違いを前提に一緒を学ぶ オランダ「ピースアブル・スクール」子どもの自主性引き出す
オランダ・ハーグ市内のデ・ブラス小学校。8年生(オランダでは4歳から小学校が始まり、8年生は日本の6年生にあたる)のシュレイヤーさんとジャナさんは、当番の昼休みになると黄色のジャケットを着る。「メディエーター(仲裁者)」だからだ。
ケンカなどの児童同士のもめごとがあると、彼女たちの出番だ。「週に1回くらいかな」とシュレイヤーさん。「友達にペンを2本貸したら、借りた子が妹にペンをあげちゃって。私が呼ばれました」。まずは落ち着いて話せる場所に移動して、それぞれの言い分を聞く。「お互いを尊重するんです」。その後でシュレイヤーさんがそれらを要約し、さらに双方から解決法について聞く。話しあい、まとまればメディエーターが2人に握手を促して終了だ。紛糾して初めて、先生を呼びにいく。ペンの件は、先生の登場の前に1本は元の持ち主に返し、1本はあげることで解決した。「呼ばれることもあるけど、怒っている子や悲しそうな子、1人で座っている子がいたら『どうしたの?』って話しかけてみる」とジャナさん。
これは、オランダの小学校で行われている「Peaceable School(ピースアブルスクール、平和的な学校の意味)」と呼ばれるプログラムの一環だ。ピースアブルスクールは、オランダでいじめ問題が深刻化していた1990年代後半、ユトレヒト市で開発された。学校を小さな民主社会とみたて、意見の違いや多様性を前提に、対話を促して平和的にケンカやいじめなどの問題を解決しようという内容だ。週に1回授業がある。
メディエーターのように、生徒同士の自発的な行動を引き出すのが特徴だ。メディエーターは希望者を募り、多数の場合は選考し、6時間の研修を受ける。「他の子を助けるのが好き」とシュレイヤーさん。ジャナさんも「問題を解決できるのがうれしい」。メディエーターは7、8年生の役割だが、2人とも今年が2年目だ。
オランダでは、子どもが社会の問題を自分の問題としてとらえ、主体的に考え行動できるようにする「主権者教育」が2006年に小中高で義務化された。政治や社会への関心が低下する一方で、移民が増えて異なる文化的背景を持つ人たちが増えていたことがきっかけだ。学校で、多様な人が共生するための民主主義を学ぶ目的だった。経済協力開発機構(OECD)の統計では、オランダの外国出生人口は2022年で15.8%。日本は2025年で在留外国人の比率が3.2%だ。
ピースアブルスクールは、オランダの7020の小学校のうち1250校で導入済みだ。冒頭のデ・ブラス小学校での授業を見学した。
4、5歳のクラス。「今日は、優しい、優しくない、について話します。優しくしてもらったことを話してください」と先生。子どもたちが手をあげる。「サラが難しいパズルを手伝ってくれた」。先生は「ではサラの首に『優しいことをしてくれた』とほめるカードをかけてあげて」。カードを首にかけてもらったサラさんは笑顔になった。「どんな気持ちですか?」と先生に問われて「うれしい」。「良いことを言われたらどういう気持ちになるか」の授業だ。続いて「良くないことを言われたらどんな気持ちになるか」を学ぶという。
同プログラムを中心になって推進する同校のリク・スネルさんは「プログラムを導入して約5年。授業だけではなく、日常のあらゆる場面で『プログラムで学んだよね?』『こういう時はどうするんだっけ?』などと、教師が子どもたちに問いかけます。その結果、学校の文化となり、今やDNAといっていいほど。子どもの内面に根付き、自発的に行動するように」。小さい頃から学習する利点についても「子どもたちは自然に身につけられる」。学校のあちこちに「私たちはみんな違うのです」「私たちはお互いの意見を聞きます」などと、同プログラムの原則がかかれ、貼られていた。
同プログラムは、ほぼ6年ごとに改訂し、現在は第4版だ。作成者の一人、心理学者のハンス・スヘルテマさんは「学校は、それぞれの違いと向き合い、多様な意見を尊重し、建設的なスキルを身につける場所。児童・生徒が自分で解決策を考えられるよう、つくりこんでいる」。それぞれ「ケンカ」「にっこり」「がまん」を表す赤、黄、青の帽子、どんな気分かを表す「感情のバロメーター」など、心の様子や感情を可視化する多くの小道具が用意されている。
「現行、そして次の版は、全体的に批判的思考を採り入れ、SNSの扱い方やファクトチェックを追加しています」
政治的に意見が分かれることでも、積極的に議論を促す。アムステルダム応用科学大教授で主権者教育を研究するヘソル・ニウリンクさんは「高学年ではジェンダー問題と平等、植民地時代の歴史と奴隷制、ガザ情勢といった時事問題など。対話は教育の重要な側面で、異なる見解を持つことが許容され、そのうえで共通点を共有できると生徒が理解するのが重要です」。
ニウリンクさんは、ピースアブルスクールの意義を「日常的なトラブル解決のために他者と協力する能力を伸ばせる。寛容さや他者の利益を理解し共感する能力も身につけられ、その後の人生に長期的な効果をもたらせる」。学術的にも、子どもたちのケンカや争いが減ったと検証されているという。
プログラムが浸透し、内面化するには時間がかかる。授業に加え辛抱強いはたらきかけが必要だ。しかし、一度身につけば子どもたちが成長しても人生を貫く態度になり得る。