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グローバル化、反発する民意

World Now 更新日: 公開日:
courtesy of Giuliano Giuliani

事件から15年を過ぎてなお献花の絶えない記念碑が、北イタリアの港町ジェノバの小さな広場にある。
碑に刻まれた名は、カルロ・ジュリアーニ。2001年7月、主要国首脳会議(G8サミット)に合わせて繰り広げられた「反グローバル化」デモは、参加者が20万人以上に膨らんだ。23歳だったカルロもそのひとり。広場で警官隊と衝突し、警官に顔を撃たれて亡くなった。

「正義感が強く、皆に愛された男だった」

カルロの父、ジュリアーノ(78)は、毎月のようにここを訪れる。

カルロは大学で歴史を学んだが、就職難もあって進路が定まらずにいた。

「人々を分断する政治のあり方に憤っていた」

かつて都市国家として地中海の覇権を争ったジェノバ。コロンブスの生家だという建物もある。大航海時代から続くグローバル化の先駆けのような地が、皮肉にも反グローバル化の象徴となった。ただ、当時のデモは限られた活動家らによるパフォーマンスという面も強かった。半年後には中国が世界貿易機関(WTO)に加盟。欧州の共通通貨ユーロも流通し始め、グローバル化はむしろ加速し、深まっていく。

あれから15年。グローバル化への反発が、大西洋の両岸で吹き荒れる。投票が間近に迫る米大統領選でのトランプ・サンダース現象、英国の欧州連合(EU)離脱、左右ポピュリズム政党の急伸。どれもグローバル化から「取り残された」と感じる人々の不満と不安が影を落とす。

「失業が増え、賃金が下がり、ごく一部が富む。息子たちの警告は現実になった」とジュリアーノは言う。

その巨象のような力で世界の富を増やし、何億もの人々を貧困からすくい上げてきたグローバル化。それが今、民意という崖の前で立ちすくむ。

(江渕崇)
(文中敬称略)

(素材提供:ジュリアーノ・ジュリアーニ、撮影:江渕崇、機材提供:BS朝日「いま世界は」)

EU離脱を英国民が選んだ6月、イタリアでも民意の変調を見せつける出来事があった。首都ローマと北部の工業都市トリノの市長選で、EU懐疑派の新興政党「五つ星運動」出身の30代の女性がそれぞれ当選したのだ。メディアの注目はローマに集まったが、政治的に驚きが大きかったのはトリノの方だった。

ジェノバから内陸へ約150キロ。アルプス山脈が間近に迫るトリノは、イタリア最大の雇用主である自動車メーカー「フィアット」のおひざ元だ。労働組合にも支えられた中道左派政党が25年にわたり市政を握ってきた。

市長選でも、首相のレンツィ率いる与党民主党の大物政治家で、法相や貿易相などを歴任した現職のピエロ・ファッシーノ(67)が再選するとみられていた。ところが、下馬評を覆し、「五つ星」のキアラ・アッペンディーノ(32)が初当選を果たした。ビジネス界出身で、若者の雇用をつくるなどと訴えた。

ファッシーノを9月下旬に訪ねると、落選がまだ信じられないといった様子だった。「私の市政に誤りはなかった。新しい産業の芽を育て、移民や弱者も支えた。若者の雇用だって? 市が直接働き口でもつくるんですかね」

潤ったのはエリートだけ

トリノの街を歩くと、市庁舎や王宮を中心とした歴史地区は観光客でにぎわっていた。10年前の冬季五輪を機に再開発した成果だ。それが、郊外に向かうにつれ、廃虚の工場跡や荒れ地が目につくようになる。市長選でファッシーノが多く得票したのは、中心部の歴史地区と、裕福な層が住む丘陵部に限られた。それ以外は「五つ星」が優勢だった。

「いままでだれが利益を得てきたのか、この結果がすべてを物語っている」。「五つ星」の活動家、ロザリオ・ロ・マウロ(53)は言う。

彼は以前、市の職員で、数年前まで中道左派政党を支持してきたが、政治家たちを間近にするうちに既存政党を信用できなくなった。「グローバル化で潤ったのは政財界のエリートでつくる『トリノ・システム』の中だけ。彼らはポストと富を独占し、庶民は負債を背負わされた」

トリノは労働者の街だ。なぜ「働き手の味方」のはずの中道左派政党が支持を失ったのか。

この街の現代史は、フィアット抜きに語れない。1960~70年代に繁栄のピークを迎え、何十万もの労働者を吸い寄せた。南部の貧村からトリノにやってきたジュゼッペ・マリノ(79)は、63年からフィアットの溶接工として働いた。2交代勤務で、一つのベッドを他人と交互に使う生活。故郷を思っては毎朝のように涙した。しかし、給料は市職員の1.5倍。人気車の「850クーペ」をつくったことが誇りだ。職場の仲間とともに労働組合に入り、左派政党を支持した。

