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「通じない」に意味がある 語学を学ぶ大学生、多言語劇を演じて伝えたかったこと

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アジア有志語劇のダンスシーン。キメのポーズもばっちり

外語大には日本語以外に27言語の専攻語がある。外語祭では、1年生は学んでいる言語地域の料理や飲み物を出す「料理店」、2年生はその言語を使った「語劇」をやるのが伝統だ。外語祭実行委員会によると、多言語劇は主に3、4年生の有志によるもので、今年は「多言語有志語劇」「アジア有志語劇」の2団体が上演するという。こうした取り組みはすでに何年も前からやっているそうだが、いつ始まったのか詳細は不明ということだった。

まず、外語祭前に「多言語有志」の練習をのぞいてみた。日本語、スペイン語、ドイツ語、英語、中国語……聞いていてなんとなくわかったのは5言語。想像通り、役者たちがそれぞれ違う言語でセリフを言っている。そのほかに、チェコ語、ノルウェー語、沖縄語、ペルシャ語、韓国語、ポルトガル語、マレー語、の全12言語が使われていた。

「多言語有志語劇」の練習風景

「これまでの多言語劇は、それぞれが自分の専攻言語でセリフを言うというものがほとんどでした。会話は別々の言語でするけれど、それが通じているという前提で演じるものが多かったんです。でも、今年はそれはやめました」と主演のチェコ語専攻4年、江上聖志朗さん(23)。「実際には通じないし、通じないことが表現できるのも多言語劇なので」。そこで、オリジナルの作品「あなたの言語は?」に取り組むことにしたという。

インタビューに応じてくれた多言語有志語劇の中心メンバー。左から坂本実月さん(23)、竹内宗之さん(23)、江上聖志朗さん(23)、本村光ルークさん(23)、田中克典さん(23)

主人公は外語大に合格したばかりの大学1年生。でも、言葉を学ぶ意味を探しあぐねていた。そんなある日、突然、全く言葉の通じない所に迷い込む。そこは相次ぐ災害で逃れてきた人たちが暮らす町で、それぞれが違う言語を話す場所だった。言葉が違う人は信用できないという人、自分の中に閉じこもる人。そして生まれる誤解、いさかい、疑い……。言葉の違いで対立が生まれる一方、相手のことを知りたいと思う主人公たち。その中で、言葉を学ぶ意味を探し出す。

多言語劇といえど最初の台本は日本語で書くのだそうだ。そして、キャスト陣は自分のセリフを自分の専攻語に翻訳し、大学のネイティブ講師にチェックしてもらって台本を「多言語」化していく。メンバーのほとんどに留学経験があり、翻訳作業はそれほど大変ではないらしい。ただ、英語専攻の坂本実月さん(23)は英語で授業が受けられるノルウェーの大学に留学したことからノルウェー語で演じることに。英語に訳したセリフをノルウェーの友人に頼んで翻訳してもらった。ストーリー上、ほかにも専攻語以外のセリフがある人も多く、お互いに教え合い、音源を聞いて覚え込んだ。当日の舞台では日本語字幕も用意し、使用言語が一つもわかららない人でも楽しめるよう工夫している。

主人公は謎の女(右)によって、ある日突然、異世界に送り込まれる

「何で自分は言語を学んでいるんだろうと悩むのは、外大生あるあるなんです」と原案を考えたポルトガル語専攻4年の竹内宗之さん(23)。他大の友だちは専門的な勉強をしているのに、自分は語学。しかも必死に勉強しているのに、なかなか上達しない。勇気を出してネイティブに話しかけてみたら、全然通じない。「言葉を話すのが怖くなり、外国人を遠ざけてしまったこともあった」。翻訳ソフトが存在感を増し、言語学習が軽視されているような風潮もそんな気持ちを強くさせた。

それでも、頑張って言葉に歩み寄り、壁にうろたえつつも、立ち止まらず、何とか乗り越えようともがいてきた。「通じると嬉しい。相手の文化を知り、友だちができると、見えてくる世界が変わる。語学学習は諦めたくなるようなタフな道のりだけど、だからまた先に進もうと思えるんです」と江上さん。「言葉は壁にも、橋にもなる。人をつなぐこともあるし、人を残酷に隔てることもある」という主人公のセリフに込めた思いだ。

