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「トランプ関税」の源流に建国249年の歴史 震源地は「第4のR」の時代か?

World Now 更新日: 公開日:
USスチールの工場で開かれたトランプ米大統領の演説会には、多くの鉄鋼労働者がつめかけた=2025年5月30日、米東部ペンシルベニア州ピッツバーグ近郊、杉山歩撮影
USスチールの工場で開かれたトランプ米大統領の演説会には、多くの鉄鋼労働者がつめかけた=2025年5月30日、米東部ペンシルベニア州ピッツバーグ近郊、杉山歩撮影

世界を揺るがす「トランプ関税」の震源地アメリカ。歴史に刻まれる「三つのR(税収・保護・相互主義)」の延長線上にあるトランプ関税だが、国家財政と国際秩序を揺さぶる新たな段階に入っている。関税は消費者負担を増やし、景気の不均衡を拡大させる副作用もはらむ。トランプ政権後も高関税は続くのか。

米東部ペンシルベニア州ピッツバーグの南東に広がる「モンバレー」地区には、米鉄鋼大手USスチールの古い製鉄所がいくつも立地する。5月末、一時は閉鎖も検討されていた工場の一つに現れたのは、トランプ米大統領だった。

「我々はこの会社を救った。25%の関税を課し、会社は保護を得た」

第1次政権下の2018年に始めた鉄鋼への関税のことだ。「鉄がなければ国家もない」。そう言って関税で安い海外製品の流入を阻み、経営不振のUSスチールなどを露骨に支援したのだった。

USスチールのエドガートムソン製鉄所。操業を開始した「1875年」の文字が外壁につづられていた=2025年9月15日、米ペンシルベニア州、榊原謙撮影

関税はUSスチールを救済する投資も生んだ。「関税政策で、鋼材は輸入から国内生産への転換が想定される」。そう判断したのは日本製鉄。今年6月、老朽化するモンバレー工場群などへの巨額投資を条件に、USスチールを買収した。

両社の水面下の交渉を助けた地元町長クリス・ケリーさん(71)の自宅には、「より強い米国はモンバレーでつくられる」と書かれた特注の旗が飾られている。ケリーさんは鉄鋼関税にこう理解を示した。

「関税は他国の安い鉄鋼への対策になる。鉄鋼産業を補助金で支えている国があるからね。トランプは50%の関税をかけることで、鉄鋼労働者が競争力を保てるようにしたんだ」

USスチールの製鉄所が立地する町の町長クリス・ケリーさん。日本製鉄によるUSスチールの買収成立を受け、自宅に「より強い米国はモンバレーでつくられる」と書かれた旗を飾った。モンバレーと呼ばれる地元の川べりには、USスチールの製鉄所がいくつも連なる=2025年9月15日、米ペンシルベニア州、榊原謙撮影
USスチールの製鉄所が立地する町の町長クリス・ケリーさん。日本製鉄によるUSスチールの買収成立を受け、自宅に「より強い米国はモンバレーでつくられる」と書かれた旗を飾った。モンバレーと呼ばれる地元の川べりには、USスチールの製鉄所がいくつも連なる=2025年9月15日、米ペンシルベニア州、榊原謙撮影

「米国」の名を社名に冠し、かつて世界最大の鉄鋼会社だったUSスチール。だが、1970年代以降は国内外の競争にさらされ経営不振に陥った。その姿は米製造業の衰退の象徴にも映る。

トランプ氏は同社が苦境にあえぎ、国内工場を大量閉鎖した80年代の時点で、すでに「豊かな国々に課税せよ」と新聞広告を打ち、米国に輸出攻勢をかける国に関税を課す必要性を訴えていた。初挑戦した2016年の大統領選でも、鉄鋼産業の関税による保護を鮮明に打ち出し、当選した。

USスチールのエドガー・トムソン製鉄所の入り口には、素手で鉄の棒を曲げられたという伝説の鉄鋼労働者ジョー・マガラックの像がある=2025年9月15日、米ペンシルベニア州、榊原謙撮影
USスチールのエドガー・トムソン製鉄所の入り口には、素手で鉄の棒を曲げられたという伝説の鉄鋼労働者ジョー・マガラックの像がある=2025年9月15日、米ペンシルベニア州、榊原謙撮影