家も買えず結婚も難しい

しかし、80年代以降、グローバル化の波に翻弄され続けた。圧倒的シェアを誇った国内市場の保護が弱まり、外から品質のよい車が流れ込んだ。工場は人件費の安い国に移り、マリノが働いた工場も82年に閉鎖された。今も別の工場が市内に残るが、そこの雇用もピークの7万人から約7000人に減った。

市が手をこまぬいていたわけではない。冬季五輪を誘致し、地味な工業都市から国際観光都市へと変身を遂げた。観光客はこの10年で6倍に増えた。工科大学に投資し、航空部品などの新産業も育ちつつある。「米デトロイトのような寂れた都市にならなかっただけでも評価すべきだ」と政府系団体に勤める中道左派支持の男性(50)は力説する。

それでも、厚い中間層を生み出してきた自動車産業の穴は埋めがたい。大手ホームセンターを営むレナート・ガルディーノ(45)は「うちの客の中間層や低所得層は、グローバル化で購買力が下がった」と話す。安物ばかりが売れ、この3年間で売上高は1割以上減った。失業や低賃金で、家にお金をかける余裕がなくなったことのあらわれなのだという。

「成長産業」の内実も厳しい。フランコ・チンクイーナ(51)は、米系航空部品メーカーに勤める。昔はみんな正社員だったが、いまの若手は3カ月契約を何回も更新し、家も買えず結婚も難しい。15歳の娘は工業デザイナーになりたいと言うが、ロンドンあたりで働いてほしいと願う。最近は「五つ星」支持だ。

トリノ・システムから置いてけぼり

トリノの政治経済を30年間取材してきたニュースサイト編集長のブルーノ・ババンド(55)は言う。「トリノ・システムの人たちは国境を越えたネットワークを持ち、国外でもうけるだけでなく、子弟を外国で学ばせ大金を稼ぐ職に就かせる。一方で労働者の息子たちは失業している。置いてけぼりを食った不満の受け皿になったのが『五つ星』だ」

鳴り物入りで市長になった「五つ星」のアッペンディーノだが、最初に国外メディアに注目されたのは「ベジタリアンの街」構想だった。ボッコーニ大学の経済学者、ファウスト・パヌンツィは「現状否定で当選したので、整合性のある政策などない。誰がやっても解決策を見つけるのは難しい」。

イタリアでは12月、憲法改正をめぐる国民投票がある。首相のレンツィは以前、否決されれば辞めると明言した。「五つ星」は他の野党とともに改憲反対に回り、通貨ユーロからの離脱の国民投票も訴える。世論は拮抗しており、結果次第では、英国のEU離脱に続くグローバル化の揺り戻しとなる。

「私が大統領になれば雇用を取り戻し、米国は再び勝ち始めるぞ」

テレビから流れるドナルド・トランプの演説を、薄暗い部屋で男性がソファに横になって聞いていた。

かつて製鉄業や製造業で栄えたオハイオ州東部トランブル郡で暮らすジョセフ・シュローデン(62)。地元の製鉄所で38年以上働いた、高卒の元鉄鋼マンだ。愛称はジョー。

製鉄所の仕事の中でも最も体力的に厳しい、溶鉱炉で働いたことが誇りだ。仲間と汗だくになってつくった鉄が、次々と加工され、世界があこがれる「メイド・イン・アメリカ」の自動車や冷蔵庫になった。

痛むひざをさすりながら「職業政治家」への不満を口にする。この言葉には、首都での暮らしが当然になり、政治家であることが目的になり、庶民の感覚からすっかりかけ離れた、といった批判的なメッセージが込められている。

「あいつらは簡単に『社会保障の受給年齢を引き上げる』と言う。ふざけるな。でもトランプは違う。社会保障を守ると約束したんだ」。ジョーは3月、受給年齢の62歳になり、6月に初めて給付金を手にした。「製鉄所から出て62歳まで生きるヤツは少ない。一緒に働いた半分は死んだ」

ラストベルトの共和党員

オハイオ州やペンシルベニア州、ミシガン州などの一帯は鉄鋼などの主要産業が衰退し「ラストベルト」(さびついた工業地帯)と呼ばれる。

ジョーは40年来の労働組合員で、ずっと民主党員だった。地区の役員をしていたが、トランプの出馬表明を聞いて、初めて共和党に移った。

「ブルーカラーは民主党と決まっていたが、米国は自由貿易で負け続け、製造業がなくなった。強い米国の再建にはトランプのような実業家が必要なんだ」

トランブル郡では、ジョーのように民主党から共和党にくら替えする支持者が急増した。多くはトランプを支持するためだ。1万4400人だった党員は、予備選後に3万2000人と倍以上に増えた。

郡共和党委員会の委員長ランディ・ローはトランプ人気の理由を、こう解説した。「高卒でも工場で仕事を教わりミドルクラスになれた。しかし産業は衰え、ブルーカラーがマイホームを建てて家族を養うことが難しくなった。それを『グローバル化だから仕方ない』と言うのではなく、『国の指導者の失敗だ』と言い切る有力候補が現れたということだ」

