ガラスはもろい?もろくない? SNSは言葉の実験場、AIがもたらす変化は
日本最大の50万語・用例100万を収める国語辞典で、「ニッコク」の愛称で呼ばれる小学館『日本国語大辞典』。2032年の第三版完成を目指して、30年ぶりの大改訂が8年がかりで進行中だ。
前の改訂作業以降の意味・用例の変化として、編集委員の一人で日本語学が専門の近藤泰弘・青山学院大名誉教授(71)が25年に注目したのが「ガラスの天井」だ。「ガラス」は現行の第二版で「ガラスのハート」を引いているように、「もろく、こわれやすいもの」の比喩に使われてきた。「日本語の『ガラス』は脆弱(ぜいじゃく)性の象徴として理解されてきた」と近藤教授は言う。
ただ、「ついに日本でも『ガラスの天井』を破って女性首相が誕生した」といった用例では、同じガラスが「破れない透明な障壁」の意味で使われている。もろさどころか、「強靱(きょうじん)さ」「閉鎖性」が含意されている。
この用法は、英語の「glass ceiling」から日本語に持ち込まれたものだという。近藤教授によると、文字どおりの意味を離れて、女性や性的少数者、外国人らが直面する「目には見えないが、確かに存在する障壁」という比喩的な意味で使われ出したのは、1970年代後半の米国でのこと。米では80年代に広まり、それが日本語にも90年代以降に浸透してきたそうだ。
近藤教授は語る。「時代の流れで、ジェンダーの問題が着目されるようになったこともあり、一つの象徴的な言葉。広く言葉の歴史から見たときも、面白い言葉だなと思います」
その逆方向、日本語から他言語へと及ぶ変化もあれば、英語→日本語→英語と一往復するように伝わった変化もある。たとえば、英語の「衣装」を意味するコスチュームと「演じる」を意味するプレー。これを掛け合わせて、日本では凝った衣装を着てアニメやマンガの登場人物に扮することを「コスプレ」と呼んできた。英語圏へも「cosplay」として逆輸出され、英英辞典の一部にも掲載されている。
また、言葉の変化を近年、後押しするのが、ネットやSNS。東京外語大副学長で、言語学が専門の中山俊秀教授(62)は「よりバラエティーに富んだ変化が起こる可能性がある」と見ている。
文字情報が印刷物中心だった時代には、編集担当者のチェックを経た文章が読まれていた。しかし、誰もが参加して即時に発信可能なSNSやブログでは、より素に近い状態の表現が、そのまま他人の目に触れる。しかも「ネットは言葉で個性を表現しようとする人が集まる実験場のような場。そのネット上の情報をAIが読み込み、再生産していくことで広まるものも出てくるのでは」。
変化というと「言葉の乱れ」と受けとめられがちだが、そうとも限らない。批判の多い「ら抜き言葉」も、可能の意味のときだけ抜いていて、受け身や尊敬と区別して伝えている、と見ることもできる。進化と考えるべきだろうか。AIも日本語のユーザーに加わってきたことで、これまでにない変化も起きるかもしれない。
中山教授が言う。「海外でも当たり前に使われる絵文字も日本起源。日本語を学ぶ人が増えたり、社会が開かれたりしていく中で、日本語そのものが広がっていくのでは」