アメリカの先兵として世界中の軍事紛争地に送り出されている米海兵隊には、しばしばその存在理由を疑問視されてきた歴史がある。
トランプ政権がアメリカの軍事的仮想主敵を、国際テロリスト集団から軍事大国すなわち中国とロシアにシフトしたことをきっかけに、再び米海兵隊の存在理由が問われている。なぜならば第2次世界大戦以降、現在に至るまで、米海兵隊が“表看板”に掲げる「水陸両用戦闘」の性格そのものが、軍事技術の急速な発展に伴って抜本的に見直されているからだ。
そのためアメリカ海兵隊総司令官バーガー大将は、「現在の米海兵隊の戦力状況は、軍事大国間の対決(筆者注:米中対決ならびに米ロ対決、とりわけ中国との軍事紛争)には妥当なものとは言えない」と指摘。2030年前後の米軍ならびに中国軍やロシア軍などの仮想敵勢力双方の軍事力を推計し、それに基づく机上演習、実証実験、モデリングそしてシミュレーションを繰り返し、海兵隊のあるべき姿と、そのために乗り越えなければならない障害を特定する作業を進め、米海兵隊の新たな存在理由を明確にしなければならないとしている。
米海兵隊の“表看板”だった水陸両用戦闘
現在までの70年にわたって米海兵隊が“お家芸”とし、その存在理由を具体的に示してきたのが水陸両用戦闘だ。とりわけ一般的には「上陸作戦(厳密には上陸作戦も強襲作戦と襲撃作戦に分類できる)」と呼ばれる戦闘である。以下本稿では、「水陸両用戦闘」を「上陸作戦による戦闘」に限定する。このような意味合いでの水陸両用戦闘を極めて大まかに概念化すると、下記のような流れになる。
- 海軍艦艇に海兵隊部隊が分乗して作戦目的地沖合に急行する。
- 海軍艦艇や戦闘攻撃機、爆撃機などで作戦目的地周辺の敵に集中攻撃を加え、抵抗力を弱体化させる。
- 沖合の艦艇から上陸用舟艇や水陸両用装甲車、1970年代以降はヘリコプター、2007年以降はオスプレイなどの上陸用ビークルで、水上と空中を経由して目的地海岸線に海兵隊侵攻部隊が接近上陸する。この過程で、事前の集中攻撃から生き残った敵との戦闘が展開される。この際、上陸した部隊を空から支援するため、海兵隊は戦闘攻撃機や攻撃ヘリコプターなど自前の航空部隊を保有している。
- 海岸線に上陸した海兵隊侵攻部隊が敵を掃討し、味方の後続部隊や補給物資などを受け入れるための橋頭堡(きょうとうほ)を確立する。
- この橋頭堡を起点に、陸軍部隊などの大部隊が内陸への進撃を開始する。
米海兵隊は、このような流れの水陸両用戦闘を“表看板”に掲げてきたが、これまで長い間にわたって実際に水陸両用戦闘を経験する機会はなかった。米海兵隊が経験した最後の水陸両用戦闘は1983年10月のグレナダ侵攻である。ただし、グレナダには多くのアメリカ市民が滞在していたため、上記ステップ2は実施されなかった。2003年3月のイラク戦争では、イギリス軍特殊部隊と米海兵隊から抽出された特殊部隊によるウンム・カスル上陸侵攻作戦が実施されたが、本格的な水陸両用戦闘というよりは特殊作戦による上陸侵攻という性格の戦闘であった。
そもそも、上陸作戦という意味合いでの水陸両用戦闘は、1930年代に「来たるべき日本との対決」に備えて生み出された概念だった。実際に米海兵隊は第2次大戦に際し、太平洋の島々や沖縄などでの数多くの水陸両用戦闘で、「日本との対決」に打ち勝ったのである。
しかし、その後のベトナム戦争や「ソ連との冷戦」では大規模な水陸両用戦闘をほとんど経験することがなかった。アメリカが冷戦に打ち勝ち、「国際テロとの対決」の時期に突入すると、米海兵隊は米陸軍と同じ砂漠や山岳地帯それに市街地での戦闘に明け暮れることになった。そのため米海兵隊にとって、水陸両用戦闘のエキスパートということが、米陸軍と差別化する根拠にならなくなってきた。