関税の機能を、政府の収入を増やす「税収(Revenue)」、自国産業を保護する「輸入制限(Restriction)」、外国の市場開放をめざす「相互主義(Reciprocity)」の「三つのR」に分類した経済史家ダグラス・アーウィンさん(63)は、トランプの鉄鋼関税は「第2のR」に重なるとみる。南北戦争後、欧州からの工業製品の流入を阻み、米北部の工業化の進展を狙ったことにその源流がある。

そして今、「トランプ関税」の射程はこれにとどまらない。昨年の大統領選でトランプ氏は、公約の大型減税の財源を関税収入でまかなうと説明した。これは建国後、徴税機能が弱かった米政府が関税(第1のR)に政府歳入の大半を頼ったことに起源がある。

アレクサンダー・ハミルトン合衆国税関の外観=2025年9月24日、ニューヨーク、榊原謙撮影
アレクサンダー・ハミルトン合衆国税関の外観=2025年9月24日、ニューヨーク、榊原謙撮影

第2次トランプ政権には、高関税を圧力に、欧州連合(EU)や日本などに関税の引き下げや、米国製品の受け入れ拡大などを迫ったという特徴もある。これは第2次世界大戦後、自由貿易の推進にかじを切った米国が、自らの関税の引き下げを呼び水に、多角的貿易交渉(ラウンド)を通じて相手国に関税を引き下げさせた「相互主義(第3のR)」に連なる。

関税の負担は米国の消費者に

第2次トランプ政権は、「相互(Reciprocal)関税」の税率の引き下げを材料に、交渉相手国から譲歩を引き出した。一連の交渉を米政権の担当閣僚は「トランプ・ラウンド」と称した。

しかし、トランプ関税が内包する「三つのR」は同時には成り立たない。たとえば関税を交渉カードとして税率を引き下げれば、税収は減り、輸入を阻む機能も減じる。だが、そんな矛盾こそがトランプ関税の本質であるともアーウィンさんは言う。「トランプは非常に柔軟だ。三つの目標のうち一つでも達成できれば『勝利』を宣言できるからだ」

とはいえ、米国民にとって関税は事実上の「消費税」だ。関税を米政府に納めるのは米国の輸入業者で、関税分は価格に転嫁され、消費者が負担するからだ。

米ゴールドマン・サックスは、トランプ関税を誰が最終的に負うのかを分析。今年は関税の55%を米国の消費者が負担する一方、米企業が22%、外国の輸出業者が18%を負担すると見込んだ。ただ、企業による製品への価格転嫁はこれから本格化するとの見方が大勢で、米家計の負担は更に増える見通しだ。

高関税にもかかわらず、米消費は今のところ底堅い。ただその内実は株式市場の堅調さなどを背景に、富裕層の消費が全体を支える構図だ。ブルームバーグ通信によると、4~6月期の総支出の49.2%は所得上位10%層によるもので、1989年以降で過去最高だった。

一方で、雇用情勢の減速もあり、富裕層以外の消費は決して活発とはいえない。関税による生活必需品の値上がりは、一般家庭の消費をさらに冷やす。頼みの富裕層の支出が鈍れば、景気後退すらあり得る危うい局面が続く。

どうなる?トランプ政権後

内政、外交に関税を駆使するトランプ大統領だが、任期はあと3年強。選挙戦で「Retribution(報復)」を訴えたことから、現在を「第4のR」の時代と見る向きもある。だが数十年単位で歴史をとらえるアーウィンさんは、関税史の更新は「トランプ政権後もトランプ関税が継続されるか次第だ」と語る。

この点について、国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミスト、モーリス・オブストフェルドさん(73)は「将来の米政権が関税を引き下げるのは極めて難しい」と語る。米25会計年度(昨年10月~今年9月)の関税収入は前年比2.5倍の1950億ドル(約30兆円)。「これはすでに国家財政に組み込まれている。放棄すれば他の税金を上げざるを得なくなるが、それは政治的に非常に困難だ」

「三つのR」で米国と関税の歴史を理論化したダグラス・アーウィンさん=オンライン取材の画像から
「三つのR」で米国と関税の歴史を理論化したダグラス・アーウィンさん=オンライン取材の画像から

アーウィンさんは、建国249年の米国関税史の研究を踏まえ、「関税は引き上げられる時は急上昇する一方、その引き下げの歩みは緩慢だ」と歴史の教訓を語る。ホワイトハウスに乗り込み、トランプ大統領と机を挟んで関税交渉をした赤沢亮正・経済産業相は言う。「今後何十年、米国が関税を課すと覚悟しないといけない」