【1分でわかる】「Dデー」って何の日? 世界史を変えた史上最大の作戦を知る
この記事は、朝日新聞(デジタル版)の連載「そもそも解説」で、2024年6月8日に配信された記事を再構成してお届けします。本編はこちらから
1. 1944年6月6日、空と海から約16万人がフランスへ強襲した「史上最大」の作戦
2. ナチス・ドイツに占領された欧州を解放するため、米英など10カ国以上が結集
3. 未明に空挺部隊、早朝に海から歩兵部隊が上陸。連合軍の死傷者は1万人を超えた
4. 第2次世界大戦で連合国勝利の決定打となり、作戦を指揮したアイゼンハワーはのちに米大統領になった
1, 「Dデー」と呼ばれた歴史的な日
1944年6月6日、英仏海峡を渡り、約16万人の連合軍兵士がフランス北西部のノルマンディーの五つのビーチに上陸しました。これは第2次世界大戦における「史上最大の上陸作戦」です。アメリカでは「Dデー」という呼び名で人々の記憶に刻まれています。悪天候で1日延期され、未明に空からパラシュート部隊が、早朝には海から歩兵部隊が上陸するという大規模な強襲が行われました。
2, 圧倒的な物量、準備期間は2年以上
この作戦にはアメリカ、イギリス、カナダを中心に10カ国以上が参加しました。上陸のために用意されたのは、艦艇約7千隻、航空機は約1万2千機というものすごい数。実は、日本が真珠湾を攻撃し、ドイツとイタリアがアメリカに宣戦布告した1941年12月以降、アメリカとイギリスは2年以上もかけて、大陸への反攻計画を練り上げていたのです。
3, 映画にもなった激戦と多くの犠牲
作戦は成功しましたが、連合軍側の死傷者は1万300人に及びました。特にアメリカ軍が担当したオマハビーチでの被害が甚大で、ここだけで2400人が死傷しています。この悲惨な戦闘の様子は、『史上最大の作戦』や『プライベート・ライアン』といった映画でも描かれています。
4, ナチスからの解放、そして勝利へ
この作戦は、当時のナチス・ドイツによる侵略やホロコースト(ユダヤ人大虐殺)からヨーロッパを解放する重要な起点となりました。勢いに乗った連合軍は上陸から2ヶ月後の8月にはパリを奪還。この成功が第2次世界大戦の連合国勝利の流れを決定づけました。ちなみに、この作戦を指揮したアイゼンハワーは、戦後にアメリカの大統領になっています。
10カ国が参加した連合国側の兵士の内訳は、アメリカが約7万3千人、イギリスが約6万1千人、カナダが約2万1千人。また、支援した航空機の8割はイギリス軍だったというデータもあります。一方で、迎え撃ったドイツ側の死傷者推計は4千~9千人。連合軍がいかに圧倒的な戦力と犠牲を払ってこの作戦を押し切ったかが、具体的な数字からも読み取れます。