フェリペ(中央)は、言葉が通じない相手にひどい扱いを受けた経験から、言葉が違えば人は理解し合うことはできないと信じている

表のテーマは「言葉を学ぶ意味」だが、実は裏テーマがある。「異なるもの」をどう受け止めるかだ。竹内さんの関心テーマである「異文化理解」を盛り込んだ。

文化の違い、国籍の違い、ジェンダーの問題。社会のあらゆる所にある「分断」を越えて行くのも、言葉を学んで世界を広げようとすることと同じなんじゃないか。江上さんは「それがお客さんに伝わり、考えてもらうことができれば嬉しいです」と話していた。

だれも中国語がわかる人がいないと心を閉ざしていた女性(右)。主人公が発した片言の中国語をきっかけに、交流が生まれる

もう一つの「アジア多言語劇」。こちらは「西遊記」の元になった「大唐西域記」をアレンジしたオリジナル劇「新・大唐西域記」に取り組んだ。

アジア有志語劇の中心メンバー。左から谷桂典さん(23)、李倫枝さん(23)、宮本知弥さん(23)、加藤慎大さん(23)

インドを旅する唐僧の玄奘三蔵が現代のインドにタイムスリップ。ヒンドゥー教やイスラム教、シーク教など様々な宗教と言語が入り交じる日常を体験しながら、「多様性」「異なるものに心を開くこと」について考えるストーリーだ。ヒンディー語専攻4年の李倫枝さん(23)と宮本知弥さん(23)が中心となり、中国語、ウルドゥー語、ベンガル語、タイ語、日本語の各専攻の学生が集まった。劇中では中国語、ヒンディー語、ウルドゥー語のほか、サンスクリット語、パンジャーブ語なども登場。みんなで翻訳して台本を作り上げた。こちらも「異なる言語同士は通じない」という演出で、劇中にダンスを挟むなど、エンターテイメントとして楽しめるよう工夫した。

アジア有志語劇の練習風景

様々な宗教や言語が共存するインドは多様性の国。「でも、留学していた時には少数派の人たちへのヘイトスピーチを報道などで耳にしました」と宮本さん。近年インドでは、ヒンドゥー至上主義の高まりに伴って、少数派のイスラム教徒に対するヘイトスピーチや暴力事件が起きている。

一方、出入国管理法が改正された日本でも、排外主義的な動きやヘイトスピーチは大きな問題となっている。「いかに多様な人々を包括できる社会になれるか、日本は多様性を尊重できるのかがいま問われていると思う」と李さん。参加メンバーのほとんどが海外留学をし、外国で自分自身がマイノリティーとなり、少数派が置かれた立場の実感があることも、このテーマでいく原動力になった。玄奘と共に旅する男を演じた中国語専攻4年の谷佳典さん(23)は「知らないものに出会った時、知ろうとする姿勢の大切さをより強く感じるようになりました」と振り返る。

タイムスリップした現代のインドで携帯電話を売りつけられる玄奘ら。市場の様子やインド英語のアクセントは、メンバーが留学中に経験したことを生かして作り込んだ

実際に練習を始めてみて、もう一つ収穫があった。ヒンディー語など南アジア地域言語を専攻する学生と中国語専攻の学生との間で交流が生まれたことだ。インドを旅した玄奘のように、インドと中国は歴史的に深い繋がりをもつが、両地域を学ぶ学生たちの間には今まで交流がなかった。玄奘を演じた中国語専攻4年、加藤慎大さん(23)は「インドについての知識はほぼゼロでしたが、お互いのことを知るいい機会になりました。おいしいインド料理、ネパール料理なんかも教えてもらって」と話してくれた。

宗教や言葉が違えど、みんなでセルフィー。お互いの間の垣根を取り払う仕掛けとして上手に描いていた

上演当日。会場のホール入り口にはどちらの劇も長蛇の列ができ、会場はほぼ満席状態だった。「外語大に入りたくなるなあ」という中高生や「一回だけの上演なんてもったいない」という年配の男性の姿も。観客の中にはたくさんの外国人もいた。多言語で演じるからこそ伝わるメッセージ。食い入るように舞台を見つめていた人たちの姿を見て、それは確かに伝わっていたと思えた。