「海に沈む国」の不安 トランプ政権がツバルへの援助中止、「はしご外し」は以前にも
温暖化による海面上昇で、2050年までに国土の50%が頻繁に水につかる─。ハワイとオーストラリアの間に浮かぶ南太平洋の小さな島国ツバルは、よくそんな風に形容される。
平均海抜は約1.8メートル。津波はおろか、サイクロンの大波でも危ない。
ただ、遠い日本ではイメージできない。どれほど深刻なのだろう。そう思いながら、8月下旬、ツバルに向かった。
プロペラ機の窓から外を眺めると、リング状のサンゴ礁が見えてきた。輪っかの内側がラグーン(礁湖)になっていて、周囲の土地は線のように細長い。
人口は約1万1000人。首都フナフティがある環礁の面積は約2.79平方キロメートルで、東京ディズニーリゾートの1.4倍ほど。こんな真っ平らな砂州のような所に人が住めるのかと驚いた。
あたりを見渡すと、最も高い建物は、空港の前にある3階建ての政府庁舎くらい。南太平洋のどこかで大地震が起きて津波が押し寄せたら、どこに逃げればいいのか。東日本大震災の津波の映像が頭をよぎり、背筋が冷たくなった。
「ツバルの人たちにとって、いま最も必要なのは安全な土地です」
ツバルの援助にかかわる関係者は言う。現在、フナフティでは環礁の内側で埋め立て事業が進んでいる。国の存続にもかかわる最大の援助事業だ。
政府の許可を得てドローンを飛ばして上空から見ると、浚渫(しゅんせつ)船が海底から吸い上げた白い砂がパイプからはき出され、約10台の重機が忙しそうに整地していた。埋め立て地は長さ約800メートル。横幅はもともと100メートル弱しかないところが、埋め立てられて倍に広がった部分もあった。
事業を進める国連開発計画(UNDP)によると、政府施設や国会議事堂も整備する予定だという。事業費は埋め立てやサンゴ礁の保護などを含め1750万ドル(約26億円)。オーストラリア、ニュージーランドのほか、気候変動対策を重視する米国のバイデン前政権も2024年秋に米国際開発局(USAID)を通じて265万ドル(約3億9000万円)を拠出。ツバルの人たちを喜ばせた。
だが、米国への期待は長く続かなかった。
トランプ政権は今年1月の発足後、USAIDの業務を一時凍結し7月1日、正式に活動終了を発表したのだ。
ツバルの事業も7月に正式撤退が決まった。埋め立て事業関係者によると、米側から、資金を返してくれとも言われたという。ただ、その時点で予算の20%余りは使われていた。結局、未使用の約77%を返金することになった。
資金に「穴」が開いた。
「これには、とても失望した」。取材に応じたフェレティ・テオ首相(62)は声を落とす。「USAIDからの資金拠出がキャンセルとなったと伝えられたが、特に具体的な説明はなかった。まだ実施されていないUSAIDのすべての活動は停止されるという一般的な発表を通じてだった」という。
ツバルでは、2015年と2020年に、サイクロンによる暴風雨で浸水や家屋の倒壊などがあり、国民の約半数が被災。非常事態宣言が出された。
「近年、目に見えてこうした被害が増えている。科学的な証拠からも、ツバル国民の経験からしても、気候変動の危機が高まっているのは明らかだ」。テオ氏は、米大統領トランプが「温暖化はでっち上げだ」と根拠なく主張するなか、国土の危機を訴えた。
海面上昇の明確の証拠の一つは、「超高潮シーズン」の毎年1、2月、満潮時に従来のレベルよりも波がはるかに高くなることだという。その結果、深刻な洪水や海岸線の浸水が起こっている。
ツバルでは、今年から始まったオーストラリアに年280人移住できる制度に、人口の約8割が申請した。
「気候変動によって、ツバルは本当にいつか沈んでしまうんじゃないか。私たちは将来に強い不安を抱いています」
フナフティに住む放送局勤務のステラ・フンガさん(27)は、申請した理由を語る。人びとに話を聞くと、若者から高齢者までほぼ全員が「気候変動」を口にし、海面上昇や大波による浸水に強い不安を持っていた。
米国が抜けた基金の穴は、ツバルと外交関係を持つ台湾も含めて調整し、最終的にはオーストラリアが埋めることになった。
これに先立つ1期の埋め立ては2022年に始まり、2年前に完成していた。長さ約730メートル、幅は約90メートル。最も高い場所は海抜5.38メートルあり、首都の面積が約5%増え、住宅やオフィスビル、スポーツセンターを整備するという。
ただ、1期工事もトランプ氏に振り回されていた。資金を出したのは国連の「緑の気候基金(GCF)」。この基金は途上国の温暖化対策として当時のオバマ米大統領提唱し、米国が30億ドル(約4400億円)を出して最大の資金拠出国になるはずだった。しかし、トランプ氏は政権1期目の2017年、GCFへの資金拠出を即時に止めていたのだ。
ツバルは一度ならず、二度も米国から肩すかしを食ったことになる。
振り返れば、米国は太平洋の島国では赤道以北のマーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオに対しては、安全保障上の協定を結んでいることもあり、経済支援や投資も多かった。しかし、ツバルなど、米国から遠い赤道以南の国々への支援は、オーストラリアやニュージーランドに任せっきりだった。
そんな米国が近年、急に関与を強め始めたところだった。その理由は、南シナ海を越えて南太平洋でも、多額の援助を通じて影響力を強める中国の存在だ。
れに対し、バイデン前政権は22年9月、米国としてこの地域で初の「太平洋パートナーシップ戦略」を発表。14カ国・地域の首脳らをワシントンに招いて初の首脳会議も開いた。
「今日、太平洋島嶼(とうしょ)国とその人びとの安全は、我々にとってかつてないほど重要になっている。米国と世界の安全は太平洋島嶼国の安全にかかっている」。バイデン氏はこう宣言し、この地域に総額8億1000万ドル(約1200億円)以上の支援を約束した。
米政府によれば、23年まで米国のツバル向け対外支援は例年、ほぼゼロだった。それが、24年に埋め立て工事費など、USAIDを通じて365万ドル(約5億4000万円)を拠出。しかし、トランプ政権に代わった25年、再びゼロになった。
「バイデン前政権で築かれた良好な関係が、より大きな協力関係になることを期待していたが、現実は明らかにそうなっていない」。テオ首相は話す。
米国による対外援助の停止の影響は、世界中に広がる。ツバルに駐在するUNDPのプロジェクトコーディネーター、ジャハンギール・カーンさんは言う。
「(米国の政策変更により)各国で必要とされてきた多くのプロジェクトや人道支援が機能しなくなった。その仕組みも信頼関係も失われ、修復には時間がかかる」