地下室に眠る「豊かなアメリカ」

オハイオ州はフロリダ州などと並んで大統領選の勝敗を左右する激戦州の一つだ。8日の投票日を前に、クリントンとトランプが最後まで激しく争っている。

ジョーの居間の壁には、3人の子の笑顔の写真が飾ってある。ソファから眺めながらジョーはつぶやく。「1番目も、2番目もこの町を出ていっちまう」。多くの若者が職を求めて町を出る。70年代に25万近くだった郡の人口は、今や20万余りだ。

彼が理解に苦しむのは、今の若者が普通に生きていけないことだ。学費は高騰し学資ローンに頼らざるを得ない。

「大学を出る時に10万ドル(約1000万円)の借金があって仕事も見つからないなんて、どうなってんだ?」

自宅の地下室には、「豊かなアメリカ」の名残がいまもあった。

ベンチプレス、ルームランナー、テレビゲーム、ジャクジー風呂。野球大会のトロフィーは50個ほど、メダルも60個ほど。トロフィーはジョーもコーチとして貢献した長男らの野球チームが獲得した。モノにあふれた、豊かなミドルクラスの暮らしぶりがうかがえる。

ジョーは平日は製鉄所で、週末は球場で汗を流した。試合の遠征があれば有給休暇を充てた。製鉄所では、勤続15年で4週間、20年超で5週間の休暇をもらえた。労働者は手厚く守られていた。

トロフィーをひっくり返してみた。「メイド・イン・チャイナ」。隣も同じだ。野球帽は「メイド・イン・バングラデシュ」。脇のカラオケ機は日本のサンヨー製だった。(金成隆一)


グローバル化が世界に何をもたらしたのか、これほど雄弁に語るグラフを私はほかに知らない。

世界で最も収入の多い人から少ない人までをずらりと横軸に並べ、リーマン・ショックが起きた2008年までの20年間でどれだけ所得が増えたかを示したものだ。鼻を高く上げた象のような形に見えることから、「グローバル化の象グラフ」と呼ばれている。

最も豊かな1%、つまり先進国の富裕層と、所得が上から30~60%の人々、すなわち中国など新興国の多くの人々は6割以上も所得が増えた。一方、象の鼻の曲がったあたりにいる上位10~20%の人たち、先進国の中間層や低所得層は、ほぼ収入が増えなかった。

「象グラフ」をつくった元世界銀行エコノミストのブランコ・ミラノビッチは「新興国の雇用が増えたことで世界は以前より豊かに、そして平等になった。ただ、先進国の普通の働き手の利益にはつながらなかったかもしれない」と話す。いまグローバル化への反発を強めているのは、まさにこの層だ。

もっとも、先進国であっても、グローバル化のおかげで消費者は多様な商品を安く買えるようになった。力のある人や企業が活躍できるチャンスも広がった。経済全体では利益の方が大きいというのが、経済学の常識的な見方だろう。ただ、消費者としての利益は薄く広く行き渡って実感しにくいのに対し、仮に一部であっても雇用が損なわれれば、人々の生活基盤そのものが揺らぐ。「働き手の痛み」がなにより注目されるのはそのためだ。この特集では、グローバル化に異議を申し立て始めた中間層や低所得層の人たちをめぐる動きに焦点を当てる。

市場に従属する国家

そもそも戦後、欧米や日本で中間層が膨らんだのは、経済が成長したからだけではない。労働組合や労働者保護といった仕組みが整い、福祉国家が所得や教育機会の再分配を進めたためだ。中間層の拡大に伴い、民主主義も成熟していく。

しかし、石油危機を機に先進国は低成長に陥る。1980年代、英サッチャー・米レーガン政権による自由化路線が世界に広まり、ヒト・モノ・カネが自由に行き来するグローバル化が本格的に始まった。冷戦後には旧共産圏がその中に組み入れられ、01年の中国のWTO加盟で流れが極まった。

1990~2000年代には米クリントン、英ブレア、独シュレーダーといった中道左派の流れをくむ政権が各国で生まれた。ここでも、志向されたのはグローバル化を前提にした福祉国家の改革だった。労組は力を失い、中間層が縮み続けた。日本でも、「構造改革」を掲げた小泉政権期に限らず、非正規雇用が増え、格差は広がり続けた。

独マックス・プランク研究所の社会学者、ヴォルフガング・シュトレークは「根源的な問題は先進国の低成長で、それをやり過ごす中で自由化とグローバル化が進められた。国家が市場に従属するようになり、格差を和らげるような政策はとりづらくなった」と語る。

大きくなりすぎた格差は、消費する力の低下などの形で経済をむしばみ、社会の安定を損ない、そして民主主義を揺るがしている。(江渕崇)