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日本でも読まれて欲しい随筆集 中国「漫画の父」が日本文化に寄せた愛が深い

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
田辺拓也撮影

中国は翻訳大国だと改めて思う。海外作品の翻訳本と同じくらい、中国の翻訳家自身の著作も読まれている。『万般滋味,都是生活』は、鋭い観察力でつづられる素朴な生活のディテールに、柔らかな筆致と色使いの「漫画」が約50点添えられた散文集。著者の豊子愷(フォンツーカイ、1898〜1975)は、『源氏物語』の中国語訳者として知られ、中国人の日本理解に多大な功績を残した。「漫画」という言葉を中国に普及させた「漫画の父」でもある。昨年、生誕120周年を迎え、中国で人気が再燃している。

本書には1920~40年代の随筆を収録。例えば、夏目漱石の『草枕』を引用し、「ここまで物質文明を嫌悪する人は珍しい。自分も同じ気持ちだ」と共感し、「芸術の高貴なシュールレアリスム、ここにあり」と芸術の心を育むことを説く。また、日本へ留学中に、江の島(神奈川県藤沢市)でサザエのつぼ焼きをさかなに酒を飲んだ際、西洋の重たいカトラリーや中国の不衛生な竹箸と比べて日本の割り箸を絶賛。と思えば、若い女性店員の身の上話にホロリ。わずか10カ月間の留学生活を軽やかに楽しんだ様子もうかがえる。

日本文学に親しみ、竹久夢二の絵に影響を受けたことでも知られる豊だが、日本文化との縁には、より大きな存在の師がいた。豊が17歳の時、杭州の師範学校で出会った李叔同だ。
本書によれば、李は東京・上野の東京美術学校(東京芸術大学美術学部の前身)に留学して西洋画を学び、音楽学校にも通った。李から、音楽や絵画、日本語を学び、訪中した日本人画家の大野隆徳らに同行する機会も得た。李はのちに出家して弘一法師となるが、日本で入手し、びっしりと書き込みをした英語版『シェークスピア全集』など、当時は貴重な書籍を出家前夜、豊に託した。日本と西洋文化にまっすぐに向き合った姿勢や、深い教養が受け継がれた師弟関係をつづった「回憶李叔同先生」は感動的だ。

酒にまつわる思い出を描いた「酒吃」では、故郷の石門湾(現・浙江省嘉興市桐郷)が日本軍に攻撃され、避難した杭州も追われた。複雑な胸中はあえて語らないさりげなさと心和む「漫画」の組み合わせが、かえって切ない。豊は日本でももっと読まれるべきだ。

まだまだ少ない、中国作品の日本語訳

毎年8月、上海と北京でブックフェアが開催される。上海は一般読者向け、北京は主に出版社やエージェントなどの業者向けだ。

北京ブックフェアを主催する中国図書進出口総公司の若手翻訳家研修プロジェクトに(若くはないが)招かれた。20カ国の中国文学翻訳家とともに、中国の出版関係者や作家と話すたび「作品を出版する権利を一番買ってくれるのが韓国、一番少ないのが日本」「自分の作品は30以上の言語に翻訳されたが、日本語はない」などと言われ、肩身が狭い。

規制はあれど、中国では日本コンテンツは依然人気で、日本の出版社のブースはにぎわっていた。「日本の出版社は売る方に忙しくて、中国作品の出版権を買う方に興味がないなんてもったいない」とこぼす他国の翻訳家やエージェント。中国で大ベストセラーとなり、日本でも邦訳が大きな話題を呼んだ劉慈欣(リウ・ツーシン)のSF小説『三体』に続く世界的大ヒットコンテンツがどこかにあるかもしれないのに……。

本書『醒来覚得甚是愛你』の著者、朱生豪(1912~1944)は20世紀前半に活躍した翻訳家であり、詩人だ。あまたのシェークスピア翻訳者の中でも大きな影響力をもつ朱は、翻訳の質の高さはもちろん、32歳という若さで病に倒れ、亡くなるまでにシェークスピアの31作品を翻訳した、その太く短い人生が人々の胸に焼き付いている。

本書は、朱が大学時代に出会い、のちに妻となる恋人・宋清如に宛てた書簡集。「目が覚めたらとにかく君を愛していた」「僕は宋清如至上主義者」「君を食べてしまいたい」――。あきれるしかない甘い言葉が並ぶ。

さらにほほえましいのが宛名と署名。「天使」「悪魔」というものもあれば、宛名は「いい人」、署名が「ミミズ」「ブタ」「空気」「ヒトラー」……と百花繚乱(りょうらん)。朱は大量のラブレターを書いた10年弱の交際期間を経て、結婚からわずか2年余りでこの世を去った。宋はそれから半世紀余り後の1997年に86歳で亡くなった。「お互いが死んだら破棄を」と書き遺したのに、公開されてしまった。偉大な翻訳家の読書記録は資料としても貴重だが、なによりも今どきなかなか見られない「甘すぎるささやき」が若い読者に受けている。

中国のベストセラー(文学部門)

『当当網』8月22日~29日 ベストセラーリストより

『 』の書名は邦題(出版社)

1 万般滋味,都是生活

豊子愷

中国における「漫画の父」、翻訳家、随筆家による漫画エッセー。

2 浮生六記 『浮生六記―浮生夢のごとし』 (岩波文庫)

沈復・著、張佳瑋・訳

妻への思いや仲睦まじい夫婦生活をつづった、清代の傑作を新たに現代語訳。

3 我喜歓生命本来的様子

周国平  

中国を代表する哲学者が説く「生命本来のありさまを尊重すること」の意味。

4 半小時漫画唐詩

陳磊(二混子)

漫画で学ぶ中国教養シリーズ。30分で読めて唐詩がぐっと身近に。

5 皮囊

蔡崇達

刊行から5年で350万部を突破した若者のバイブル的短編集。

6 撒哈拉的故事 『サハラ物語』(筑摩書房、絶版)

三毛

1970年代に中華圏で大人気を博した、砂漠生活をつづったロングセラー。

7 自在独行

賈平凹 

陝西省の農村の人々を描き続ける、中国を代表する人気作家のひとりごと。

8 醒来覚得甚是愛你

朱生豪

シェークスピアの翻訳者であり詩人の9年間にわたるラブレターの記録。

9 沈黙的大多数

王小波

1997年に逝去した「文学のゴッドファーザー」が語る「声なき多数派」。

10  一只特立独行的猪

王小波

死後も人気が衰えぬ国民的作家によるブラックユーモア満載の随筆傑作集。