日本から台湾を訪れる旅行者の数は、年々増加傾向にある。昨年は約190万人。旅する人たちの楽しみの一つは「台湾メシ」を味わうことだろう。広東料理や四川料理などの本格中華から、小籠包などの点心類、地元の食材を生かした台湾料理、庶民の食堂である夜市まで、味わいも価格帯も豊富で、街を歩いていると、常に新しい発見がある。
台湾メシをめぐる今年前半のニュースは、レストランを星の数で評価する「ミシュラン」の台北版が、3月に初めて発表されたことだ。最高の三つ星に選ばれたのは1軒のみで、高級ホテル「君品酒店」の広東料理店だった。二つ星は2軒、一つ星は17軒が選出された。
ただ、こうした高級店よりも一般の台湾の人々の話題になったのは、星は付かないものの、手頃な値段で良質な味を楽しめる、ミシュランの番外編「ビブグルマン」に選ばれた店だった。リスト36軒の中に、路上の屋台など夜市の10軒が盛り込まれた。以下がその一覧だが、庶民グルメの代表格である臭豆腐の店など、いずれも100台湾㌦(約360円)以下の品を出す店ばかりだ。
- 饒河夜市(松山区)
福州世祖胡椒餅(ひき肉入り焼きパン)
陳董藥燉排骨(ブタあばら骨漢方煮込み)
施老闆麻辣臭豆腐(発酵風味の豆腐)
- 臨江街夜市(大安区)
梁記滷味(台湾風煮込み料理)
駱記小炒(炒めもの食堂)
- 寧夏夜市(大同区)
劉芋仔(イモ団子)
豬肝榮仔(ブタレバースープ)
- 南機場夜市(中正区)
臭老闆現蒸臭豆腐(発酵風味の豆腐)
阿男麻油雞(ゴマ油トリ煮込み)
- 士林夜市(士林区)
海友十全排骨(ブタあばら骨漢方煮込み)
反響を呼んで行列ができていると聞いて、幾つか巡ってみることにした。
最初に訪ねたのは、台湾鉄道の松山駅近くにある饒河夜市。全長600㍍の通りに沿って、数百の露店がひしめく。「福州世祖胡椒餅」は、ちょうど通りの入り口で営業しており、午後5時前に20人ほどが並んでいた。
胡椒餅は、香辛料の効いたひき肉の具がたっぷり入った焼きパンだ。露店のキッチンで、店員ら11人が具材や生地をこね、筒状の大釜で焼いて、出来たてを販売している。1個が50台湾㌦(約180円)だ。
20年以上営業を続けてきた主人の呉玉成さん(50)によると、ミシュランで紹介されて以降、来店する客数が2割近く増えたという。販売個数は秘密だが、店員の数も2人増やした。「うちは特別な釜で焼いて、餅の皮が香ばしい。これまでの努力を、ミシュランに認めてもらえたのは、とても光栄だよ」
その場で1個をいただいた。外側はパリパリ、中はホクホクとした具材が詰まっている。濃くのある味付けで、思ったよりボリュームもある。1個でも満足感がある。
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台北市の南東部にある臨江街夜市から選ばれたのは、移動式屋台の「梁記滷味」だ。「滷味」は台湾風の煮込み料理で、厚揚げやゆで卵、昆布、モツ肉などを、甘辛のタレで柔らかく煮込んだもの。写真にもあるように、好きな品を屋台の棚からザルに取り分けて会計をしてもらう。
食べやすいように、主人が切り分け、甘辛ソースをかけて出来上がりだ。選ぶ品にもよるが、私は6品選んで200台湾㌦(約720円)ほどだった。1人では食べきれない量だ。
イモ団子とブタレバースープの露店が紹介された、台北市内中心部にある寧夏夜市にも行列ができていた。夫と一緒に郊外の内湖区からやってきたという詹玉芬さん(54)は、「ミシュランのニュースで知って、ぜひ来たかったの。今日は二つの店を巡る予定よ」と、揚げたて熱々のイモ団子をほお張った。団子は1個が20台湾㌦(約70円)。甘さをおさえた素朴な味わいだ。
この寧夏夜市を歩いていると、「ミシュラン五つ星級の評価」と記された横断幕を掲げた牛肉麺の店が目に留まった。本来のミシュランの評価は三つ星が最高だから、五つ星は存在しない。名声にあやかった宣伝手法だ。
店主に話を聞くと、実際に地元の牛肉麺のコンテストで高評価を得たのだそうだ。「ミシュランに紹介された店だけではなく、この夜市にはたくさんのおいしい物があると知ってほしい」と胸を張る。
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確かにミシュランが話題になる一方で、インターネット上では、「もっとおいしい店があるのに」と選出基準を疑問視する意見などが投稿されている。
最後に出かけた南機場夜市に向かう途中のタクシーでも、運転手に臭豆腐の店に行くのだと伝えると、「オレは別の店の方が好きだ」と力説された。「自分がおいしいと思う、好きな店に行くのが一番なのさ」。食にこだわる台湾人らしい反応だろう。
南機場夜市は、名前の通り、日本が台湾を植民地統治した時代に軍の空港があった台北市南部にある。夜市の通りから路地を入ると、電飾の「臭老闆現蒸臭豆腐」の看板が見えてきた。
実は私は、臭豆腐があまり得意ではない。発酵して独特の臭みがあるからだ。油で揚げたものは臭いが飛んで大丈夫だが、煮込みは臭いが強いものが多くて苦手だった。
でも取材だから食べなきゃ。ちょっと心配しながら注文したのだが、出てきた看板メニューの「現蒸臭豆腐」(70台湾㌦、約250円)は、あっさり味で、さらっと食べられた。もちろん臭みもあるのだが、シイタケの風味が効いた澄んだスープが、しっかりと豆腐に染み込んでいておいしい。
ここなら、日本からの訪問客も、安心して連れて来られる。好みは分かれるだろうが、ミシュランが外国からの旅行者の味覚を意識して選んだとするなら、正解かもしれない。
今回の台湾メシ
マイ・ミシュランとして、台北支局の近くにある遼寧街夜市(中山区)にある関東煮(おでん)屋さん。仕事帰りにたまに訪れる。大根、きんちゃく、さつま揚げの3点で65元(約230円)。