太平洋の島々は、もともと中国と台湾が国家承認を争う舞台となってきた。現在独立している太平洋14の島国のうち、主権国家として台湾を承認しているのがキリバス、ソロモン諸島、ツバル、ナウル、パラオ、マーシャル諸島の6カ国。中国を承認するのはクック諸島、ミクロネシア連邦、フィジー、ニウエ、パプアニューギニア、サモア、トンガ、バヌアツの8カ国だ。
経済援助などをテコにした中台の働きかけで、承認国を途中で切り替えた国も少なくない。たとえばトンガは1988年に台湾と外交関係を解消し、中国と国交を結んだ。ナウルは2002年に台湾と断交し、中国との関係を樹立したあと、2005年に再び台湾と国交を結んだ。中国と台湾を天秤にかける、小国なりのしたたかな外交戦略がうかがえる。
一方、台湾にとっては、現在、台湾を承認している世界20カ国のうち、全体の約3分の1が太平洋の島国ということになる。日本を含め国交のない多くの国とも経済や文化の交流を続けてきているが、小国とはいえ、同じ”島”という共通点があり、また独立国として国連で一票を握っている島国は重要な存在だ。
筆者の取材に対し、台湾外交部(外務省に相当)は、この地域に対して「農業、畜産業、省エネ、教育、福祉の分野で支援をしてきており、なかでも医療チームの派遣、医療従事者の人材育成など福祉の能力構築に力を注いできた」と説明している。また「協力関係を築くにあたっては透明性、責任、持続性、良き統治を原則としており、短期の見返りを求めず、長期にわたる良好な関係をめざしている」としている。長年の外交や経済援助の努力が一定の成果を出している地域といえる。
ところが、今年に入って異変が起きている。5月、フィジーは台北市にあった貿易事務所を閉鎖した。フィジーと台湾は国交はないものの、交流関係を続けてきており、台湾もフィジーに窓口を置いていた。翌6月にはパナマが台湾と断交し、中国と国交を樹立したことを発表した。この半年前には、ナイジェリアにおいていた台湾の事務所が首都アブジャからの撤退をナイジェリア政府から求められるという事態も起きている。台湾外交部は筆者の取材に対し、フィジーの件については「引き続き、観光や農業、医療福祉の分野で積極的かつオープンな関係を続けていき、現実的なアプローチを続けていく」としている。
こうした一連の動きの背景にあるのが中国だ。たとえば、フィジーは2006年の軍事クーデターによる政権発足を受け、経済制裁を科すなどしたアメリカやオーストラリア、ニュージーランドとの関係が冷え込んだ。その隙間を埋めるかのように急接近したのが、積極的な経済援助や投資をした中国である。今年に入ってからは中国が主導する国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)にフィジーの加盟を認めている。フィジーの首都スバには、PIF(太平洋諸島フォーラム)事務局や南太平洋大学など多くの地域協力機関、国際機関のオフィスが置かれており、この地域のリーダー的存在であるだけに、フィジーの動向は他国の判断も左右しかねない。
台湾外交部の建物に入ると、右手には孫文の銅像があり、正面には国旗がずらりと並んでいる。台湾と国交のある20カ国の国旗だ。台湾を承認する国はピーク時に29カ国にのぼった。独立志向が強い民進党の蔡英文政権の誕生を契機に、中国の攻勢は激しさを増しており、政権発足後に、西アフリカの島国サントメ・プリンシペとパナマと断交に追い込まれ、20カ国に減少している。 このままいくと、連鎖反応がおき、承認する国の数はさらに減るかもしれない――。そんな「国家」の存続に不安を抱えながらも、真っ正面から中国に異議を唱えることはしていない。
蔡英文総統がこの夏に太平洋の島国6カ国を歴訪する予定と一部で報じられたが、当局は正式な発表はしていない。米ジャーナリストのロバート・カプランは、インド洋から太平洋までの地域の将来について「台湾が最終的にどのような形で中国に支配されていくかによって左右される」と、台湾問題が地域全体のカギになると指摘。そのうえで「中国が南シナ海と東シナ海を支配すればするほど、これらの二つの海の間に位置する台湾も支配しやすくなる。台湾問題と中国の海洋進出は互いに作用し、切り離せない」と話している。太平洋への中国の進出とそれに伴う米中対立は、太平洋の島国をめぐる陣取り合戦の新たな展開につながっている。