ただ、インドネシアの大津波や東日本大震災など世界各地の自然災害や人道支援活動で、水陸両用戦能力が活躍する機会はしばしば訪れた。しかし海兵隊を含めてアメリカ軍にとって、災害救援活動や人道支援活動はあくまで“おまけ”の任務にすぎない。それらを存在理由とすることを、アメリカ社会が容認することはほぼないのである。
そのため、米陸軍と同じように砂漠や山岳地帯、市街地といった地上での戦闘が主たる任務であるにもかかわらず、海軍組織の一員である(米海兵隊は、米海軍とともに海軍長官をトップとする海軍省に所属している)米海兵隊について、「なぜ地上で戦う軍隊が二つ必要なのか」という問いが投げかけられることになる。
軍事技術の進化、変化求められる組織
トランプ政権によってアメリカ軍の主たる使命が「軍事大国との対決」に変更され、アメリカにとって最も警戒すべき軍事的仮想敵は中国になった。すなわち、東シナ海や南シナ海の島嶼、台湾の海岸線、それに最悪の場合には中国本土の海岸線などでの中国軍と米海兵隊との水陸両用戦闘が想定される。であれば、水陸両用戦闘を“表看板”に掲げる米海兵隊の出番になるのだろうか?
しかし、中国軍との水陸両用戦闘が現実となった場合、上記のような伝統的水陸両用戦闘のステップに従うと、米軍側は壊滅的損害を被りかねないのが現状である。
たしかに第2次世界大戦当時と違い、海兵隊部隊を目的地沖合まで急送するための海軍艦隊はスピーディーかつ強力な武装を施されている。また、沖合の強襲揚陸艦や輸送揚陸艦から海兵隊部隊が海岸線に接近するための手段も、ヘリコプターやオスプレイなどの高速移動手段が加わり、よりスピードアップが図られている。
他方、防御側の中国軍は様々な長射程ミサイルを取りそろえている。米軍側が上陸目的地周辺に集中攻撃を加えたとしても、はるか遠方で反撃態勢を固めている中国軍ミサイル部隊が発射する対艦弾道ミサイルや多数の地対艦巡航ミサイルで、米海軍艦隊の強襲揚陸艦や輸送揚陸艦が壊滅的打撃を被る可能性が極めて高いのだ。要するに、上記ステップの1、2、3は極めて実現困難な状況となっているのである。
新たな「正当な存在理由」なしに組織は続かない
つまり、米海兵隊が自らの存在理由の具体的根拠としてきた「水陸両用戦闘に打ち勝つ」ことは、その水陸両用戦闘の意味合い、作戦構想や戦術、組織構造や装備体系などを抜本的に見直さなければ実現し得ないのである。
もちろん「強力な各種長射程ミサイルで防御を固める中国軍相手では、もはや水陸両用戦闘は不可能だ」と諦めてしまっては、米海兵隊の存在理由は消滅し、米海兵隊という陸上戦闘軍は米陸軍に統合されるであろう。
だからこそバーガー海兵隊総司令官は「新機軸の水陸両用戦闘」の概念を明確にし、今後の米海兵隊の存在理由を打ち出して、組織存続を図ろうとしているのだ。
軍事技術の飛躍的進展や、安全保障環境の大幅な変動などに伴い、軍事組織の存在理由そのものを見直さなければならないのは、米海兵隊に限ったことではない。もし新たに正当な存在理由が見い出せたなら、それに適合させるべく組織の大幅な改革を推し進めなければならない。存在理由が失われているのであれば、そのような軍事組織は単なる税金の無駄遣いになり、消滅させられる運命にあるのだ。
こうした米海兵隊が取り組んでいる組織の存在理由を含めての抜本的な構造改革は、我が国周辺の安全保障環境がこれまで経験したことのない程に急激な変化を遂げている以上、防衛省・自衛隊も見習うべき試みだといえよう。