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エイズ、マラリア…迫る危機 援助縮小で脅かされる命の現場を追った

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マラリア診断キットを手にする看護師のアロイス・オチエノさん=2025年7月6日、ケニア・ムファンガノ島、竹下由佳撮影

USAIDによる援助停止は、対象の国々の人びとの生命を危険にさらしている。とくに影響が大きいとみられるのが、アフリカだ。現場を訪ねると、じわじわとその兆しが見え始めていた。

アフリカ最大の湖ビクトリア湖に浮かぶムファンガノ島は、ケニア西部ホマベイ郡にある。7月上旬、郡内の港町・ビタからフェリーに乗ると、約1時間で小高い山と緑に覆われた島が見えてきた。港の周辺は、道ばたに商品を並べて売る人びとでにぎわい、ゲストハウスや食堂もある。多くが漁業や農業を営む人口約2万5000人の島では長年、感染症が人びとの健康を脅かしてきた。

フェリーから望むムファンガノ島=2025年7月5日、ケニア・ホマベイ郡、竹下由佳撮影

「独りぼっちになるかも......」

山道を車で抜け、島北西部のワクラ地区にあるヘルスセンターを訪れると、ここで働く看護師、アロイス・オチエノさん(32)は苦笑いを浮かべながら話した。「自分以外のスタッフが解雇され、独りぼっちになるかもしれない」

センターには、看護師のほか、臨床を担う専門家、疾病の検査担当者、薬の服用指導をする教育担当者など総勢14人のスタッフがいた。郡職員のオチエノさんを除く、USAIDの資金提供によって雇用されていたスタッフの契約が9月末までで、更新されるか不透明になっていた。

オチエノさんが案内してくれた保管庫には、「USAID」のロゴがついた箱が積み上げられていた。エイズの発症を抑える薬が入っているという。

米国際開発局(USAID)のロゴがつけられた箱。HIV治療に使われる抗レトロウイルス薬が入っているという=2025年7月6日、ケニア・ムファンガノ島、竹下由佳撮影

だが、トランプ政権によるUSAIDの解体という状況に、「最後に届いたのは5月。半年分ほどはあるが、次の供給がいつになるのかはわからない」。ワクラ地区の人口約5800人のうち、約600人がHIV感染で治療を必要としているという。

9月中旬、オチエノさんに日本から近況を尋ねた。

スタッフの雇用については、「残念だが契約終了の通知が届いた。一人で働くのは負担が大きい」と明かした。HIV治療薬はその後も届いておらず、「不足してきている」と訴えた。

ケニア・ムファンガノ島北西部にあるワクラヘルスセンター=2025年7月6日、竹下由佳撮影

米国主導で進んだ感染症対策

米国は長年、アフリカでの感染症対策のリーダーだった。2003年にエイズ対策プログラム「大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)」、2005年にマラリア対策プログラム「大統領マラリアイニシアチブ(PMI)」を設立。当時のブッシュ(子)大統領が主導し、予算を投入した。感染症の拡大は、世界に影響を及ぼしかねない国際的な課題だからだ。プログラムを主導し、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)などと事業を担っていたのがUSAIDだった。

英医学誌ランセットは今年6月に掲載した論文で、USAIDの支援は世界の9100万人以上の命を救ったと指摘。HIV感染とマラリアによる死者をそれぞれ65%、51%減少させたとしている。その上で、USAIDの閉鎖と援助削減の影響で30年までに「世界で1400万人以上が亡くなる可能性がある」と推計した。うち、5歳未満の子どもが450万人に上るとしている。

国連によると、世界の年間死者数(推計)は、エイズが63万人(2024年)、マラリアは59万7000人(2023年)。そのうち、エイズでは約60%、マラリアでは約95%をアフリカが占める。ケニアでも、人びとの健康と暮らしをむしばんでいる。

ムファンガノ島で農業を営みながら子ども5人を育てるメルダ・アティエノさん(27)は「子どもがマラリアにかかると治療費の負担がきつい」と嘆いた。

週に700ケニアシリング(約800円)稼げるかどうかの生活だが、治療費は1回1000~3000ケニアシリング(約1100~3400円)かかる。家には、屋根と壁の間のすき間があり、蚊が入り込む。部屋全体を覆う蚊帳も付けたが、数年で穴が開いてしまうという。蚊帳はマラリア予防に効果的で、乳幼児や妊婦がとくに必要としている。

見直しを迫られるマラリア対策

「この突然の削減は衝撃だった」。ホマベイ郡保健局長のゴードン・オコモさん(46)が話した。マラリア関連の医薬品や診断キットは資金削減の対象にはならなかったが、こうした物資の在庫管理のための教育や訓練、予防を促す人びとへの啓発活動、殺虫剤の屋内散布の資金が打ち切られた。当面は、対象を絞って独自のプログラムに取り組むという。

ケニア西部ホマベイ郡のゴードン・オコモ保健局長。左奥の白衣には「USAID」のロゴが入っていた=2025年7月7日、ケニア・ホマベイ郡、竹下由佳撮影

ケニア政府は、2023年度から5カ年のマラリア対策計画を実施している最中だった。USAID、グローバルファンド、ケニア政府などが資金を拠出。2025年度からの3年間で利用可能な資金の見通しは、2億1800万ドル(約320億円)だったが、USAIDの解体とグローバルファンドからの助成金の削減もあり、5割近く減額する可能性もあるという。

ケニア保健省でマラリア対策を指揮する担当者は、治療薬や診断キットなど優先度の高い施策に予算を振り向けたという。だが、「もし2026年に米政府の資金提供が完全に停止すれば、影響はさらに広がる」と懸念する。

懸念が向けられているのは、蚊帳だ。2026年度に実施する次期キャンペーンのために入手可能なのは、現時点で前回(2023年度)より約530万張り少ない約1000万張りにとどまるという。

一方で、アフリカ各国が新たなパートナーを探す動きも出てきそうだ。中国は近年、シエラレオネやザンビアなどで保健医療施設の建設を支援しており、名前が挙がる。

ホマベイ郡保健局長のオコモさんは「個人の見解だ」としつつ、「USAIDが撤退して、中国は非常に速いペースで動き出すと思う。『一つの扉が閉まれば、別の窓が開く』と言いますから」と語った。

 (この記事は、NGO「マラリア・ノーモア・ジャパン」のプレスツアーへの招待を受け、作成しました)