とも呼ばれてきた。黒崎氏は、3カ国がお互いに協力し、太平洋地域全体への影響力を強化しようとしていると指摘する。

これに対し、報告書によれば、中国の太平洋地域への資金協力額は2016年を頂点に減少傾向にある。

それでも報告書は、太平洋島嶼国は巨大市場の中国との貿易を増やし、経済成長につなげたいと考えていると指摘する。14カ国の国別の年間貿易額をみた場合、2008年の最大貿易国は豪州の約40億ドルで、中国は9.1億ドル程度だった。その後、中国は一時的に最大の貿易相手国になったが、2022年の年間貿易額の最大相手国はシンガポールで約117億ドル、次いで中国の約100億ドル、豪州の約66億ドル、日本の約56億ドルとなっている。

特に中国の影響力拡大が特に目立つのがメラネシア地域のソロモン諸島だ。

報告書によれば、最大の輸出先は中国で約330億ドル。中国からの輸入も約13億ドルで、トップの豪州の約16億ドルに迫っている。中国は2022年、ソロモン諸島との間で安全保障協定も結んだ。全文は公表されていないため、詳細は不明だが、黒崎氏は「中国が太平洋地域に警察力・軍事力を進出する足掛かりという意味もあるだろう」と話す。

中国の習近平国家主席とソロモン諸島のマネレ首相との会談
中国の習近平国家主席とソロモン諸島のマネレ首相との会談=2024年7月12日、北京、ロイター

中国がソロモン諸島に目を付けた背景について「ビジネスからの視点が大きい。森林や水産物、レアメタルを含めた鉱物などの資源が豊かで開発もそれほど進んでいない。豪州に対して良い感情を持っていないソロモン諸島の内政事情も影響したのだろう」と語る。

また、太平洋島嶼国は、急激な人口増加や不安定な統治、気候変動などの問題に悩まされている。パプアニューギニアの場合、人口が現在の約1000万人から2050年には2200万人に倍増すると予想されている。キリバス、バヌアツ、トンガ、サモアは債務超過のリスクが高いという。2022年現在、バヌアツ、トンガ、サモアが抱える負債の対国内総生産(GDP)はそれぞれ36%以上を記録している。太平洋島嶼国での熱帯低気圧の発生頻度は1970年代の10倍以上になっている。

黒崎氏は「インフラ整備を巡る各国間競争に陥っているのが現状だ。ベーシック・ヒューマン・ニーズと言われる保健衛生や教育分野での支援は少ない。特に日本は、大規模プロジェクトの援助競争は負担が大きくなるだけで意味がない。為政者に目を向けがちなインフラ整備より、一般の人々のニーズにこたえるという視点を持つべきだろう」と語る。

一方、PIF首脳会議では豪州が主導して太平洋警察構想がまとまった。共同声明から台湾への言及部分が削除される騒ぎもあった。中国の働きかけとみられている。黒崎氏は「太平洋警察構想には、豪州が、中国の浸透に対抗する意図も含め、地域のリーダーとしての役割を果たしたい思惑を感じる。米国をはじめ周囲からも期待されている」と語る。

また、共同声明からの台湾関係部分の削除については「台湾が国交を持つ国が3カ国しかないから、影響力が低下したともいえる」とする一方、「中国の焦りを反映した動きとも言える」と指摘する。黒崎氏によれば、パラオ、マーシャル諸島、ツバルの3カ国は台湾との外交関係を維持する考えを示している。PIFは全会一致が原則だ。黒崎氏は「中国が同じように太平洋警察構想を提案しても、3カ国は反対するだろう。他の国々も米中対立に巻き込まれたくないのが本音だ。こうした焦りが台湾に関する記述の削除を求める主張につながっている可能性もある」と説明する。

黒崎氏によれば、マーシャル諸島が2013年、議長国としてPIF総会を主催した際、台湾が会議場の建設を支援した。中国代表団は会議場の玄関に掲示された台湾の青天白日旗に激怒し、見えないようにするよう強硬に求めた。黒崎氏は「中国が今後も過度な要求を続けていくと、かえって太平洋島嶼国の反発を招く可能性もある」と話す。

一方、日本政府は日豪2プラス2で安保協力の強化などを確認した。黒崎氏は「豪州との安全保障協力の強化は支持できるが、太平洋島嶼国とのバランスも考えた方がよい。豪州一辺倒になると、豪州と島嶼国との橋渡し役という伝統的な日本の役割が薄れかねないからだ」と指摘する。日本は7月、都内で太平洋・島サミット(Pacific Islands Leaders Meeting:PALM)を主催した。黒崎氏は「このように豪州との協力強化では、太平洋島嶼国とのバランスも重要な要素になる」と話した。