1. HOME
  2. 特集
  3. 社会を変えるのは誰か 広がるフィランソロピー
  4. 日本で広がる新しい寄付の形 若者は趣味感覚 READYFORと野村証券が遺贈でコラボ

日本で広がる新しい寄付の形 若者は趣味感覚 READYFORと野村証券が遺贈でコラボ

World Now 更新日: 公開日:
READYFORのCEO米良はるかさん(左)と野村証券常務の栗原裕治さん
READYFORのCEO米良はるかさん(左)と野村証券常務の栗原裕治さん=2024年6月21日、東京・大手町、秋山訓子撮影

小林泰士さんは32歳のエンジニアだ。「社会人になり経済的に余裕がでてきた」という2015年ごろから、教育や若者支援、子どもの貧困対策に携わるいくつかのNPOに毎月寄付をする「マンスリーサポーター 」をしている。大学時代から教育や社会的起業の授業をとり、関心があった。年間寄付額は30万円を超え、税控除枠以上だ。年収は同世代の中では高いほうだが、決して「高給取り」というわけではない。寄付をするのも「活動に共感できるから……SNSとかに流れてきて、いいなと思ったらする感じ。特に強い思いはないっすね。お酒や漫画が好きだけど、それと同じかな」と軽いノリだ。

小林さんが時々利用するのが、クラウドファンディング(クラファン)のプラットフォーム「READYFOR」だ。やりたいことを実現するための資金を集めたい人と、応援したい人とをつなぐ。社会の課題解決に取り組むNPOも多く利用する。創業者でCEOの米良はるかさんは「社会課題に対する若い人のマインドセットは明らかに変化している。ごく当たり前にお金を出している」と話す。

「寄付文化がない」と言われる日本だが、「寄付白書」(日本ファンドレイジング協会)によると、個人寄付額の推移は2010年が4874億円で、2011年が東日本大震災で突出しているのを別として、徐々に増える傾向にはある。2020年には1兆2126億円に上った。ただし、ふるさと納税を除くと5401億円にとどまる。

グラフが表示されない場合はこちらへ

国内総生産(GDP)に対する個人寄付総額の比率は米国が1.55%(2020年)、英国が.47%(2018年)。日本はふるさと納税を含めても0.23%(2020年)と低い。

ただ、米国はキリスト教など宗教的な影響や背景があり寄付が身近で、日本のような社会保障も充実していない「小さな政府」の国。自助や共助が社会に根付いていて、国の成り立ちが違う。

日本には寄付文化がないという見方への反証のようにREADYFORは拡大を続けてきた。2011年3月、東日本大震災の直後に創業し、これまでの累計支援額は410億円に上る。2016年までの支援額が30億円、2020年の1月までが105億円なので、加速の様子がうかがえる 。

昨年には国立科学博物館がコレクションの収集・保管のために1億円を目標に始めたところ、1日で達成し、最終的に約9億円を集めた。「寄付を集めるには方法論がある。以前はそれが確立されていなかった」と米良さんは言う。「科博やNPOといった非営利の事業の寄付集めは、営利企業以上に経営戦略の中核にあるべきだと思うし、リーダーのコミットメントが必要だと思う」

クラウドファンディングの支援を呼びかける国立科学博物館の篠田謙一館長(左から2人目)ら
クラウドファンディングの支援を呼びかける国立科学博物館の篠田謙一館長(左から2人目)ら=2023年8月7日、東京都台東区の国立科学博物館、朝日新聞社

寄付はビジネスのように事業に投資をしたらこれだけ金銭的リターンがある、というわけではない。米良さんは「この事業がどういう社会課題を解決して、どんな価値を作り出し、どういう未来ができるのかというビジョンを語ることが重要」と話す。科博のクラファンが終了した後も、同社は寄付集めのコンサルティングを続けている。

最近ではクラファンのサービス運営にとどまらず、「社会的なお金の流れを作り出す仕組み」の整備にビジネスが拡大している。「日本にフィランソロピーを広げたい」と米良は言う。例えば、個人が遺言で遺産を寄付する「遺贈寄付」だ。READYFORにも遺贈寄付の相談がこれまでに1000件以上寄せられている。

有名な財団の支援額と国家予算の比較
有名な財団の支援額と国家予算の比較

大企業も寄付やフィランソロピーと組み合わせたビジネスの可能性に注目し始めた。

野村証券はREADYFORと連携し、遺贈寄付や富裕層の寄付の相談にも乗っている。野村証券常務の栗原裕治さんは連携の理由を「富裕層のお客様の中には、資本市場で形成された資産を活用して社会課題の解決をめざした支援をしたいという層がいる。社会課題解決に現場で取り組む人びととのネットワークを持つREADYFORは強力なパートナーだ」という。

米良さんも「資産運用としての寄付」 と位置付ける。自分の関心のある社会課題に取り組むNPOなどに寄付することで、ありたい社会や未来を作り出す……。それが資産運用の新たな形だというのだ。「特に富裕層は、お金を出した成果を見届けたいという。目の前の人を救うだけでなく、社会の構造を変えたい。一時的な解決ではなくて、持続的な『システムチェンジ』です。社会のどこに課題があって、どうやったら解決するのか、その道筋を作る。それは新たな法律や政策かもしれない」

似た動きは他にもある。政策提言支援などを行うプラットフォームを運営する「PoliPoli(ポリポリ)」は、政策提言をするNPOや社会的企業に寄付をする「ポリシーファンド」を昨年、発足させた。すでに複数の起業家から寄付が集まり、プログラミング教育支援や若者の居場所づくりなどの政策提言が始まっている。

若い人も、財を成した人も、自分のお金を通じて、社会を良くしたいと願う。それは身の回りの共感できることから、制度や政策を変えることまで幅広い。

米良さんは言う。「金融市場とつながってお金の流れを変化させたい。資本主義はよくできたシステムだけれども、放っておくと格差が生まれ、広がってしまう。不安定な世界になり、頼れる揺るぎない何かがなくなった今、自分は世の中で何ができるかを問いたくなっている。『社会に何かしたい』というこの気持ちは不可逆だと思う」