――トランプ氏がグリーランドとパナマ運河獲得に向け、軍事力の行使も否定しないと語りました。
トランプ氏が軍事力を行使する可能性は低いと捉えています。米メディアはトランプ氏の過激な発言部分に注目しがちですが、発言の根底にある、米国の国家安全保障に対する危機意識に注目すべきです。
米軍は近年、パナマ運河沿いには中国の国有企業が複数あることを確認しています。グリーンランドも北極海や大西洋へのアクセスで重要です。すでに米軍基地がグリーンランドに置かれていますが、中国やロシアとの大国間競争で、基地の重要性が高まっています。
大統領選での勝利後、トランプ氏は諜報機関の機密情報ブリーフィングを受けていると言われています。非公開の安保関連情報も入手しているかもしれません。
トランプ氏は威嚇的な発言を通じ、米国の安全保障に脅威にならないよう、グリーンランドとパナマから何かしらの協力を得るディールを狙っていると思います。
――トランプ氏は隣国のカナダ・メキシコ両国にも高関税の賦課などに言及しています。
2024年大統領選でトランプ氏の支持者集会に参加したことがあります。トランプ氏陣営が集会で特に重視していたのが不法移民・麻薬・インフレへの対策でした。不法移民と麻薬の対策では国境を接する両国、特に流入の大半を占めるメキシコの協力が欠かせません。
トランプ氏の関税政策には2種類あるとも言われています。
一つは国内産業を保護する目的の関税です。もう一つは他の政策を実現するための交渉材料として利用する関税です。メキシコ・カナダを威嚇した「25%関税」は、後者とみられています。カナダとメキシコが移民や麻薬問題で対応し、トランプ氏が勝利宣言できるかが関税の行方を左右すると思われます。
今日の北米経済は一体化しているため、仮に「25%関税」が発動した場合、影響が大きい自動車業界をはじめ米産業界内からも大きな反発が想定され、議会共和党からもトランプ政権に対する圧力が強まります。米議会調査局によれば、自動車部品によっては北米内の国境を7、8回行き来して自動車に組み立てられていくと言われています。25%関税がその度に課されれば、自動車価格が大幅に上昇することになります。
――メタ(旧フェイスブック)が1月7日、ファクトチェック機能の廃止を発表しました。
2024年の米ピュー・リサーチセンターの調査によれば、25%の米国人が、ソーシャルメディアから頻繁にニュースを入手していました。時々、入手する人を含めると、割合は54%にも及びます。
米国の政策によってメタの将来は左右されるため、トランプ政権との関係がどうなるかが極めて重要です。米議会乱入事件から間もない2021年6月、メタは傘下のフェイスブックとインスタグラムからトランプ氏のアカウントを2年間凍結しました。昨年の選挙戦でトランプ氏はフェイスブックを「人々の敵」と呼んで、選挙への不正介入を理由にメタ最高経営責任者(CEO)のザッカーバーグ氏を収監すべきだと語るなど関係は悪化していました。
近年のメタは、トランプ氏や反エスタブリッシュメント寄りになってきています。ザッカーバーグ氏はトランプ氏とも面談したり、同氏を公の場で褒めたたえたりしています。メタが1月、DEI(多様性、公平性、包摂性)推進の社内プログラム中止を発表したのも、トランプ政権発足に合わせた動きだと思います。
ザッカーバーグ氏はファクトチェック機能の代わりに、X(旧ツイッター)で使用しているコミュニティノートのような仕組みを導入すると説明しました。しかし、コミュニティノ大国によるートは誤情報を十分に取り締まることができていないことが指摘されてきました。
ユーザーの言論の自由が確保される一方、チェック機能低下による偽情報・誤情報の拡散リスクが高まることが必至です。偽情報を信用して行動をとる政治的暴力、米国社会の二極化の拡大リスクが懸念されます。
――トランプ氏の進める高関税政策は、米国経済や日本を含む世界経済にどのような影響を与えるでしょうか。
選挙戦でトランプ氏が打ち出した10~20%の普遍的一律関税や60%の対中関税を導入した場合、大統領選の最大の争点でもあったインフレをやや押し上げるリスクがあります。厳格な移民政策、規制緩和策、減税策などの影響でインフレが再燃する可能性も指摘されています。
トランプ氏の意に反し、米連銀は政策金利を引き上げ、ドル高圧力がかかる可能性があります。トランプ氏は米連銀に対し、金利引き下げ圧力をかけたり、日本などに通貨切り上げ圧力をかけたりする可能性もあります。
広範囲に発動される関税で悪影響が及ぶのは、トランプ氏を選挙戦で支えた労働者階級です。報復関税の標的となるのも、多くがトランプ氏を支えている、輸出産品を扱う農家です。
――トランプ氏がウクライナ侵略の停戦まで6カ月と語りました。
懸念されているのは、トランプ氏がまずロシアのプーチン大統領と交渉し、ウクライナや欧米にとって望ましくない条件に合意することです。プーチン大統領が望む内容をウクライナのゼレンスキー大統領が受け入れない場合、米国のウクライナ支援を停止するシナリオなどもワシントンの識者では懸念されています。大国の、力による領土拡張を容認する前例を作る危険性も想定されます。
――トランプ政権の対中国及びインド太平洋戦略はどうなっていくとみていますか。
トランプ氏は、ルビオ国務長官、ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障問題担当)候補など対中強硬派を外交政策の主軸に指名しています。
ただ、両氏は「中国の体制転換(レジーム・チェンジ)」までは主張していません。議会も対中強硬姿勢を維持しているため、ハイテク分野のデカップリング(切り離し)は進むだろうと思います。
一方、中国指導部とも近いテスラCEOのイーロン・マスク氏もトランプ氏の側近です。トランザクショナル(取引重視)であるトランプ氏は、中国の習近平国家主席と交渉し、一部産業が引き続き中国との取引を拡大するなどその場しのぎの政策を導入する可能性もあります。
米国の国別の貿易赤字が中国やメキシコに次いで大きいベトナムや、上位にある日本などに対しても、関税引き上げ、米国産品の輸出拡大、為替引き上げ圧力などがかかる可能性があります。
勝者と敗者のゼロサムの世界観を持っているトランプ氏は、同盟国である日本に対しても関税で威嚇するリスクがあります。石破茂首相がトランプ氏の信頼を得て個人的な関係を構築できているかも重要だと思います。