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海賊版防げ、漫画をAI翻訳 東大発ベンチャー「ONE PIECE」もベトナム語に

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左からMantra事業責任者の関野遼平さん、Mantra社長の石渡祥之佑さん、共同創業者の日並遼太さん=藤崎麻里撮影
左からMantra Engine事業責任者の関野遼平さん、Mantra社長の石渡祥之佑さん、共同創業者の日並遼太さん=藤崎麻里撮影

パソコン上にあるシステム内のボックスに、データ化されたコミック本の見開き4ページ分の漫画を入れる。すると、5分ほどで、英語版ができあがった。読み進めてみたが、すべてのコマがスムーズに読め、誤訳や言い回しが気になる吹き出しは一つもなかった。

Mantra Engineを使った場合の漫画の翻訳=Mantra提供

「ここからより面白く、伝わりやすい翻訳を目指していける」。同社のMantra Engine(マントラエンジン)事業責任者の関野遼平さん(32)は言う。「昨年は1ページに一コマ程度、間違いや違和感があることもあったが、それもなくなった。独自に開発したAI翻訳のシステムにGPT4もいれて、どんどん進化している」

文字だけの本などと違い漫画をAI翻訳するには様々なハードルがある。AIはまず、どこに訳すべき文字があるかを認識しなければならない。さらに、一つのコマの中に複数の吹き出しがある場合、吹き出しを読む順番を判断し、絵が付くことによる言葉の省略や文脈も理解し、認識した文字を翻訳する必要がある。

こうした難題を、Mantraは画像認識とAI翻訳という二つの技術を精緻(せいち)にすることで乗り越え、サービスを広げている。今、翻訳できるのは英語のほか、フランス、中国、韓国、ベトナム、スペイン、ポルトガル語など14言語だ。

Mantra Engineでは、翻訳の精度を高めるため、より具体的な指示を出すこともできる=Mantra提供
Mantra Engineでは、翻訳の精度を高めるため、より具体的な指示を出すことも=Mantra提供

Mantraを立ち上げた社長の石渡祥之佑さん(31)がこの事業を構想したのは、東京大学大学院の博士課程3年のときだ。研究していた機械学習では、文章の翻訳はあっても、漫画の翻訳は未知数の分野だった。「技術的にもかなり面白いチャレンジ」と好奇心をそそられた。博士課程で同期だった画像認識を専門とする日並遼太さん(32)に声をかけ、2020年1月に共同創業した。

サービスを始めたのは、同年7月。折しもコロナ禍で各国の巣ごもり需要に、漫画の翻訳は重宝され、瞬く間に広がった。

Mantraによれば、AI翻訳はあくまでも下訳で、出版されるものは出版社やMantra側で確認し、必要な修正を加えている。出版社などからは「翻訳にかかる時間は大幅に短縮できるようになった」との声が寄せられているという。日本語版が発刊されたのとほぼリアルタイムで外国語訳を発刊できるようになり、すでに約7200冊分を翻訳した。

小学館や集英社、海外大手企業との取引もある。関野さんは「強みは精度の高さ」。システムには、吹き出しごとではなく、1話まとめて入れて、翻訳をかける。このためAIが話者を認定し、文脈もある程度認識したうえで訳すので、「先生はね」という語り口調も、英語であれば「Teacher」ではなく、「私」であると認識したうえで「I」と訳せる。GPT4を加えたことで、漫画にあまり出てこない慣用句も学習しているため、吹き出しに「石橋をたたいてわたる」というセリフがあった場合、石橋をstone bridgeではなく、同じ意味の英語の慣用句に置き換えて訳せるようになった。

さらなる向上をめざし、吹き出し外にある「ズドーン」といった擬音語も、人間の手が入った完成版を読み込んで学習させて訳させる研究も続けている。主人公の決めぜりふなどは、日本語特有のあいまいさがあったり、文脈は関係なかったりすることが多い。そういうものは「人間の翻訳者の腕に頼る部分が大きい」と関野さんは話す。

日本語の漫画を外国語に訳すだけではなく、韓国語の漫画を日本語に訳す仕事も。石渡さんは言う。「インターネットで映画をどこでも見られるようになるなど、垣根がどんどんなくなっている。言語の壁をエンタメの流通からなくすことが、究極の目標です」

これまでも日本の漫画は海外でも人気だったが、翻訳にかかる手間とコストがネックで、輸出するまでに時間がかかっていた。その間に、非公式に翻訳されたものが出回って海賊版になってしまっていた。AI翻訳で少しでも速く訳し、海賊版が生まれるのを防ぐこともめざす。

石渡さんは、そこにも強い思いがある。母の出身国の中国には子ども時代から行っていた。父の国・日本と中国が政治や経済面で対立を抱えても、日本の漫画やアニメは友人との共通の話題となって助けてくれた。ただ大学院時代の留学先の米国でも中国でも、当時読まれていた日本の漫画は、ほとんどが海賊版。次第にそのことに複雑な思いを持つようになった。「漫画は心に働きかけられるもので、子どもも読むもの。文化の行き来は、お互いの好きなものを増やすことにつながり、平和にとって重要だ。漫画の流通を正規のかたちで加速させることに貢献できれば」

インドから来日し、Mantraで働くエンジニアのプラカ・アガルワルさん(中央手前)=Mantra提供

世界の日本漫画やアニメ好きも事業を支える。昨秋から社員となったのは、ジブリ好きのインド人エンジニアのプラカ・アガルワルさん(24)。「漫画を通じて各国間にあるバリアーを崩していける」。海外渡航を心配する両親をそう説得して、同社でのインターンを経て、日本にやってきた。

Mantraが海賊版についてSNSで調べたところ、サイト運営者は稼いでいても、翻訳は漫画のファンが早く読みたいがあまり、無償で行っていることが多いとわかった。関野さんは「漫画やキャラクター愛が強いだけに、海賊版の訳のレベルは高く、日本の出版社でも注目されていた。中には『大好きな漫画だけに、訳のレベルをあげたかった』と話すプロの翻訳者もいた」という。米国、マレーシア、スウェーデン、カナダ、シンガポール、英国、インドネシアなどの翻訳者や漫画ファンら約15人と海賊版を訳さないという条件で直接契約し、翻訳などの事業の一角を担ってもらっている。