「BEYOND2025」で見つける“再分配×起業”の新しいカタチ
――「BEYOND」はこれが9回目になります。このイベントを始めたきっかけは?
社会課題解決に取り組む人たちがNPOや行政だけではリソースが致命的に不足しているという現実があります。
そんな中で、どうやってセクターを超えた連携ができるようにするか。ベンチャーキャピタル(VC)とNPOが連携する方法はあるのか。そういった課題を考えたときに、社会課題解決のために活動している人たちが集まり、それぞれの得意分野を理解した上で協力できる場を作りたいと考えたのが始まりでした。
――イベントでは、「VCスクランブル」という企画もありますね。この狙いは?
2023年から始めた資金調達のための企画です。
社会起業家がイベントに参加していろいろな人とつながるのは良いのですが、具体的に何が貢献できたのかが分かりにくいところがありました。それで、明確な実利としてVCからのフィードバックや資金調達の機会を提供することを考えたのです。
社会起業家は課題領域だけで「儲からない」と判断されることも多く、まだあまり実績がない初期フェーズの起業家だとなおさらVCと1対1で話せる機会はそう多くありません。
VCスクランブルでは、起業家がベンチャーキャピタルと1対1で15~20分間話をして、フィードバックをもらえる場です。これにより投資家側の意識変容も起きています。いままでこの領域は全然知らなかったけど、起業家と話をしてめっちゃ面白いねって言ってくれる方もいます。
――今回のメインテーマは「再分配のはじまり」です。そこに込めた思いは?
インパクト投資(収益性も考慮しながら、社会や環境への良い変化を同時にめざす投資)は盛り上がってきているものの、リソースが行くべきところ、必要な場所に十分に届いていないという課題があります。
この「行くべきところ」とは、シンプルに言うと「儲(もう)からないところ」。例えば、暴力、貧困、難民、障害といった分野が、それに当たります。
インパクト投資の盛り上がりとともに、この需給ギャップがより際立つようになってきました。どうしたら合理的に大企業や金融機関が持っているリソースを、行くべきところに適切に配分できるのか。その課題を考える場として、あらためてこのテーマを設定しました。
――なるほど。資本主義の中で利益のみを追求してきた大企業や金融機関にも「儲からない」分野に対するインセンティブが働くような仕組みを考えたいということですね。
インセンティブを発掘するというのも一つの手段ですが、その投資単体では儲からなくても、それをやることで将来的に企業にとってこんなメリットがあるぞというような仕組みを、皆さんとの議論の中で考えていきたいということです。
なにより今は、儲からないからやらない方がいいというロジックしか存在しないことが問題です。もうちょっと違うオプション(選択肢)も増やしていきたいなと考えています。
――中村さんご自身の中には、企業を巻き込んだ再分配の仕組みについて具体的なイメージはありますか?
「寄付」という選択肢はアリだと思います。
例えば、プロモーション費用としてNPOに寄付するというアプローチ。一般的なCSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibilityの略称)としての寄付だと合理性を持てないケースが多いので、プロモーションの一環として寄付をする。
ビール会社なら、「このビールを1缶買えば、この団体に寄付されます」というような形で、消費者の購買行動を促進しながら社会貢献もできますし、企業のブランドイメージも高まります。
――アメリカでは、「製品の1%、株式の1%、就業時間の1%を社会貢献に使う」という経営方針をとるIT企業もあります。こうした形の寄付も広がればいいと?
はい。寄付はできるだけたくさんした方がいいと私は思っています。
むしろ、寄付でしか解決できない社会課題は圧倒的に多い。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻を考えてみてください。そこで困っている人にビジネスの力でどれだけ支援ができますか?
寄付の方が勝ると私は考えます。他にも食糧支援、日本のホームレス問題、若年層の貧困、民族差別の問題などは現在大部分が寄付で賄われていて、ビジネスで解決できることは本当にわずかだと思います。そういうシリアスな社会課題領域において、いかに寄付を増やすかはとても重要な問題です。
でも、日々の暮らしの中でそこまで余裕のある人や会社ばかりじゃない。やはり、そこには合理的な意味を持たせなくてはいけないんです。
プロモーション効果があるからとか、ロイヤリティーが高まるからとか、そういう合理性がないと役員会での稟議は通らないし、株主にも説明がつかない。そういう合理性を持たせて、ビジネスの一環として寄付をしましょうというパターンはあってしかるべきだと思います。
――アメリカなどに比べて、日本社会・企業にはそうした「寄付文化」がまだ根づいていないと言われています。決定的に足りないものは何だと思いますか?
私は正直、アメリカの方が解決に優れているとは全く思っていません。
金融エリートが集まるウォールストリートにはホームレスもたくさんいるし、社会課題がぜんぜん解決できているわけじゃない。でも、あえて日米の違いを挙げるとすれば、日本は「意志を持ったお金の使い方」が少ないと感じます。
例えば、企業が四半期の成果を出して株主に報告することは重要ですが、その成果が出し続けられる土壌は何によって作られているのか。そういう哲学的な問いに対して、表層的な数字だけを考えたり、怒られないように言われたことをやるだけだったりする感覚・思考では対応が難しい面があります。
経営者も限られた数年の任期中のことだけではなく、10年後、20年後を見据えて社会を考えているのか。自分の子どもたちが大きくなったときに、どんな社会になっているべきか。今できることをやるために意志を持ったお金の使い方をするという意識をより持って欲しいと感じます。
――日本の若者たちには、社会課題への関心が高い層がいる一方で、海外の問題など「自分ごと」になりにくいことに目が向きにくい人が多いと感じます。どう思いますか?
それは当然のことだと思います。
自分の生活を守ることでいっぱいいっぱいだったり、外に目を向けても悲しいニュースしかなかったり。自分たちは衰退の一途をたどっているという認識がある中で、希望を持って取り組むのは難しいでしょう。それは彼らのせいではありません。
だからこそ、社会起業家たちが課題解決の方法を示したり、社会の複雑なことを考えなくても商品を購入したりするだけで結果的に社会が良くなることに貢献できる。そういった仕組みを作ることが理想的だと思います。
――中村さんは社会起業家の支援に力を注いできましたが、とくに重視していることは?
社会課題解決に対して本質的であることと、起業家の志向性を大事にすることの2つです。
本当にこれで社会がよくなるの? 本当にやりたかった課題が解決するの? そういう本質的な問いを掘り下げていきます。社会課題解決というラベルやプロモーションだけにならずに、それが本業であることを重視しているのです。
二つ目は、起業家が最もいきる方向性かどうかを見極めることも大切にしています。
私たちが知り合う起業家の方は事業を始めたてのケースが多い。ネットワークや資金が潤沢にあるわけではない、まさに身ひとつです。だから、最もやりたい方向やありたい姿と事業がフィットするかどうか。そこを見極めなくては、心も体もただ浪費してしまう。
例えば、大きな会社にしたいわけではない人に対して「市場規模が小さい」と否定するのではなく、その人のめざす方向性を尊重しています。
――社会課題解決に興味がある若い人たちの中には就職期を迎えて、このまま周囲と同じように就活すべきか、思い切って起業の道を選ぶか悩む人も少なくありません。中村さんは今の道をどのように選択されたのですか?
じつは私も就職する予定で、内定をいただいていました。わりとゴリゴリのコンサルと事業系の2社からです。就活の時は社会課題解決の活動と両立できるかなと考えていたんですが、最終的に起業の道を選びました。
それから10年ほどして、内定をお断りしたコンサルの代表の方にお会いする機会があったんです。当時の話をしたら、冗談交じりに「君は入っても辞めてたと思うよ」って言われちゃいました。自分でもたぶん辞めていただろうなと思います、こんなキャラなので(笑)。
私の場合は就職か社会起業かで悩みましたが、それは人それぞれだと思います。逆に全ての生活基盤を手放すのは相当ハードルが高いので、社会起業解決に関わるのは軽い一歩から踏み出すのもアリだと思います。
ただ忘れちゃいけないのは、ハングリー精神が残っているうちに踏み出すこと。正直、たぶん苦労はするし、普通のお仕事をされるよりもしんどいことは多いので、しっくりくるかどうかが大事です。
私は社会課題に関わる仕事をしていて、この「しっくりくる」感覚があったので続いています。
逆に、普通のお仕事をしていて、自分の人生なんでここにこんなに時間を使っているんだろうって思っているとしたら、こっちの世界に来たときの満足感はメチャメチャあると思います。
――中村さんご自身が起業を選んで良かったと思う瞬間は?
自分がやるべきと思っていることをやれること、好きな人と一緒に仕事ができること、仕事する人を選べることが幸せだと感じています。
創業初期はしんどい時もありましたが、意思決定権が自分にあることの価値を実感しています。起業家が成功したタイミングや、救いたかったユーザーが救われた話を聞くと嬉しいと感じる瞬間がたくさんあります。